異世界擬人化娘 ジグソーパズル編

アカアオ

ジグソーパズル娘 シャーロック

 「君かな?最近この村で暴れてるっていう魔人は?」

 「お楽しみの途中って見て分かるじゃんかですよ。あんた誰?」


 時は西暦4000年。

 太陽系第三惑星地球に住む人類は大きな技術の進歩を果たしていた。


 タイムマシンの作成、不死の体得、新たに発見された物質とそれに基づく理論で実現した永久機関。

 かつては夢物語と思われた技術を当たり前のように使いつぶし、当たり前のように金に変える時代になった。


 そんな中、日本と言う島国はユニークな技術を作り出していた。

 それが『異世界』へと通じるゲートと、付喪神『擬人化娘』だ。


 この二つの技術を用いて、日本は数多の異世界を助ける慈善事業を行っている。


 「私の名前はシャーロック。日本からこの異世界に派遣されたジグソーパズルの擬人化娘だ」

 「ギジンカ……あぁ、最近ここら辺で暴れてるっていうよそ者じゃんかですよ」


 シャーロックと対峙した魔人は不機嫌そうに両手の斧を地面に下す。

 その魔人の目線の先には一人の震える一人の少年が居た。

 大方、あの魔人に襲われていたのだろう。


 シャーロックはそんな少年の前に立ち、彼に優しく語り掛けた。


 「3分だ。3分で君を助けてあげよう」

 「おいねーちゃん……そりゃ無理だ。俺もねーちゃんもここで死ぬだろ。常識的に考えて」

 「その常識を破壊するために私はここに派遣されているのさ」


 ジグソーパズルの擬人化娘だというシャーロックはクイッと得意げにメガネを上げる。

 そんな彼女に嘲笑が飛ぶ。


 「あはは。そんな短い時間で私を倒そうなんて随分舐められたもんじゃんかですよ」


 魔人の女は両手の斧をブンブンと回しながらシャーロックとその後ろに隠れる青年を見つめていた。


 普通の人間であれば両手で持ち上げるのがやっとの斧を、人の体など簡単に壊せてしまう得物を、魔人はあろうことか片手で軽々と扱っている。


 その光景は少年の恐怖心を煽る。


 「別に君を舐め腐ってる訳では無いよ。もちろん自分に慢心してる訳でもない」


 そんな少年の心を安心させるようにシャーロックは声を大にした。


 「私の能力の制限なんだよ。3分以内に勝負を決めないと私の体が崩壊して死んでしまうからね」


 「随分使い勝手が悪いじゃんかですよ」


 「そうでも無いさ。制限のある能力は決まって強力だからね」


 シャーロックはそう言いながら自分の胸に手を当てた。

 すると、手の平が接触する部分に切り込みが入る。


 その切り込みはまるでパズルのピースのような軌道を辿っていた。


 「それに、私の故郷じゃヒーローの制限時間が3分なのは珍しい事じゃ無いからね」


 シャーロックはそう言って、勢いよく切り込みの入った自分の体の一部を引き抜いた。


 その肉の塊の中心にはドクドクと脈動する心臓がある。


 己の心臓を投げ捨てる。

 このイカれた行為がシャーロックの能力発動のトリガーだった。


 「大事なピースを無くした私はまさしく未完成のパズル。そんな私が見せたい未来は君に勝利してガッツポーズを浮かべる自分の姿」


 「ごちゃごちゃと!!異世界人の癖に講釈垂れやがるから気分が悪いじゃんかですよ!!」


 「ゴールは定義された。故に逆算推理は成立した」


 魔人の女が弾丸の様な速度で飛ぶ。

 振り下ろされた斧の2連撃は轟音を鳴らし、地面にクレーターを作った。


 しかし、シャーロックはその攻撃を涼しい表情で躱していた。

 必要最低限の動きで、至近距離にいる魔人と距離も取らずにだ。

 

