20XX.12.20 おっきいケーキ、きっとおいしいに決まってる。
『純喫茶アポロ』に流れる時間は、今日もゆったり。
外はみぞれっぽいものが降ってたから、わざわざ足を運ぼうって人が少なかったのも分かる。どうせなら雪が降ればいいのに。
あたしは閉店後の作業で椅子やテーブルを丁寧に拭きながら、カウンター奥で明日の分の仕込みをするマスターに声をかけた。
「あのー、マスター、クリスマスのことなんですけど」
「うん、また何か思いついたのかな」
こうやってあたしがクリスマスの話題を出すのも、もうお馴染みみたいになった。
「お客さんにクッキーとか配ったらどうかなーって思うんですよ。ちっちゃい包みにしたやつ。二十四日と二十五日あたりにでも」
ちょっと前から考えてたことだ。
あたし自身がそうしたいと思ってた。お客さんたちに喜んでもらえたら嬉しい。
マスターは仕込みの手を止めて、うんうんと頷く。
「なるほど。そういうサービスをやる店もあるね。小さいものなら配りやすいし、受け取ってもらいやすい」
「でしょ? あたしクッキーとか作りますし」
「うーん、手作りじゃない方がいいかもね」
「え、そうですか?」
「普段から店で出してるものならいいけど、そうじゃないものは消費期限や原材料なんかのことでお客さんに心配をかけてしまうかもしれないから」
確かにそうかも。
「んじゃあ個包装のファミリーパック的なやつを何種類か買ってきて、ちっちゃい袋に分けて入れたのをたくさん作っといたらいいですかね? あたしやりますよ」
「そうだね、リンカさんお願いできるかな」
「任せといてください!」
やった。張り切っちゃう。
それから、それから。ここからが本題だ。
「あのー……実はマスターにもう一個お願いがありまして」
「うん」
「あたし、おっきい丸いケーキを食べたことないんですよね。マスター、良かったら一緒に食べませんか?」
「え? …………僕で、いいの?」
「はい! ほんと、もし良ければでぜんぜんいいんですけど」
マスターは、ちょっとだけ考えるそぶりをして。
「むしろ、こんなおじさんで申し訳ないくらいなんだけど」
「そんなことないです。あたし、この店が好きなんで。ここでクリスマスをお祝いできたら嬉しいです」
そして、ふっと微笑んで。
「……ありがとう。そういうことなら二十五日、僕がケーキを用意しておくよ。ボーナスの代わりってことで」
「ほんとですかー! ありがとうございます!」
良かった、舞台は着々と整いつつある。
ほうっと息を吐いた。
まだ胸がドキドキしてるし、顔だって真っ赤になってるに違いない。
やるべきことがある。そのためだっていうのはもちろんだけど。
嬉しくて嬉しくて、全身弾んじゃいそう。おっきいケーキ、きっとおいしいに決まってる。
その後もあたしはそわそわしたまま残りの作業を片付けて、マスターと一緒に店を出た。
お互いに宇宙飛行士スタイルで、お店の前で別れ別れになる。
「明日には冬至か。もう暗いから、気をつけて帰るんだよ」
「ね、こんな早く真っ暗になるもんなんですね。すぐ近くなんで大丈夫です。マスターも、早く帰ったげてくださいね。ワンちゃんお留守番でしょ?」
「……そう、だけど。あれ、僕、リンカさんに犬の話したっけ?」
おっと……
「あー、えっと、はい、けっこう前にちらっとだけ聞きましたよ?」
「そうだったかな。じゃあ、また明日」
「はい、また明日!」
……焦ったー!
あたしはホッと胸を撫で下ろして、しとしとみぞれの降りしきる中、スキップしながら家へと向かう。
つきん、つきん、つきんと、右のこめかみがメッセージの受信を告げた。
ごきげんなあたしは、何の気なしにそれを開封した。
『モニター参加者各位』
それは
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