20XX.12.10 空がぜんぜん見えないのって寂しいですよ。

『第二ドームタウンの建設計画 進む』


 今日のネットニュースのメイントピックは、街全体を大きなドームですっぽり覆った居住区を作る大きな計画のことだった。

 あたしは客席のひとつに腰かけて、スマホ画面をスクロールさせながら、カウンターの向こうで同じく休憩中のマスターに話しかけた。


「マスター、近くにドームの街ができるらしいんですけど、タナベさんが言ってた国の仕事ってこれですかね?」

「ああ、たぶんね。一年くらい前から少し話題になってたな、その計画。首都圏の第一ドームタウンはもう稼働してるみたいだね」


 むう、一年前か。


「外に出ずにドーム内で仕事や買い物に行けるのなら、塵芥毒の心配なく暮らせるようになるだろうね」

「えー、でも……こういうとこ、わざわざ入りたい人ばっかじゃないですよね」

「まあ、入居者は抽選になるんじゃないかな。いくら人口が減ってきてるんだとしても、全員が入れるわけじゃない」


 マスターは淡々と続ける。


「どのみち僕みたいな独り身の年寄りには関係のない話だよ。物事には優先順位というものがある」

「んー」


 あたしはバツ印をタップして、画面をクローズした。


「でもそういう閉鎖空間て、ちょっとヤじゃないです? 人間関係とか合わなくっても逃げ場なさそうだし。それに空がぜんぜん見えないのって寂しいですよ、きっと。薄曇りの空だって、その向こうには無限の宇宙が広がってるんだから」


 あ、思いついた。


「ほら、今ってちょうど宇宙飛行士みたいなカッコで外を出歩くじゃないですか。もう宇宙旅行してるみたいなもんだと思えば、けっこう楽しいですよ。あたしなんかいつも、」

「……え?」


 マスターが突然、弾かれたように顔を上げた。


「ん?」

「あ……いや……」


 どうしたんだろ。あたし、変なこと言ったかな。


「あ、あはっ……やっぱ、おかしいですよね? あたしいつもここに来る時とか、買い物の時とか、自分が宇宙旅行してるみたいな妄想してるんです。空気中の塵もね、うっすら陽の差す日とかは、ちょっとキラキラして見える時があって。宇宙のダスト的な何かだと思えばぜんぜんアリだし」


 だんだん恥ずかしくなってきて、ひたすら早口で喋った。顔がかぁっと熱い。こんなに落ち着いた大人のマスターに、あたし、何を子供っぽいこと言ってんだろ。

 だけど。


「ははっ……なるほど、リンカさんらしい」


 もしかしたら初めて見たかもしれない。

 くしゃっとした、マスターの笑顔。


「でも確かに、そういう発想の変換は大事だね。僕も今度やってみるよ」

「えっ……」


 まさか、そんなふうに受け止めてもらえるなんて。


「……でしょっ? せっかくだから、楽しく考えなきゃですよ」


 うっかりちょっと泣きそうになったのを、おんなじようなくしゃっとした笑顔で誤魔化した。


 手持ち無沙汰でもっかい開いたスマホのニュースの画面上、ある文章が目に留まる。


『第二ドームタウンの運用開始は三年後。以降、順次各地に同様のドームタウンを建設予定。二十二世紀初頭までには全人口を収容できる見込み』

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