第23話 準備万端

 シンがマゴラ鉱山に入獄してから一週間が経った。その一週間、彼は動物たちの感情と記憶を覗く特殊能力を使い、情報収集に励んでいた。最も多くの情報をくれたのは野鼠たちだった。彼らの記憶から、シンは鉱山内で起きている出来事を把握していた。さらに、カラスが空から鉱山の外観を伝えてくれた。

 夜になると、シンは同室のジンやローガに自分が得た情報を伝えた。


「ドニーの首輪の力に過信しているから、守備兵たちは巡回も怠っている。しかも人数は二十数名しかいないよ」


 ローガが眉をひそめて言った。


「費用を減らすために守備兵を減らしたのか。確か前は百人近くいたはずだ。それで奴らはその浮いた費用をどうしてる?」

「大半は所長のドニーの懐に入り、残った金は兵士たちに配られ遊興に費やされてる」


 本来は歓迎すべき事態ではあるが、軍というものを神聖視するローガは、忌々しそうにその堕落を嘆いた。


「所長のドニーはジャンっていう若者を愛人にしてる。ジャンは貴族の娘を籠絡して貢がせた罪で送られた。奴は今、ドニーの部屋で暮らしながら、気晴らしに囚人を無実の罪で告発しては拷問してるんだ」

「何と言うことだ」


 ジンが深くため息をついた。


「後、ドニーとジャンは、閨での行為を盛り上げるために、いろんな人の名前を挙げて楽しんでる。俺の名前も出たし、それにローガ、あなたの名前も出てる」

「気持ち悪いな」

「ええ、もちろん、最初分かったときは吐きそうだったけど、ここで名前が挙がると、なぜかジャンの遊びの対象にされて、罪に落とされてるみたいだ。俺もローガもそういう意味では危うい立場だと思う」

「人は刺激がないと、新たな刺激を求めて、理屈に合わぬ行動を取る。何とも愚かな生き物よのう」


 ジンは平和に溺れて権力の行使に走った、ジャパニア王のことを思い出したのだろう。人間の業の愚かさに、しばらく三人ともしんみりと口をつぐんだ。


「ところで囚人たちはどうじゃ?」

「絶望してるよ。半数近くが無気力で、毎日のように自殺者が出てる」

「こうなる覚悟を持って、政府に背いたとは言え、何とも嘆かわしい話だのう。わしらも急がねばなるまい」


 シンはここに送られるまで、政治犯とは別の世界にいる人間だと思っていた。だが自分の身に想像もしてなかった理不尽が起こってみると、私欲に塗れた権力者の専横を憎むようになり、政治犯に対しても共感する心が生まれた。


「急ごう。できることは何でもするよ」


 シンが決意を露わにしたのを見て、ローガは首輪に手をやりながら最大の問題を口にする。


「これが何とかならないことには、どんなに守備兵が油断してても、成功は危うい。今までいろいろな金属性持ちがチャレンジしたが、ドニーのネイチャーフォースは想像以上に強いようで、誰も歯が立たなかった」

「そうじゃのう。例えドニーを殺してもネイチャーフォースが消えるとは限らんから、難儀なことじゃ」


 策士のジンもこの首輪にはお手上げの様子だった。さすがに五百人近い囚人を縛るドニーの力は強力なようだ。

 シンは何気に首輪を触ってみた。同じ金属性のせいか、ドニーのネイチャーフォースをしっかりと感じることができた。試しに自分のネイチャーフォースを送ってみると、たちどころにドニーの力は消えた。


「あの、首輪の件ですが大丈夫そうです。俺の力で消すことができるみたいです」


 ローガが信じられないと言った顔で、シンの首輪を見つめる。首輪からは何の変化も見えないため、信じられないようだ。


「見ててください」


 シンは金属性の力を集中させて、首輪の分子構造を破壊した。もう鉄とは言えないボロボロになった首輪がごそっと床に落ちる。


「何てこった」


 シンが造作もなく首輪を外してみせると、ジンとローガは目を見開いた。


「何て奴だ。それを外すために何人の金属性持ちが首を飛ばしたか……。それをそんなにあっさり外すなんて」

「いいえ、道具を使わずに首輪を溶かすのは、結構力を使ったよ。もうへとへとだよ。でもドニーの力を消すだけだったら造作もないよ」

「分かった。じゃあ、明日から三日間で、できるだけたくさんの囚人の首輪の力を消してくれ」

「いいよ。でも監視の兵の前で、首輪がないと不自然だな」

「そこらに豊富に転がってる鉄鉱石は使えんのか?」

「あっ、それいいね。おそらくそれで新しい首輪を作れると思うよ」


 次々に難題を解決していくシンに、ローガは感心して大きく唸った。


「いったいどこでそれだけの力を身につけたんだ。それにお前の思考は柔軟で機転が利く。一軍の将とも言える器だ」

「いやだなぁローガさん。おれは一介の鍛冶師ですよ」


 そんな二人のやりとりにジンは参加せずに、無邪気に話すシンを見ながら、何事か考えていた。


***


 そして次の日から、ローガとジンは気脈を通じている他の房の囚人たちにも反乱について知らせて回った。中には、既に反攻する気力を失っている者もいたが、大半の者は息を吹き返したように元気になって協力を約束した。

 シンはそうした者たちを回って、次々に首輪に籠められた力を消して回った。首輪の見た目はまったく変わりないのに、囚人たちは新入りのシンの言葉を信じた。それはもちろんローガやジンが培ってきた信頼に基づくものだが、シン自身に人を惹きつける魅力があることは否めなかった。


 反乱に向けた準備を始めてから四日目の夜、シンは再びジンとローガと三人で、決行日について話し合うことにした。


「首輪の力を取り去る作業は順調に進んでいるようだな」

「おかげさまで、ほぼ全員終わったよ。最も喜んだのはアダム・クロードだったな。彼は首輪を憎んでいた」


 ローガの言葉に、ジンが頷いた。


「そうだ。クロードはシンに忠誠を誓っていたな。今もお前を守るために目を光らせている」

「その徹底ぶりには閉口するけどね」


 トイレまでついてくる警護を思いだし、シンは苦笑いした。それでも、クロードの護衛は頼もしいと感じていた。


「反乱の決行日は決まったか?」


 ローガが問いかけると、ジンは頷いた。


「次の鉄鉱石の受け渡しが済んだ翌日だ」


 シンは思わず拳を握りしめた。


「その日を待ち望んでいる。自由になるために」


 その夜シンは興奮を抑えきれなかった。未来への希望と、憎むべき敵への復讐が彼の胸に燃え上がっていた。

 獄房の鉄格子の隙間から、一筋の星の光が届き、シンの決意を照らしていた。

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