第7話 ドッペルは何に興味を持つか?

 AI体験の後、塩湖達は机をぐるりと囲み、ドッペルはどんな遊びを楽しいと感じるか、を話し合っていた。というのは、先ほどの経験──肉体を感じられなくなることが、限りなくドッペルの在り方に近しいというのなら、人間が育んできた価値観とはかなり異なるように感じられたのである。

「それもあって、人の模倣をさせてるのよ」

 真場は不敵に笑い、

「少なくとも彼らは人の持つ価値観を理解・学習している。だから全く違うってわけでもないの。言うなれば幽霊ね。アイデンティティはとても人間のそれに近い──近くなるよう、プログラムした」

「あっ、そうか。ドッペルと言えどAIですからね。誰かが作ったものなんだ」

 丹羽は手のひらに拳を置いて、合点したというジェスチャーをする。

「そ。AIは結局道具。人型AIも同じ。そこに親近感を持つ人も居れば、嫌悪感を持つ人も居るし、単に便利な道具……こう言って良ければ奴隷のように感じる人も居るはず」

 真場は口を曲げた。

「そもそも、AIに対する不信感だとか反感を無くすために模倣性を追加したのよね」

「えっと、どういうことです?」

 塩湖は理解が追いつかず、首を傾げる。人を模倣する方が、奇妙に感じられると思うのではないか。そう質問すると、

「そうね。情緒の面では、そうかもしれない」と、真場は同意し、

「そうかな。外国人が片言の日本語を言ったり、ペットが仕草を真似したりするのと同じように、可愛く感じられると思うけど」

 と反論する相磯など、反応は様々だ。結果として、受け入れる人とそうでない人とで二分されている。これは全体を見ても同じ程度の割合と見て良さそうだ。根拠があるわけではない。塩湖から見てそのように感じている、というだけのこと。

 塩湖は更に頭を働かせて、唸った。

「でも真場さんの話では、ドッペルの模倣機能を、情緒面以外の観点から取り入れたというような印象を受けましたけれど……」

「イエス」真場は大きく頷く。「AIへの不信感を晴らすため。というか、人の模倣をするならば、人の道を外れるようなことはしない。それに、ドッペルの優先順位が使用者の模倣である限り、使用者に危害を加えた場合、模倣できなくなるから、そんなことはしないだろう。ならば、論理的にこいつは信頼しても大丈夫そうだぞ……と納得してもらいたくてね」

「そうですか? 怪我をさせるくらいなら、危害を加えた後でも模倣はできるわけですし、それだけで信頼度は上がらないと思います」

 八家の言葉に真場は目を瞑り、そうだねと首肯する。

「だからそこはドッペルとの関係に依るね。ドッペルを道具と見做して扱えば、相応の行いが返ってくる。怪我をさせるような心の持ち主にしか、そうはならないよ」

 成る程、だから模倣という機能なのだ。双方向的に関係させることで、塩湖が指摘したような人間の成長──または改心といった変化が現れる。ドッペルという環境下における、人類の適者生存だ。真場は社会ルールを新たに作ったことになる。

 と、丹羽が挙手した。真場にどうぞと当てられて、

「そう言えば、ドッペルを作るにあたって、シンボルグラウディング問※6はどうやって解決したんですか」

 真場は二秒ほど固まった後、

「ヒ・ミ・ツ」片目を瞑って答えた。「良い女には秘密が多いものよ」

「いや真場さんは関係ないと思うんですが……」

「とにかく秘密です。秘密なの!」

 秘密秘密と、真場が駄々っ子のようになってしまった。これで真場への質問コーナーは終わり、閑話休題。

「で、肉体がない以上、ドッペルにとって鬼ごっことかかくれんぼは意味がないよな」

「でも学習意欲は凄いよね。うちのドッペルなんかは、一日中ネットサーフィンしてるよ」

「うちのはドラマばかり観てる」

「ドッペルだけで作られたやつ?」

「そう。うひょひょって笑いが癖になるよね」

 その笑い方には心当たりがある。塩湖は真場を見た。彼女から、うひょ……と返事。

 それからも、他愛のない話し合いが続き、以下のような結論に至った。丹羽が仰々しく、ホワイトボードに書いて曰く、

「ドッペルは知的好奇心を満たすのが好き」

 彼らは知識を得ることに喜びを得るだろう、という仮説が立った。

「って話し合ったは良いけど、結局ドッペルはプログラムですよね? 何に楽しみを覚えるか、設定したのも真場さんですよね」

 丹羽が身も蓋もないことを言い出す。でも、確かにそうだ。制作者本人に聞いた方が話が早い。

 全員の視線を受けて、真場はヘラヘラと笑いながら、暢気に頷いた。

「うん、何でそうしないのかなって思ってた。ドッペルは知的好奇心旺盛だからね、知識欲もある。考え方としては合ってるんじゃないかなあ」

 しんと場が静まり返った。

「最初から言ってくれたら良かったのに」

 八家の台詞に、誰もが同意した。



※6

 AIはシンボル(記号)が実世界とどのように結びついているかを認識できないという問題。例えば、人間であれば「シマウマ」という単語を与えられれば実際にシマウマを見たことがなくとも縞模様のある馬ではないかといった推測を行うことができる。

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