第15話 悲劇のウェディング
澄み渡る青空がマルタ・ブリスのレストランの庭を包み込み、色とりどりの花々が風に揺れて優雅な舞を見せている。庭の隅々まで手入れされた草花は、まるで二人の門出を祝福するかのように鮮やかな色彩を放っていた。心配していた天気も快晴となり、ガーデンウェディングにはこれ以上ない日和だ。
シン・タカヤは白い燕尾服に身を包み、緊張と喜びが入り混じった表情で立っていた。彼のネイチャーフォースが働きかけ、シルバーのネクタイピンが微かに輝き、彼の胸に秘めた高揚感を物語っている。友人のデニス・ロングが肩を叩き、笑顔で囁いた。
「シン、少し緊張してるみたいだな。でも大丈夫、君なら立派にやり遂げられるさ」
「ありがとう、デニス。君がいてくれて心強いよ」
シンは深呼吸をし、視線を先に向けた。その先には、純白のウェディングドレスに身を包んだリーシアが現れた。長い金髪は風になびき、陽光を受けて輝いている。彼女の瞳はシンだけを見つめ、柔らかな微笑みがその美しい顔立ちを一層引き立てていた。
シンの胸は高鳴り、全ての音が遠のいていくような感覚に包まれる。彼女の輝くような美しさに、幸せで胸がいっぱいになる。
「リーシア…」
彼女が一歩一歩近づくたびに、周囲の景色がぼやけ、二人だけの世界が広がっていく。
祭壇に立つ二人を、参列者たちが温かい眼差しで見守る。その中には、シンの母親であるヘラ・タカヤの姿もあった。彼女は目に涙を浮かべながら、息子の成長と幸せを心から喜んでいる。
誓いの言葉を交わし、指輪を交換した瞬間、周囲から大きな拍手が沸き起こった。シンとリーシアはお互いの手を握り締め、深い愛情を確かめ合う。
パーティが始まると、背後から力強い声が響いた。
「おめでとう、二人とも!」
振り向くと、そこにはストランダム親方が立っていた。彼はいつもの厚手の作業着ではなく黒いタキシードを身にまとい、いつものように力強い眼差しで二人を見つめている。
「親方!」
シンは嬉しそうに声を上げた。
「今日は来てくださってありがとうございます」
「当たり前だろう、弟子の晴れ舞台を見逃すわけにはいかないさ」
親方は豪快に笑い、シンの肩を力強く叩いた。
「シン、結婚祝いとして私の知る限りの秘伝を全部お前に授けた。これからはお前が私の跡を継ぎ、この町を出てシャンハで、帝国全体を驚かせる鍛冶師になるんだ」
「親方…ありがとうございます。これからも精進してまいります」
シンの目には感謝の色が浮かんでいた。リーシアも親方に向き直り、目を潤ませながら深く頭を下げた。
「親方、本当にありがとうございます。大都会のシャンハでの暮らしは不安もありますが、シンと一緒なら頑張れます」
親方は優しく頷いた。
「心配はいらん。シャンハではエッフェルト公爵家に働きかけておいた。お前たちの新しい門出をしっかりと支えてくれるはずだ」
シンは驚きと感謝の眼差しで親方を見つめた。
「そこまでお世話になって…本当にありがとうございます。親方のご期待に応えられるよう、必ずや帝国一の鍛冶師になってみせます」
「そうだ、その意気だ」
親方は満足げに頷き、再び豪快な笑い声を上げた。
周囲では、友人や家族たちが祝福の言葉を交わし合い、温かな空気が満ちていた。マルタ・ブリスのレストランは、季節ごとに美しい花々で彩られることで有名だが、今日ほどその庭が輝いて見える日はなかった。
リーシアがシンの腕にそっと手を添え、微笑みかけた。
「シン、これから二人でどんな未来を築いていけるのか、とても楽しみだわ」
「僕もだよ、リーシア。一緒にいれば、きっとどんなことでも乗り越えられる」
二人は見つめ合い、静かに口づけを交わした。その瞬間、風が二人の周りを優しく包み込み、花びらが舞い上がった。
青い空は境がなく、まるで二人の未来を指し示すかのように、シャンハに向かって続いている。幸せの絶頂にいるシンは、胸の中から溢れ出す喜びと希望を強く感じていた。これから始まる新たな旅立ちに、彼の心は大きく膨らんでいる。
「さあ、みなで祝おうじゃないか!」
親方の声に導かれ、参列者たちは笑顔で乾杯を交わす。テーブルの上に並んだ料理は、デニスが腕によりをかけて作った特製メニューで、皆の食欲をそそる。
シンとリーシアは手を取り合い、これから始まる新しい人生に胸を躍らせていた。彼らの未来は、今日の青空のように晴れ渡っているように見えた。
***
「本当に素敵なお式ですね」
招待客の一人がそう言って微笑む。シンとリーシアは感謝の気持ちを込めて頷いた。二人は幸せの絶頂にいて、この瞬間が永遠に続けばいいと願っていた。
