20XX.12.12 踏み込むなら、慎重に。

 ローズさんがお店に入ってくる時は分かりやすい。

 外の扉の開く音がしてから、内側の扉が開くまでに一分とか二分とかまあまあ時間かかるのがローズさんだ。


「こぉんにちは〜」

「いらっしゃいませ」

「らっしゃいませー」


 カランコロンとドアベルの鳴る音に、三人の声が重なる。

 今日もローズさんは派手色ワンピースとバチバチのメイクで、相変わらずの大迫力だ。綺麗に巻いた亜麻色の髪の先まで隙なく完璧で、二つの扉の間でちゃんと身だしなみを整えたんだろうなって分かる。

 だってあの宇宙飛行士スタイル、髪も服もぐっちゃぐちゃになるから。その美意識、ぜひ見習いたい。


 ローズさんはでっかいパンプスでコツコツとセクシーな靴音を立てて、いつものカウンター席までやってくると、すぐにあたしの飾ったポインセチアに気づいた。


「あらっ? 何これ! リンカちゃんが作ったのォ?」

「そうです。さすがローズさん、見つけるの早!」

「えーッ! かーわーいーい〜! ペーパークラフトなの? 深めの色で素敵じゃないの。このお店の雰囲気にもピッタリね!」


 ローズさん、絶対めちゃくちゃ褒めてくれるから最高。

 だけどガラスの花瓶を手に取ると、彼女は「あら?」と首を傾げた。


「これって……マスター」

「ええ、そうですよ」


 バチバチまつげに縁取られた目が、花瓶とマスターとを何往復かして、きらきらネイルの指先が口元に添えられた。


「クミちゃんのお気に入りの……」

「ええ、そうですよ。リンカさんに綺麗に飾ってもらいました」


 マスターは穏やかに微笑む。


 大きく見開いたローズさんの目に、じわっと涙が浮かんできて、さすがにあたしはギョッとした。


「あの、ローズさん?」

「ごめんなさいねェ、なんか、良かったぁって思って……ほんと、良かったわぁぁ……」


 ずずっと洟がすすられる。


「リンカちゃん、ありがとうねェ」

「え、えー?」


 そう言われてもリアクションに困るんだけど。


 結局ローズさんは溶けて流れたマスカラを直すのに、しばらくトイレに篭った。

 そして再びバチバチのパーフェクトフェイスで戻ってきて、マスターの淹れたコーヒーを飲みながらしみじみ言った。


「クミちゃんが亡くなってから、もうすぐ一年かぁ……」

「……早いものです」


 えっと、その話、あたしが聞いてても大丈夫なやつ?


「このお店もどうなるかって思ってたけど……リンカちゃんが来てくれて、最近マスターも元気そうで、ホントにホッとしてたのよォ。あっ、クミちゃんってマスターの奥さんね。この花瓶も、クミちゃんが大事にしてたやつだったのよ」

「あー、そうだったんですか」


 さりげにローズさんが話を振ってくれて、ちょっと助かったような気分になる。

 踏み込むなら、慎重に。


「この花瓶、すごい大事にしまってあったんですよね。だからきっと大事なものなんだろうなって。使わせてもらって、ありがとうございます」

「いや……使いみちがあるなら使ってもらった方がいいからね。きっとクミコも……妻も、そう言うはずだ」


 ローズさんがうんうんと勢いよくうなずいてる。力強いし、心強い。

 あたしはそっと頬を緩めた。


「それなら良かったです」


 クミコさん。一年前に塵芥毒の影響で亡くなった、マスターの奥さん。

 うん、なんていうか。

 知ってたんだけどね。

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