20XX.12.8 本当はロケットとかタイムマシンとか作ってみたいんだよね。
「最近ちょっと大口の仕事が入って業務が忙しくってさぁ。ここに来る時だけが癒しの時間だよー」
タナベさんはサンドイッチを食べ終えて、コーヒーを飲むと、ホッと息をつくようにそう言った。
「社長さんとしては嬉しい悲鳴なんじゃないですか?」
「それがさぁマスター、国家事業の下請けだから、なかなか納期とか厳しくってさぁ」
なんでも、政府主導でやってる塵芥毒対策の一大プロジェクト、に関わる仕事らしい。
「でも僕、本当はロケットとかタイムマシンとか作ってみたいんだよね」
タナベさんは、子供みたいにきらきらと目を輝かせて。
「まあ、夢のまた夢だけどねぇ。暗い気分でいちゃあダメだね。せっかくクリスマスシーズンだし、楽しい気持ちでやってかないと。ああ、ごちそうさまでした」
と、お会計して、ささっと仕事へ戻っていった。
玄関の内側にあたしが新しく設置したリースが、ドアの閉まったのと一緒にゆらゆら揺れる。松ぼっくりやら何かの実やらが赤っぽく色付けされて、銀色の星型スパンコールが散りばめられた、ちょっと大人っぽいデザインの。このお店の落ち着いた雰囲気にもよく合う、いいセンスだ。
今日もお店の雰囲気にぜんぜん合わない総柄のトレーナー姿で、あたしはそう自画自賛した。
——せっかくクリスマスシーズンだし、楽しい気持ちでやってかないと。
タナベさんの言う通りだ。
あたしはマスターに許可を取って、暇な時間にお店のバックヤードでクリスマス感の出せそうなアイテムを探した。掃除と備品整理のついでだ。
奥の棚には食器類がしまい込んである。クリスマスっぽい柄のコーヒーカップとかお皿とかがあったら、お客さん用に使える。
そうだ、テーブルにかけるクロスなんかも、それっぽい柄のやつがあるといいかも。
「……ん?」
棚のいちばん下の段の、奥深く。カゴに入った何かが出てきた。片手で掴めるくらいの箱がいくつもある。その一つを開けてみると。
「花瓶? かな?」
透明なガラス製で、素敵な細工が入ってて、丸っこいおしゃれな形をした、背の低い花をちょこっと挿すのにちょうどいいくらいの小ぶりな花瓶だ。
すっぽりあたしの手に馴染む。初めて触ったとは思えないくらい。
「おー、かわいい」
これ自体はクリスマスっぽくないけど、ここに何かクリスマスっぽい花を飾ったら?
「……なかなかイイんじゃない?」
花があるだけで、お店がパーッと明るく華やかになりそうだ。
お店の雰囲気、今のままでも渋くてまあまあいいけど、いかんせんカラフルさが足りないと思う。
これだけ花瓶が揃ってるってことは、ちゃんと花を飾ってた時があったんじゃなかろうか。
……待って、マスターが? 花を?
いやでも、この花瓶、なんとなくマスターの趣味とは違う気がする。きらきら繊細なデザインで、女子っぽい。
だから、ものすごくピンときた。
「……そーゆーことね」
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