しかし、その和やかな空気は突然に破られた。
黒い法衣をまとった一団が庭の入り口から現れたのだ。彼らの足取りは重く、周囲の空気が一瞬で張り詰める。先頭に立つ男は鋭い眼差しをシンに向け、その名を名乗った。
「私は小僧正のメナム・ニコルソン。中央教会より派遣され、この地の教会を任される者だ。シン・タカヤ、お前には異教徒信仰の疑いがかけられている」
その言葉に、会場全体が静まり返った。風の音さえも聞こえなくなったかのようだった。シンは一瞬、何を言われているのか理解できず、目を瞬かせた。
「それは何かの間違いです。私は何も――」
言い終わらないうちに、メナムの後ろにいた僧侶たちが一歩前に出て、シンを取り囲んだ。リーシアは不安そうにシンの腕を握りしめる。
「シン……」
彼女の声は震えていた。招待客たちも動揺しつつも、教会の権威を恐れて声を上げる者はいなかった。
シンは深呼吸をし、リーシアに向き直った。
「大丈夫だよ、リーシア。きっと何かの誤解だ。すぐに戻ってくるから、心配しないで」
リーシアは目に涙を浮かべながらも、必死に微笑もうとした。
「待ってます」
シンは頷き、彼女の手をそっと離した。僧侶たちは再びシンを取り囲み、彼を連れ去っていく。
マゴラの教会は荘厳な佇まいで町の中心にそびえ立っていた。その周囲には僧侶たちの住居が立ち並び、厳格な空気が漂っている。シンは重い足取りで教会へと向かいながら、胸の中に不安が広がっていくのを感じていた。
「なぜこんなことに…」
頭の中は混乱していた。自分が異教徒信仰の疑いをかけられる理由が思い当たらない。彼は敬虔な宇宙教の信者であり、母親であるヘラもそうだった。
教会の中に入ると、冷たい石造りの壁が視界に広がった。メナムは無表情のまま、シンを審問室へと案内する。
一方、残されたリーシアはその場に立ち尽くしていた。招待客たちは気まずそうに視線を逸らし、誰も彼女に声をかけられないでいた。ストランダム親方が心配そうに近づき、彼女の肩に手を置いた。
「リーシア、心配するな。シンはきっと無実だ。私もできる限りのことをするから」
「ありがとうございます、親方…」
彼女は小さく呟き、遠ざかっていきそうな幸せを必死で放すまいとした。
その様子を陰から見つめる二人の男がいた。ボーナム・スモレッドとベルガ・リオエールである。ボーナムは口元に不敵な笑みを浮かべ、満足げに呟いた。
「どうだ上手くいったろう。このまま奴は異教徒として裁きを受けて、最低でも二十年以上の流刑になるだろうな」
しかし、傍らに立つシャウ・リッツェは暗い表情を浮かべていた。
「それもリオエール家の威光があってこそだ。お前の告発文をベルガ様が教会に届けたからこそ、取り上げられたのだ。それに、この手の告発は偽証であることが暴かれ、告発者が罪に問われることの方が多い。ボーナム、お前の告発状が偽証だと分かれば、今度はお前が死刑になるんだぞ」
ボーナムは肩をすくめて笑った。
「心配はいらないさ。ジャパニア王国の使者がシンの家を訪れたのは事実だ。俺はその際にシンが自分の打った秘剣を渡したと付け加えただけだ」
シャウは眉をひそめた。
「ジャパニアとの接触は厳禁だ。鎖国を続ける彼らは、我々にとって脅威でしかない。その使者との接触を捏造したとなれば、大事になる」
「捏造じゃないさ。使者が訪れたのは本当だ。ただ、剣を渡したのは……まあ、細かい話さ」
ボーナムの不遜な態度に、シャウは拳を握り締めた。
ジャパニア王国は、宇宙神に忠誠を誓わず、この世界で宇宙教の権威が及ばない唯一の国だ。新教を国教とするアフリアドでさえ、首都メルボに宇宙教の教会はあるし、国民の三割は新教ではなく宇宙教徒だ。
しかしジャパニアはユラシド大陸の東の果てにある小さな島国で、鎖国を国策とし宇宙教と隔絶された国だ。その防衛力は高く、教化を口実に帝国が二度ほど侵掠戦を仕掛けたが、いずれも撃退されている。それ以後はジャパニア側から大陸に攻め入ることはないから、害なしとして放置されている。
そんなジャパニアの使節に対し、この国の新進気鋭の鍛冶師が軍事機密とも言える剣を渡したとなると、放ってはおけない重大犯罪となる。
巧妙に仕掛けられた罠が、シンの約束された未来を奪っていく様を想像して、シャウは自らの誇りが傷つけられた思いを押し殺して目を閉じた。
シャウが反論を諦めたと分かり、ボーナムは振り返って心細そうに震えるリーシアの姿を見ながら、満足そうに声もなく笑った。
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