第20話 覚醒

 シンがジンと一緒に空のトロッコを引いて戻って来ると、みんな昼休憩に入って、食事を取っていた。


「おい、新入りやるじゃないか」


 長身で屈強な体つきの男が、両手にパンを持って近づいてきた。


「ジンさんの分です。これはお前の分だ。食え」

「ありがとう」


 差しだされたパンを受け取り、シンは頭を下げた。


「ローガ・メルボだ。この七番坑道の班長をしている。ついでにお前と同じ十三番獄だ」

「お世話になります」


 とりあえずローガに害意はなさそうだが、もしかしたら男色家かもしれないと警戒は解かなかった。その様子を見て、ジンがクックと声に出して笑う。


「硬いな。別に俺は男には興味ねえ。名前ぐらい名乗れよ」

「シン・タカヤです」

「それにしてもよくあのトロッコを押せたな。ぱっと見、そんなマッチョな風には見えないし、土属性でもなさそうだが」

「お前たちのように力任せに押すやからと違って、こやつは力の入れ方を分かっておる。それに見かけよりはかなり強い筋肉を持っていそうだ」


 ジンの褒め言葉を聞いて、ローガはやや驚いた様子でシンの顔をしげしげと見た。


「こいつは驚いた。お前もしかして戦士か?」

「いえ、鍛冶師です」

「鍛冶師!? ふーん、ジンさんが言ったことは、達人と呼ばれる戦士の身体の使い方だ。拳を打つときも、斬撃を放つときも身体中の筋肉を連動させる。鍛冶もそういうトレーニングをするのか?」

「鍛冶も、もしかしたら同じかもしれません」

「当たり前じゃ。ローガ、何でも戦いの話に結びつけるのがお前の悪い癖じゃ」


 ジンの戒めをローガはほとんど聞かず、ブツブツと独り言を口にしながら考えていた。


「まあ、いい。理屈ではよく分からんことはこの世には多い」


 その言葉は、シンが思わず引き込まれるような笑顔で、放たれた。


「ところで鍛冶師だったのなら、鉱石の判別は得意だよな」

「まあ、得意な方だと思います」

「なら午後から採鉱に回ってくれ。ここの鉱床は結構深いところまであるが、最近はかなり深く掘り進んだので、混じり物が多くなったと言われている。お前の目で鉱脈が尽きようとしているのか見てくれ」


 しばらくローガは、口を閉ざして疲れを取っていたが、スクッと立ち上がって「始めるぞ」と皆に声をかけた。

 シンも言われた通り、鉱床でさく岩を始めた。


 切り出した鉱石を手に取って、金属性のスキルで分析してみる。確かにローガの言うとおり、鉄以外の成分を感じる。さらに深く分析を進めると、炭素、ケイ素、リン、硫黄、そして銅までは分かった。しかしどうしても分からない成分がある。


 ――これは?


 知らない含有物の出現に、思わず心の中で疑問を発していた。


 ――ニッケル、クロムだ。


 脳の奥から引きずり出すような感じで疑問の答えが出てきた。


 ――この合金はハルマゲドン前の古代で使われていた。ここは使用済みの廃材の集積所だったのだろう。それが二千年の時を経て鉱石化したんだ。


「どうした。何か気に成ることがあるのか?」


 手に取った鉱石をずっと見ている姿が気に成ったのか、ローガが話しかけてきた。


「これは天然の合金だ。そしてこの鉱床の鉱脈はまだまだ尽きてない」

「合金って、使えるものか?」


 そもそもニッケルやクロムを知らなかったのだ。使えるかと聞かれてもよく分からない。


 ――ニッケル、クロムを混ぜた鉄は錆びにくい。しかも硬いからナイフなんかにも使える。


 再び脳の奥から答えが出てくる。


「使えるよ。この合金はとにかく錆びにくい。水回りで使うには鉄よりも適している」

「そりゃ凄いじゃないか。だけど鑑定士は不純物と言った。もしかして鍛冶師ならみんな知っているのか?」

「いやおそらくあまり知られてない。だから不純物が多いと言われたんだ。こちらから錆びない鉄だと教えてあげればいい」

「そうか、錆びない鉄なら値段は何倍にも跳ね上がるな」


 嬉しそうなローガを見て、シンは不思議だと思った。


「どうして喜ぶんだ。鉄の価値が上がっても、ローガには関係ないだろう」


 シンの冷めた態度に、ローガは急に真面目な顔に成った。


「覚えておけ。何の目標も持たずにここにいると、心をやられる。俺はここで採れた鉄が、昔の仲間を護ると信じてがんばっている。お前も生き抜くために何か目標を持て」

「俺にはそんな風には思えない」


 シンは即座に反発した。


「シン、もしかしてお前は冤罪でここに来たのか?」


 ローガに言われて、シンはコーネルに真相を聞かされたときの悔しさを思い出して、身体がブルブルと震えた。


「図星か。生きることを投げ出したい気分なんだろうが、それでもお前は生きてるんだ。トロッコを押せたとき、嬉しかったんじゃないか?」


 それだけ言って、ローガは持ち場に戻っていった。

 残されたシンは再び鉱石を切り出し始めた。


 切り出した鉱石を手に取ると、先ほどと同じ鉄が含まれていることが分かる。


「なんで俺はこの鉱石いしのことを知ってるんだ」


 シンは手に持った鉱石を籠に入れて、次の鉱石の切り出しを始めながら、自分がなぜそんな知識を持つのか考えていた

 普通に聞いたらとても信じられない話だが、実際に頭の中に今まで学んだことのない知識がある。


 突然、頭の中で白い閃光がきらめいた。次々にシンが知らない膨大な知識が、眠っていた水鳥が一斉に羽ばたくように、頭の中を駆け巡り、シンが認識する記憶の層に収っていく。


