20XX.12.9 これ、大事なものなんですよね? 大事に使わせていただきますね。
「あれ? この花瓶、久しぶりに見たなぁ」
昨日に引き続きご来店のタナベさんが、カウンターに並んだガラス花瓶を見るなりそう言った。
ちょうど、これについてマスターに相談中だったんだ。
「バックヤードの棚の整理してたら見つけたんです。お揃いでたくさんあるし、テーブルに飾ったらいいんじゃないかと思って」
あたしは花瓶の一つを手に取った。
店の天井からぶら下がったオレンジ色のライトの光が、表面の細工に反射してキラキラする。うん、やっぱり綺麗。
タナベさんはマスターにちらっと視線を向ける。
「えっと、マスターがいいならいいんじゃないかなぁ」
「まあ……花瓶は花を飾るものですからね。僕はそこまで手が回らなかったんですが、やってくれる人がいるなら」
マスターは静かに微笑んでる。
常連さんであるタナベさんは、事情を知ってそうな雰囲気だ。
だけど、あたしの立場でそこへ踏み込むことはできない。代わりにからっとした笑顔を作る。
「ありがとうございます! これ、大事なものなんですよね? 大事に使わせていただきますね」
あたしなりに、やってみる。
「ここにクリスマス的な花を飾ったら絶対かわいいと思ったんですよ。でも花って結構高いんですよね。だからちょっと考えました」
そう言って、用意してきたものをテーブルの上に出す。
「カラークラフト紙で作ったポインセチアです」
正確には花というより葉っぱらしいんだけど、細かいことは気にしない。クリスマスといえばポインセチアって決まってる。
お店に飾っても変じゃないように、深い色のちょっといい紙を選んだ。
一番大きい深い緑の葉っぱに、中サイズと小サイズの赤の葉っぱを重ねてある。真ん中にゴールドのビーズも貼ってあって、緑、赤、金でバランスのいいクリスマスカラーだ。
緑のカラーワイヤーの茎も付けて、花瓶に挿せるようにした。
タナベさんが声を上げた。
「へえ! すごい、どうやって作ったの?」
「ネットで作り方を探しまして」
「いやあ、器用だねぇ。ちょっと一個作ってみせてよ」
「いいですけど、実はあたしそんな器用じゃないんですよ。これもめちゃ苦労したんで」
あたしは右手の人差し指をこめかみにとん、と当てる。
……違った、こっちだ。ポケットからスマホを出す。
「動画見ながらじゃないと作れないんです」
材料を持ってきといて良かった。
ブックマークしといた動画を再生しつつ、深紅のクラフト紙を指示通りに折ってく。
だけど。
「あー、早い早いっ! 今のとこ、もう一回っ!」
「あはは、なかなか難しいねぇ」
「旧式端末ってちょっと操作めんどいんですよねー」
ぶつぶつ言いながら動画を一時停止したり戻したりしてると、マスターが首を傾げた。
「リンカさんのスマホ、AiPhone35じゃなかった?」
「あー、うん、そうですよー」
おっと。
「マスター、ほら、こないだ36が発売されたから」
「あぁ、それで」
「やっぱ若い子は最新のやつが良いんだねぇ」
「ですねー」
のっぺり相槌を打ちながら、作業を続ける。
指先がもつれて、顔が熱い。きゃー。
どうにか一つを折り上げて、花瓶に飾ってみる。
「見てくださいこれ、かわいくないですか?」
「おー本当だ! めちゃくちゃクリスマスっぽい!」
「ああ、これはいいね。花瓶にも合う。リンカさんに任せるよ」
「やった! あたし、頑張って作りますね!」
ああ、良かった。ホッとした。ほんとに。
どうであれ、マスターにそう言ってもらえたのが何より嬉しい。
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