 攻撃の軌道が見えていたとでも言うかのように。


 「君の心臓というピースを持って、未完成に成り下がった私は完成する」


 「お前……」


 「望んだ未来も一緒に引っ提げてね」



 「しゃらくさい。避けてばっかじゃ勝負にならないじゃんかですよ」


 「意外とそうでもないものさ。ほら、一見無駄な配色に見えるピースでもはめ込んで見るとしっくり来る事だってあるだろう?」


 「知らない世界の知らない常識語ってんじゃねぇ。それって私と対話する意思が無いって事じゃんかですよ」


 魔人は焦っていた。

 この不気味な戦闘を早く終わらせなければと鼓動を早まらせていた。


 シャーロックの戦いは、彼女が知っている戦いと大きくかけ離れていた。


 この戦場には力と力のぶつけ合いが無い。

 敵を貶める戦略の巡り合いがない。


 シャーロックはただ避けるだけ。

 鍛え上げられた訳でもない、弱そうな細身の体で危なげに攻撃を躱すだけ。


 たまに仕掛けたと思えば、色白の指先で魔人の体に触れるだけ。


 魔人は異能に頼り切った戦いを知らない。

 圧倒的なパワーと洗練された技巧で敵をなぶる戦い方しか知らない。


 素早く、そして確実に人体を破壊する愛用の斧。

 これを振るうだけで立ちはだかる敵は全て倒してきた。


 どんな戦略も、どんな異能も、圧倒的な力の前では無意味で、自分の両腕にはその力があると自負してきた。


 そんなプライドが、この数分の戦闘でボロボロと崩れ落ちていく。

 胸にぽっかりと穴を開けた、何を狙っているのかも分からない不気味な異世界人のせいで。


 「ふむ。流石の君にも疲れが出てきている様だね」


 「知ったような口で!!腹たつじゃんかですよ」


 「いやぁね。君の疑問をはらす為に、一つ私の能力のネタバラシをしようと思ってさ」


 地面に穴を開ける連撃も、舞い上がる砂埃も、細身のシャーロックに届かない。

 荒れ狂う戦場の中で涼しげに語る彼女の姿に、魔人は苛立ちすら感じていた。


 「私の能力は逆算推理と言ってね。一言で言い表すのは難しい位に複雑なんだが」


 「難しいなら一言で説明なんか出来ねぇじゃんかですよ!!」


 「そんな君の為に、すごーく分かりやすい説明をしてあげよう。ざっっっくり言うと、私の能力は未来視さ」


 シャーロックがどのような仕組みで未来を見ているのか。

 そのからくりについての説明は割愛だ。


 この戦いにおいて必要なのは、彼女の能力である逆算推理は擬似的な未来視とほぼ同じと言うことだ。


 「じゃあ私の攻撃が当たらないのもー」

 「君が次にどんな攻撃を打つのかわかっているからさ」


 ジクソーパズルは定められている一枚の絵ミライを作り上げる遊びだ。


 最初に目的の為にどのピースをどこにはめるのかを推理する。

 その推理が終わってしまったら、あとは目的のミライに向かってピースを選んではめるだけ。


 シャーロックの能力はそんなパズルの要素を異能に昇華させたものだった。

 それゆえに、一見無駄に見える彼女の行動にも意味がある。


 「私の未来視はその未来に至るまでの道筋も教えてくれるのさ。例えば、相手の体がバラバラになるツボの触り方とその順番とかね」


 「ツボの……触り方?」


 その言葉を聞いて、魔人は唖然とする。

 先程までシャーロックが体を触っていた行為が、そのツボを押さえていたと言うのなら。


 「私の体は知らない間に危機的状況になっているって事じゃんかですよ」


 「あぁ。そしてこの一手で全てが手遅れになる」


 トン、と嫌な音がした。

 視線を下げてみるとシャーロックの人差し指が魔人の胸に触れていた。


 「抗っても無駄だよ。『お前はもう死んでいる』ってやつだからさ」


 呑気なシャーロックの言葉とは裏腹に、魔人の体が崩壊を始める。


 「にしてもいつも思うんだ。相手に悟られないように盤面を操作して、不意に王手を宣言して勝つ。『まるで将棋だな』って感じゃないかい?」


 まぁ私はジグソーパズルなんだけど、とシャーロックは笑う。

 そんな彼女の声とは裏腹に、魔人の体はパァンと崩壊を始めていた。


 「あぁ……あぁ!!」


 魔人の腕が、足が、顔が、まるでぶちまけられたパズルのピースの様に崩壊していく。


 バラバラと、無慈悲に。

 バラバラと、グロテスクに。


 そうして魔人だったものは息絶えた。

 最後に残ったのは、なぜか脈動している魔人の心臓だけだった。


 「この心臓が今の私を完成させるラストピースだ」


 シャーロックはその心臓を優しく両手で包む。

 そして、ぽっかりと穴が開いた胸の部分にその心臓をはめた。


 不思議な事に、その心臓はカチリと音を鳴らしてシャーロックの体に入り込んだ。

 そして空洞だった彼女の胸が再生していく。


 「……俺たち、助かったのか?」


 その様子を見て唖然としていたのは、シャーロックに助けられていた青年だ。

 シャーロックはその少年に向かってガッツポーズをしながら、希望の言葉を紡いだ。


 「言っただろう?3分で君を助けて見せるとね」

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