「そうか、これはヨセフの知識だ」


 シンは今、はっきりと自分の脳の中で起きてることを理解した。

 周囲では、同じく囚人として働かされている男たちの荒い息遣いや、岩を砕く鈍い音が響いている。時折、見回りに来た看守たちの鋭い視線が感じられ、逃亡の機会などないことを思い知らされる。


「まったく、皮肉なものだ……」


 シンはツルハシを振り下ろす手を止め、静かに呟いた。ヤクー山での出来事が、まざまざと思い出される。


 氷獣に襲われ、必死に逃げ込んだ洞窟。そこで出会った謎の男、ヨセフ。彼はガラスのような壁に映し出された姿で現れた。あのときは何が起きているのか理解できなかったが、今ならわかる。彼は千年以上も前に作られた「AI」と呼ばれる考える機械が、人間の姿を模して現れた存在だったのだ。


「頭の中に現れる、この記憶にない知識は……」


 シンは額に手を当て、目を閉じた。ヨセフが伝えてくれた三つの真実が、脳裏に鮮明に浮かび上がる。


 一つ目は、宇宙教の真実。宇宙神とは、空に輝く星々を含めた壮大な自然そのものであり、人間に似た姿をした存在ではないということ。本来の宇宙教は、環境破壊を禁じ、自然との共存を説く教えだった。二度と自然が人類に反発し、ハルマゲドンを引き起こさないようにと。


「でも、今の司祭たちはそんなことは一切語らない……」


 彼らは宇宙教の本当の目的を理解せぬまま権力を握り、自らの都合のいいように教えを歪めている。父を奪い、そして自分をもこの鉱山に送り込んだのは、その偽りの信仰によるものだ。


 二つ目は、ネイチャーフォースの本当の目的。失われた科学技術の代わりに人類が身につけたスキルであり、それを使って自然の声を聞き、共存の道を探るためのものだということ。ヨセフはシンに七番目のネイチャーフォース、獣や鳥の記憶を感じる力を授けてくれた。


「最近、動物たちの感覚や記憶が頭に浮かぶのは、そのおかげか……」


 シンは手のひらを見つめた。そこには硬いマメと無数の傷跡が刻まれている。しかし、この身体には新たな力が宿っているのだ。


 最後は、教えというより忠告だった。人類はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。それは避けられないことなのかもしれない。自然界に天敵のいない人間は、その数を制御できず、いつか地球に負担をかけてしまう。だから、自然は再び人類に反発し、その数を減らす。だが、恐れることはない。思ったように生きればいい。


「ヨセフは、俺の脳が耐えられる限りの科学技術の知識を与えてくれた」


 それらの知識は、無意識の中で整理され、今になって意識に浮かび上がってきている。まるで、深い霧が晴れるように、一つ一つが明確に繋がっていく。


「世界を変える力を手に入れたのに、俺は何もできない場所にいる……」


 シンは自嘲気味に笑った。背後の岩壁にもたれかかり、天井の見えない闇を見上げる。冷たい石の感触が背中に伝わり、僅かながら体の熱を奪っていく。


 遠くで誰かの叫び声が響いた。監視兵の怒声と、鞭の音。それが現実に引き戻す。


「こんな場所で朽ち果てるつもりはない!」


 シンの瞳に、微かな炎が宿る。与えられた知識と力。それを無駄にしたくない。ここから抜け出し、真実を広める。それが自分に課せられた使命なのかもしれない。


「まずは、この鉱山から逃げ出す方法を考えないと……」


 彼は周囲を見渡した。坑道の構造、監視の配置、そして囚人たちの動き。頭の中で様々な情報が組み合わされ、計画が練られていく。


「自然の声を聞く力……これを使えば何かヒントが得られるかもしれない」


 シンは静かに目を閉じ、心を研ぎ澄ませた。微かに感じる風の流れ、遠くで滴る水の音。まるで鉱山そのものが息づいているかのようだった。


 そのとき、不意に頭の中に映像が浮かんだ。地下深くに存在する隠れた通路。鉱山の奥深くに生息している獣たちの記憶が、彼に道を示していた。


「これだ!」


シンは目を開き、確かな手応えを感じた。希望の光が闇の中に差し込んだような感覚。


「俺には、まだやれることがある」


 ツルハシを握り直し、シンは立ち上がった。重たい足枷の音が、硬い地面に響く。しかし、その足取りには迷いはなかった。


「待っていてくれ、リーシア。必ず戻るから」


 愛する者の笑顔が脳裏に浮かぶ。それがシンの心を強く支えていた。


 坑道の奥から冷たい風が吹き抜け、彼の頬を撫でた。その風はまるで、自由への道しるべのように感じられた。


 シンは一歩一歩、確かな足取りで進んでいく。闇の中でも、その瞳には確かな光が宿っていた。


「運命なんて、自分で切り拓いてみせる」


 彼の胸には、新たな決意と覚悟が満ちていた。

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