20XX.12.22 リンカネーションっていうらしい。

 前世の記憶を持って生まれてくる人がいるってことを知ったのは、オンラインの図書館で関連書籍を漁ってた時だった。


 リンカネーションっていうらしい。


 ほんとにそんなことがあるのか、最初は半信半疑だった。

 むしろあたしのルーツに何か秘密があるんじゃないかってうっすら期待したりもしたけど、その辺の情報は政府がきっちり管理してて、手の出しようもなかった。


 自分の中にある不思議な記憶。例えばこれが『前世の記憶』だとして、じゃあいったいどこの誰のものなのか。

 『塵芥毒』の降る時代で。

 『喫茶店』にいて。

 『クミコ』って呼ばれてた。

 それ以外にもいろんなキーワードをつなげて、あたしは時代と場所を特定した。


 それが、あたしの生きる時代から約半世紀前にあった、『純喫茶アポロ』だったんだ。


 ちょうど、タナベ重工業って企業が時空転移装置タイムマシンの試作品を完成させて、実用化に向けた体験モニターを一般募集してたとこだった。

 そう、あのタナベさんがやってる町工場がでっかく成長した企業だ。初代社長が『純喫茶アポロ』の常連さんだって、後から知ってびっくりした。もしかしたら、これも何か時空を超えた運命なのかもしれない。

 兎にも角にもあたしはそれに応募して、なんやかんやいろんな審査があって、見事に受かった。

 最終的に『家族』のいないことが決め手になったっていうんだから、皮肉な結果オーライだった。



 あたしがクミコさんに会ったのは、彼女の死の間際だった。モニター前の試用運転で飛んだ時制が、そのタイミングだったんだ。

 夜の病室。残念なことに交わした言葉は少なかったけど、彼女は『これも何かの縁ね』と笑ってくれた。『夢か奇跡か分からないけど』って。


『もしあなたが本当に来世の私なら、一つだけお願いがあるの——』


 だからあたし、クミコさんの最後の願いに従って、モニター開始時期を決めた。

 クミコさんの亡くなった翌年の十一月の頭から三ヶ月間、と。


 生まれた時に付けられた記号みたいな名前を捨てて、『リンカ』と名乗って。

 そして、『純喫茶アポロ』の扉を叩いた。

 


 過去こっちに来てから、というか『純喫茶アポロ』で雇ってもらってから、『前世の記憶』はどんどん濃くなってた。

 クミコさんの記憶なのか、あたし自身の記憶なのか、ときどき混乱しちゃうくらい。あの花瓶のことも、お気に入りだったって今ならがある。


 ——クリスマス、楽しみね。


 クミコさんには、があった。

 お店を飾ることやケーキを食べること以外に、もっと大事なことが。それが、彼女からじかに託されたことでもあった。

 きっと、その無念が強く強く魂に刻みつけられて、あたしとして転生した身体の中に記憶として残ったんだ。


 魂のルーツ。あたしにとって、ただ一つの大切なつながり。


 あたし、マスターにほんとのことを話そうと思う。

 歴史を改変するようなことじゃなければ大丈夫だって、二十二世紀の当局にもちゃんと確認を取った。


 もちろん、あたしはあたしだし、クミコさんはクミコさんだけど。

 クリスマスの日、ケーキを食べながらでも。あたしの中にいるクミコさんも一緒に、彼女が果たせなかったクリスマスをやるんだ。


 ……と、思ってたんだけど。


 ■


『モニター参加者各位

 時空転移システムに重大な欠陥が見つかり、当局から計画自体の中断を求められた。対応に関しては追って連絡する』


 こないだ届いたメッセージには、そんなことが書かれてた。

 『重大な欠陥』についてこまごま説明があったけど、要は技術面での問題らしい。利用者の意識が時空の狭間に落ちちゃう事故が、稀に起こるとか何とか。


 不安な気持ちを抱えたまま二日を過ごした。

 そして今日やっと、新しいメッセージを受信した。


 電脳端末から時空ネットにアクセスすると、たちまち流れ込んでくる緊急メッセージ。


『全参加者、モニターを中止し、速やかに帰還すること。各人専用の時空ポートを開く。本メッセージ開封後より四十八時間以内に時空ポートを利用の上、帰還されたし』


「は?」


 心臓が嫌な音を立てて騒ぎ出す。

 今から四十八時間後って。

 十二月二十四日、つまりクリスマスイブの、夜八時だ。

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