亡き霊のフィジカルロック

マリヤ

#1

 

 塔花火。

 それは、後に大災害であり、この世界の軌道を揺るがした、大きな事件と呼ばれることとなる。


 塔花火事件は、紛れもなく、彼女の死が起因であった。

 彼女、とは一体誰なのか。




 此処は、横浜。

 歩道に、プラスチック、ガラス、様々な素材の破片が原形を残さず散らばっていた。事件の痕跡が、ありありと残っているという感じであった。アスファルトで舗装された地面の上を、破片を避けながら歩く2つの人影があった。

「シシカはどこ?」

「俺が知ると思うか」

 少年と少女は、今、事故現場へと向かっている。遠くからでも微かに、鉄格子や大型機械の損壊したシルエットが、少し視界に映り込む。

 少女_''桜寺蘭花''は、旧友であるシシカの近頃の不在を心配し、シシカの持つ異力の痕跡を辿り、この現場にたどり着いていた。一方隣で、呑気に飴を舐めながら歩く少年_''秋山隆介''は、政府部隊「清浦」の隊長であり、蘭花の友人だ。隆介は、一人で事故現場に向かう蘭花を心配し、着いてきた様子ではあるものの、何事にも関心を示さない様子で、あたりをぐるりと見渡し、蘭花の横顔を見た。

「……」

 普段笑顔を取り巻く彼女のその表情は、氷のように冷たく、緊張しきっていた。嫌な考えばかりが頭をよぎり続けている、と訴え続けているような、そんな目をしていた。

 彼の額から汗がたらりと流れる。飴をかみ砕き、手を後ろで結びなおし、爪が食い込む程、ぎゅうっと、右手と左手を合わせた。

 明らかに、俺たちは「行ってはいけない」場所へ、向かっている。「行ってしまったら戻れなくなってしまう」。そんな予感。

 重い沈黙に耐えかねた隆介は、彼女に大きな声で「引き下がろう!今行くべきなんかじゃないんだよ」と、そう訴えた。蘭花は隆介の方を見た。驚いたような、哀愁をどこかで匂わせるように、口を開いて、閉じた。

「……でも、心配だからっ」

 蘭花はあの時、本当は知るべきでは無かった、知りたくなかった真実を知ってしまうと、何処かで予感していたのだろう。

 隆介はその場で止まった。だが、彼女は歩みを止めない。

 行くな、とそう叫んだ。

 行くな。其方に行くな。お前が、お前が壊れる前に、蘭花。戻ってこい。


 その声は届かなかった。


 隆介は初めて、震えた。


 蘭花は、叫び声を無視していたわけではない。緊張と焦りで、彼の言葉がうまく聞こえなかった。暫く歩くと、爆発の中心地と思われる場所に到着した。消火はされているものの、遺体などは撤去されていない。

 

 遺体。遺体、とは。死人が出たと。死んだ人が、確かにいたと。

 蘭花は、あの日、複数人の遺体の中から、一人の変死体を発見した。

 それは、シシカだったのだ。

 


 塔花火。それは、歴代最強の異力者と謳われ、平和と秩序を実現させた一人の少女である、シシカ・オウデラが、改装中の塔で爆破事件を引き起こした一般人に巻き込まれ、惨死した事件。被害は、半径約4km以上であると推定されている。

 

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