20XX.12.21 時間は進む。進んでしまう。どうあっても戻ることはない。(マスター視点)
『クリスマス、楽しみね』
『お店、かわいく飾りつけしましょう。環境はどんどん悪くなってるけど、せめてお店に来てくれたお客さんが楽しい気分になれるように』
『手伝えなくてごめんなさい。このごろ起き上がるのも苦しくて』
『ケーキだけでも、一緒に食べられたら良かったのにね』
『ねぇあなた、クリスマス、楽しみね——……』
結局、君と一緒に最後のクリスマスを過ごすことは適わなかった。
■
どうしてバイトを雇ったのかと、最初のころに常連客から訊かれた。
実は僕自身、今でもなぜだかよく分からない。分からないが、最初にリンカさんが店を訪ねてきた時に、不思議な感覚に襲われたのだ。
まるで、君が帰ってきたかのような。
当然、年恰好は似ても似つかない。彼女は二十歳くらいの若い女性で、もちろん君とは血のつながりもない。
だが、上手く説明できないが、この店の中にいる時の存在感が君に似ていたのだ。
君を喪ってから、僕はひどく落ち込んで、店を畳もうと何度も思った。
それでも営業を再開できたのは、常連客に言われたからだ。「クミコさんの思い出のあるお店がなくなったら寂しいですね」と。
そういう経緯で存続したのに、女性のアルバイトを雇うのは、ともすれば君を裏切る行為のようにも見えたことだろう。
しかし当のリンカさんといえば、あっという間に常連客に馴染み、受け入れられた。彼女の作り出す明るい空気は、この店を太陽のように照らした。
それどころか、君の命を奪った塵芥毒すら浄化するようなポジティブさで、僕自身をも救ってくれた。
君と過ごした、そして君のいなくなったこの世界を、憎まなくても良くなったから。
あの日からちょうど一年が経つ。
僕は犬の散歩がてら、君の眠る墓前を訪れていた。
『あたし、おっきい丸いケーキを食べたことないんですよね。マスター、良かったら一緒に食べませんか?』
『そういうことなら二十五日、僕がケーキを用意しておくよ』
君以外の人と、そんな約束をしてしまったよ、クミコ。
ときどき思う。もしかしてリンカさんは、君の生まれ変わりなのではないか、と。
同時に思う。そんなはずはない、と。
一年前に死んだ君と二十歳ほどの彼女では、計算が合わない。実に不条理な思いつきだ。
それに、この上なく失礼な発想だろう。君に対しても、彼女に対しても。
『クリスマス、楽しみね』
君の願いを叶えることはできなかったのに。
胸の奥がじくりと痛む。
君はどう思うのだろう。僕一人がこんなふうに先へと進むことを。
進んでも、いいのだろうか。
どれだけ問いかけても、答えは返ってこない。
「わんっ」
宇宙犬が、僕とつながるリードを強く引く。先へ先へと、否応なく。
時間は進む。進んでしまう。どうあっても戻ることはない。
薄い幕に隔てられた空からは、いつしか静かな雨が降り出していた。
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