20XX.12.14 この散歩で宇宙旅行の真似事ならできるかもしれない。(マスター視点)

 大雨の翌日は、いつもより空気がすっきりして見える。

 だが、あれほどの土砂降りであっても、全てを洗い流すには至らないようだ。

 今朝も空には薄らとした幕がかかったままで、ただでさえ頼りない冬の陽光を虚ろに遮っている。


 いつもの堤防沿いの遊歩道を、僕は愛犬のリードを片手にゆったりと歩く。

 全身を隈なく覆う犬用防護服は、尻尾の動きを阻害しない作りだ。こんな決まりきった散歩であっても、彼にとっては嬉しいものらしい。胴長短足の小さな身体がとことこ進むのに合わせて、尻尾は高く振られている。


『私がいなくなっても、この子の散歩をお願いね』


 君と最後に結んだ約束が、何も犬のことでなくとも良かったのに。

 おかげで僕は、どれほど気乗りのしない日であっても、散歩を欠かすわけにはいかなくなってしまった。そうでもなければ、こうして毎朝わざわざ外に出ることもなかったろうに。


 外、と言えば。

 昨日、買い出しに行ってくれたリンカさんが、「雨上がりに虹が出た!」と興奮した面持ちで教えてくれた。

 珍しいこともあるものだ。さすがに今日はないだろうが。

 何の気なしに空を仰ぎ見る。虹は当然あるべくもないが、太陽はやや高度を上げたようだ。このところにしては割と晴天の日であるらしい。


 その時、視界のあちこちで何かがチラチラとまたたいたように感じた。

 目にゴミでも入ったか、はたまたフェイスシールドに汚れがついたか。

 首を上げたままよく目を凝らし、ようやく理解した。空気中の塵芥が、陽光を弾いているのだ。


 そういえば、リンカさんも言っていた。


『空気中の塵もね、うっすら陽の差す日とかは、ちょっとキラキラして見える時があって』


 これのことか。腑に落ちると共に、思い出す。


『今ってちょうど宇宙飛行士みたいなカッコで外を出歩くじゃないですか。もう宇宙旅行してるみたいなもんだと思えば、結構楽しいですよ』


 奇遇なことに、僕の傍らを歩く犬も宇宙犬のような様相だ。

 彼は今、足を止めた僕に抗議するように、強くリードを引いてくる。前へ、前へと。

 いつもと同じ光景なのに、なぜだか今日は少し違って見える。


『いつか宇宙旅行に行けるといいわね』


 そう言った君はもういない。

 だけど君の残した犬がいて、この散歩で宇宙旅行の真似事ならできるかもしれない。


『クリスマス、楽しみね』


 君の声が聞こえた気がした。


 僕は久々に顔を上げて歩いた。ムーンウォークとはいかないが、淡く煌めく空気の中を進みゆけば、いつかは君の元へと辿り着けるだろうか。

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