20XX.12.15 大事な熱があたしの中にきっと残ってて、時間を置いても柔らかいままなんだ。
玉子を割り入れたボウルに、顆粒だしと塩と砂糖と少しの水を加える。
「なるべく空気が入らないように混ぜて」
「入っちゃったらどうなるんですか?」
「焼き上がりのキメが粗くなる」
「あーそれはダメですね」
あたしはマスターのアドバイスに従って、ボウルの中身を菜箸で縦に切るように混ぜ合わせた。
玉子焼き用の四角いフライパンを十分に熱してから、玉子液を流し込む。
「一気に入れてね」
「一気にー! はいっ! 入りましたーオッケーでーす!」
「掛け声が居酒屋みたいだよ」
菜箸でフライパンの底から大きく混ぜて、半熟まで固まってから、蓋をして弱火で一分。火を止めて、フライ返しで半分に折りたたんで、また蓋をして二分くらい待つ。
「余熱で固めるんだよ」
「固まるもんなんですね」
玉子の上下を入れ替えて、またまた蓋をして更に一分。
玉子焼きをバットに取り出して、キッチンペーパーで四角に包む。多少形が崩れてても、熱いうちなら綺麗な形に整えることができるみたい。
完成した厚焼き玉子は、つやつやでなめらかな黄色。ふっくらと厚みがあって、弾力がある。
「すごく上手くできたね。初めてとは思えない」
「やった、ありがとうございます!」
うん、本当に。
「マスターの教え方が上手なんですよ」
「いや、僕もまだまだでね。この一年でだいぶマシにはなったんだけど」
うん、本当に。
「でもマスターの厚焼き玉子サンド、初めて食べた時にすっごい感動したんですよ。ふわっふわで」
「余熱でじっくり火を通すと、時間を置いても柔らかいままなんだよ」
「へぇー」
粗熱を取った厚焼き玉子を、からしマヨネーズを塗った食パンに挟んで、ラップで包んでしばらく馴染ませる。パンの耳を切り落として、食べやすいサイズにカットしたら完成だ。
「うわー! お店のやつみたい!」
「お店のやつだよ」
マスターが苦笑する。目尻に優しい皺。
あぁ、まただ。このところ、ものすごく見慣れた感じのものが増えてきた。
席に着いて、サンドイッチを一口かじる。まだほんのりあったかい。甘さと酸味がじゅわっと口の中に広がって、心臓が全身にとくとく熱を運んでく。
そうか。余熱が。
大事な熱があたしの中にきっと残ってて、時間を置いても柔らかいままなんだ。
「うまっ! マスター、あたし天才かもしれないです」
「はは、じゃあお客さんに出してみようか」
「え、いいんですか?」
「この焼き上がりなら問題ないよ」
「うそー! やった、ありがとうございます!」
ここがあたしの居場所であってほしいって思う。
かつて誰かの居場所だった場所。
あたしの中で静かに存在してる誰かの熱も、自分のものだって勘違いしそうで。
あたしは確かに自分自身の手で作った厚焼き玉子を、ゆっくりゆっくり噛みしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます