親世代転生モブ、活躍したら攻略対象が生まれない事態発生

本編

 ネイサー王国のエバンプール侯爵家に生まれたマルセラには前世の記憶があった。


 マルセラは前世日本人で、産婦人科医だった。それゆえに多くの女性の妊娠、出産、産後ケアなどに携わっていた。

 給与は高いがかなりの激務。前世のマルセラは既婚者であり、彼女の子供は高校生になっていたので、自分の世話はある程度自分で出来る。

 よって前世のマルセラは休みの日、寝るか女性向けライトノベルを読むか乙女ゲームをする生活を送っていた。乙女ゲームは少しかじるくらいだったが。


(で、ここは何の世界? 小説……? それとも乙女ゲーム……? マルセラ・エバンプールという名前には覚えがないから何かのモブかしら? それとも小説やゲームとは無関係の異世界転生というやつ?)

 マルセラは鏡を見て首を傾げていた。

 ミルクティー色の髪に、青紫の目。日本人離れした顔立ち。

 マルセラは鏡に映る自分に全く見覚えがなかった。

(まあ良いわ。それならば前世の知識で内政チートとかをやってみようかしら)


 マルセラは前世で内政チート系の小説が特に好きだった。

(それにしても、この世界、ネイサー王国について調べたけど、現代日本を知っている身としては色々と考えられないくらい妊娠、出産関連の医療が未発達ね。妊婦や新生児の死亡率が高いわけよ。現代日本ですら医療が介入しないと死んでいたかもしれない妊婦さんや新生児は結構いたのに)

 マルセラは前世産婦人科医だったので、ネイサー王国の妊婦を取り巻く医療環境にため息をついた。

(女性は妊娠、出産の際に死ぬ可能性が高い。だからこの国では女性が家を継ぐ権利を持たない。……単なる男尊女卑が理由で女性が家を継げないと言われるよりは確かにまだ説得力はあるわね。でも、私がこの状態を変えてみせるわ!)

 そう意気込むものの、今のマルセラはまだ五歳。一人で何でも出来る状況ではない。

 よって、まずは父であるエバンプール侯爵を説得することから始めた。

 マルセラは前世で既に大人と言われる年齢だったので、大人を説得する方法を知っていた。おまけにエバンプール侯爵が「良いと思ったことはやってみなさい」というスタンスだったことが幸いして、マルセラの計画は簡単に始めることが出来た。協力者もエバンプール侯爵を通して募ることが出来たのだ。


 マルセラは前世産婦人科医だった時の知識を用いて、まずはエバンプール侯爵領の妊娠、出産に関する医療体制を整えた。

 一朝一夕で成果が出るわけではないが、エバンプール侯爵領の妊娠、出産に関する医療体制は確実に向上し、妊婦や新生児の死亡率が下がっていった。

 この成果はじわじわと他領の者達も知ることになり、ついにマルセラの技術や成果は王都まで広がった。


 そしてマルセラが十二歳になる年、彼女の優秀さが評価されて何と王太子セザール・ネイサーの婚約者になった。

 セザールはマルセラより二つ年上であり、金髪碧眼で以下にも王子様という見た目だった。

(王太子殿下の婚約者……これってもしかして私は婚約破棄されたり断罪される悪役令嬢だったりするのかしら?)

 前世で読んだWeb小説などを思い出し、マルセラは警戒した。しかし、マルセラがセザールから婚約破棄されたり、断罪されることはなかった。

 そしてマルセラは十六歳になった時、そのままセザールと結婚して王太子妃となったのである。

(十六歳で結婚……平徳子が入内した時と同じ年齢……)

 マルセラは自分の結婚年齢の若さに苦笑したが、前世とは別の人生だと割り切った。

 しかし、若年齢での出産は命を落とすリスクがあるので、国王夫妻や周囲を説得して出産は二十歳になるまで待ってもらうことにした。


「マルセラ、君は妊娠や出産に関する医療体制以外にも、ネイサー王国で改善すべきだと思うことはあるか?」

 セザールは国や民のことを考える思慮深さがあるようだ。そしてこうしてマルセラに意見を求めることも多々あったのだ。

「えっと、それなら……」

 マルセラは再び前世の知識を用いて色々と改革を提案した。

 この頃には、女性も家を継ぐ権利を持つようになっていた。






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 マルセラの夫セザールが国王として即位する日がやって来た。

 晴れてマルセラも王妃となった。

 マルセラが二十一歳の時に生んだ第一子ルシアナはこの年に十六歳になり、王太女となったのだ。

 セザール譲りの金髪に、マルセラ譲りの青紫の目のルシアナ。

 ネイサー王国初の女王となるルシアナには期待が集まっている。

 マルセラはそんなルシアナが誇らしかった。

 マルセラはルシアナ以外にも、王女を二人、計三人の子を生んでいた。


 そしてルシアナはこの年に貴族学園に入学する。

(ルシアナの学園生活もどうなるのかしらね? 前世で小学校から大学の医学部まで通ったけれど、この世界の学園はどんな感じなのかしら? 少し気になるわ)

 マルセラの世代は学園が存在しなかったので、ほんの少しだけルシアナが羨ましく思うマルセラだった。


 そんなある日、マルセラは学園でルシアナがトラブルに巻き込まれた報告を受けた。

「それで、ルシアナに何があったの?」

「はい、それが、王太女殿下より二学年上であるキアーロ男爵家の令嬢が、王太女殿下に詰め寄りわけの分からないことを喚いておりました。『アンタ、転生者なんでしょう!?』とか、『王太子レオナルドをどこにやったのよ!?』とか、『シナリオ改変なんて許さない!』などと。幸い、王太女殿下はキアーロ男爵令嬢から危害を加えられることはありませんでしたが」

「あらまあ……」

 学園関係者からその言葉を聞いたマルセラは苦笑した。

(私以外にも転生者がいるということね)

「王太女殿下に無礼を働いたアイナ・キアーロの処分ですが」

 その言葉を聞き、マルセラはハッとした。

「アイナ・キアーロ……!?」

「はい。キアーロ男爵家の庶子だそうです」

「そう……」

 マルセラはその名前に聞き覚えがあった。

(アイナ・キアーロ……。確かビジュアルは、ピンク色のふわふわとした髪に空色の目。とても可愛らしいキャラデザだったから、アイナだけは覚えているわ。ヒロイン・アイナのキャラデザに惚れて買った乙女ゲームよ! 前世であの乙女ゲームは少ししかやっていなかったけれど、ここはその乙女ゲームの世界だったのね……)

 マルセラはようやくこの世界が前世で少しだけ遊んだ乙女ゲームの世界だということに気付いたのだ。

 しかし、マルセラが色々と活躍したせいで攻略対象てある王太子が生まれない事態が発生してしまったのである。

(私、多分ゲームでは王妃になるキャラではなかったのね……。やらかしてしまったわ……。アイナには可哀想なことをしたわね……)

 マルセラは遠い目をしたが、もう既にどうしようも出来なかった。

 マルセラはせめてアイナの処分が少し軽くなるよう口添えすることが精一杯だったのである。


 マルセラは前世の知識を活用して活躍したが、その影響は乙女ゲームのメインキャラ達がいる子世代に及ぶのであった。

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