禁自死の森

平葉与雨

少女は願う

 無機質な巨人に囲まれながら退屈な日々を過ごす。

 そんな日常を変えてくれるのが、異世界に来たかのように思わせてくれる森だ。



 心身ともに疲れ切った私は、帰宅ラッシュであろうこの時間に、長野県のとある森の中にいる。

 別に今から天にのぼろうなんて思っていない。ただ癒しが欲しいだけだ。


 森はいい。

 静かだし、空気は美味しい。

 よくわからないマイナスイオンで、リラックスすることまちがいなし。


「……はぁ〜」


 一度でも深呼吸をすれば、地中に張られた根っこが私とつながる。そして全身に流れる古い血液が、大地を通して浄化される。

 もちろんこれはそんな気がするってだけ。ただ、自然と一体になるというのはこんな感じなのだと思う。


「さて」


 森の精霊気取りの私は、ぱたぱたと両腕はねを動かしながらお気に入りのスポットに向かった。

 そこは高木に囲まれた場所で、見上げれば星の海があるのだ。




「あれ、なんだろ……」


 木々のざわめきを耳にしながらしばらく歩いていると、少し離れたところに、異様な雰囲気を漂わせている何かがあるのに気づいた。



 近づいてみると、私の注意を引いたものは、なんの変哲もない小屋だった。


「こんなところに……?」


 この森には何度も来たことがある。それにもかかわらず、今までまったく気づかなかった。

 不思議に思った私は、吸い込まれるようにドアの前まで来た。



 ——ガチャ。



 すると突然ドアが開き、中から少女が出てきた。


「わっ……」


 私は思わず声が出た。

 少女がいるという驚きもあったけど、少女の頭頂部がリング状に白く光っているのだ。浮いているわけじゃない。髪の毛が光っているだけ。まるで天使の輪のようだ。


「いらっしゃい」


 少女は微笑ほほえみながら言った。


「へ?」

「そろそろかなって思ってたよ」

「えっ……ど、どういうこと?」

「ここは死期が近い人だけが見つけられる場所だから」


 戸惑う私に対し、少女はとんでもないことを口にした。


「し、死期? え、そ、それって……私がそろそろ死ぬってこと?」

「そう」

「いやいやいや! 別に病気でもなんでもないのに?」

「そういうのじゃないよ」

「え、じゃあ事故とか……まさか殺されるとか……?」

「そういう外的要因でもない。もちろん自然災害も関係ない」

「え、じゃ、じゃあ……」

「実はわたし、星を降らせることができるの」

「……は? ほ、星? え、なに。私が死ぬって話はどこいったの?」

「まぁそれはいいじゃない」

「よくないでしょ! いきなり死ぬって言われたこっちの身にもなりなさいよ!」

「わたし子どもだからわかんなーい」

「はぁ!?」

「いいからわたしについて来て」

「もうなんなの……」


 少女は怒れる私にかまうことなく、裸足のまま歩を進めた。

 わざわざ一緒に行くことはないと思ったけど、このままだと気になって夜も眠れないから、私は少女の後を追った。




「着いた」

「えっ、ここって……」


 たどり着いたのは、私のお気に入りのスポットだった。


「そう。あなたがよく来る場所」

「な、なんで知ってるの?」

「まぁそれはいいじゃない」

「またそれ!? はぁ……もういいわよ。で、なんでここに連れてきたの?」

「さっきも言ったけど、わたしは星を降らせることができるの」

「あぁそれね。子どもだからってあんまり大人をからかうもんじゃないよ」

「からかう? そんなことしてなんの意味があるの?」

「えっ、いやぁ……それはそのぉ……ねぇ」

「今から降らせるから、よく見ててね」

「え、あっ、うん」


 たじたじの私を完全スルーした少女は、静かに目を閉じて手を組んだ。

 すると、リング状に白く光っていた部分が藍色あいいろに変わった。

 私はそのとき、なぜか心臓をぎゅっと握られた気がした。

 そして、少女が再び口を開いた。


「アウ・レオニズ」


 少女が魔法らしきものを唱えた瞬間、夜空に浮かぶ無数の星々がこちらに向かって降ってきた。


「す、すごっ……」


 草木に当たって音が鳴り、小さく跳ねて下に落ちる。

 地面にはどんどんキラキラが溜まっていく。

 まさに星の雨。


 突然の出来事とあまりの綺麗さに、私は開いた口が塞がらなかった。


 そしてしばらくその状態が続くと、高まる鼓動の圧力に押し出されるように、涙がとめどなく流れた。


「あれ、どうして……」

「それはね、あなたの心が泣いているの」

「私の、心……?」

「そう」

「……」

「でも大丈夫。流した涙はそのままあなたの力になるから」

「私の力……」

「わたしが言いたいこと、大人だからわかるよね?」

「……ええ」

「じゃあもう帰って。わたしもう寝たいから」

「いや、急に勝手すぎ!」

「だって子どもだもん」

「ふっ、まぁそうね」


 私は少女に別れを告げ、振り返ることなく森から出た。

 別に禁止されたわけではなかったけど、今は前だけ向いて歩きたいと思ったから。


 ベッドに入れば一瞬で意識を失うくらいには疲れ切っていたはずなのに、森を出たときには別人のように心も体も軽くなっていた。


 それにしても、あの少女はいったいなんだったんだろう。

 もしかしたら本物の……いや、なんでもいいか。


「ありがとう」


 私は背中に感じる温かさに、心から感謝した。

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