20XX.12.11 この空の下で、前よりもずっと生きてる。

 ——クリスマス、楽しみね。


 もう思い出せないくらいの子供のころから、ずっとその声は聞こえてた。



 のっぺりした空が見える。ただただ青くて、変わり映えのない空。

 夕暮れの時間帯には西側が茜色に染まって、だんだん夜の黒の割合が増えてく。

 明け方の時間帯には東側が薄橙に染まって、だんだん昼の青の割合が増えてく。


 毎日変わらない。毎日毎日飽きもせず。


 あたし、それが大嫌いだった。

 毎日のっぺりみんなとおんなじ顔して生きるのが正しいことだって、強制されてるみたいで。

 だってそんなの、生きてるか死んでるか分かんない。



 ハッとして、跳ね起きた。

 ボロくて狭いマンスリーアパートの、アイボリー色した天井が見える。

 薄いカーテンの隙間から覗いた空は、いつも通りどんより灰色の雲で覆われてて、あまりの冴えなさにホッとした。

 良かった、ちゃんと現実だ。


 イヤーな夢見たなぁ。夢っていうか、うん。

 右のこめかみが、つきんつきんとほんのわずかに痛む。そこへあたしは右手の人差し指をとん、と当てた。おっけ、これで本日も問題なし。

 だいぶ寝坊しちゃったけど、今日はお店の定休日だからあたしもお休みだ。


 この時間帯、だいぶ冷える。簡単なセラミックファンヒーターはパワーが弱くって、ないよりマシってくらい。

 安いからってネットで買った防災用のアルミ保温シートは、ガサガサ鳴ってうるさいし普通に寒い。ケチるんじゃなかった。電気毛布とか買おう。

 というか完全にナメてた。ほんとにちゃんと寒いから、しっかり着込んであったかくしなくっちゃ。


 ここへ来てから、びっくりすることばっかりだ。不便だなと思うことも多い。自由って楽しいだけじゃないんだなって、すごく実感した。

 でも、悪くない。ぜんぜん悪くない。


 カーテンを開けた。窓越しの空は、よく見ればまだら模様。雲の薄くなってるところから太陽の光がほんのちょっと漏れてる。それだけで、なんだか嬉しくなってしまう。

 人体に有害な毒が降り注いだって、あたしは生きてる。この空の下で、前よりもずっと生きてる。


 ちっこい折り畳みテーブルの上には、作りかけのポインセチアが散らばってる。赤に緑に金色。一目見ただけでわくわくするカラーだ。

 今日はこれの続きをやろう。ひとつひとつ丁寧に、綺麗に作ろう。

 あたし、ちゃんとを果たせるかな。


 ——クリスマス、楽しみね。


 クリスマスまで、あと二週間。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る