20XX.12.19 ここにいられれば幸せなんですよ。
「はぁ、なんか寂しいわぁ」
ローズさんはいつもの席でセクシーに脚を組みながら、コーヒーを一口飲んだ。
ぷるつやの真っ赤な唇から悩ましげなため息が漏れて、どっちかというとブランデーとかのアダルティなお酒を飲んでるみたいな雰囲気だった。
それに応えるのは、負けず劣らず渋ダンディな空気を醸し出すマスターだ。
「何かありましたか?」
「何かあったっていうか、逆に何もないのよォ。クリスマスだ年末年始だってバタバタしてる最中はいいんだけどね、こういう時期って、一人になった瞬間にフッと寂しくなっちゃって。この忙しさがひと段落しちゃったら一気に虚しくなりそうで怖いのよォ。人肌が恋しいっていうの? ほら、ちょうど寒い時期だしね」
ローズさんのゴージャスなつけまつげがファサァッ!と伏せられた。いいな、あれ。あたしもつけたい。
「ひと段落する時期に、気分転換の旅行でも計画しておいたらどうです? 予定があれば、それを楽しみに過ごせると思いますよ」
「あらっ、いいじゃない。マスター、一緒にどう?」
「僕は店がありますので」
「もうッ、つれないわねェ」
なんだかんだでいつものごきげんな顔に戻ったローズさんは、うっすら青いアゴにキラキラの爪の揃った指先を添えた。
「でも、たまには田舎に帰ろうかしら。両親もトシだし、顔見に行かないと」
「親御さん、きっと喜ぶと思いますよ」
「アタシがこうなった時、父親なんか卒倒しちゃったけどね。親孝行、できるうちにしときたいわねェ。そういえばリンカちゃんは年越しは実家?」
「んっ? はい?」
突然こっちに話を振られて、びっくりした。
「地元どこだっけ? この辺かしら?」
「あー……ちょっっっと遠いとこなんですけど、どのみちあたし家族いないんで」
「……えっ?」
「親の顔とか知りませんし、施設に帰ってもなーって感じなんで、まあお気楽に一人で年越ししよっかな——」
そこまで喋って、場の空気が凍りついてることに気づいた。マスターも、ローズさんも、あたしを気遣うみたいな目で見てる。
「……なーんて、あはは」
「ごめんなさいリンカちゃん、アタシ、知らなくって」
「いえいえ、ぜーんぜん! 別にそんな珍しいことじゃないですし、生まれた時からこうだったんで!」
実際そうだし、二人が気にするようなことなんか何にもない。言った通り、珍しいことじゃないどころか、それが普通だったんだから。
「あたし今、すっごく楽しいんです。だからあたし、ここにいられれば幸せなんですよ」
あ、なんか。
すっごく思いきったことを言っちゃった気がする。
「リンカちゃん……いい子ォ〜!」
ローズさんがずずっと洟をすすった。
「ねぇ、良かったらウチの店にも遊びに来てよ。歓迎しちゃう〜! クリパもやるわよ〜!」
「ほんとですか? めちゃ行きたいですっ」
そんなの絶対楽しそう。こうやって明るく声をかけてもらえるの、嬉しいな。
ほんと、ずっとここにいられたらいいな。
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