20XX.12.4 そりゃあ確かにマスターはイケオジですけど。

「ねぇねぇ、リンカちゃんはさぁ、クリスマスの予定とかって何かあるのォ?」


 野太い猫撫で声でそう訊いてきたのは、『純喫茶アポロ』の常連の一人、ローズさんだ。


 ローズさんはこの商店街にあるオカマバーのママさんで、出勤前の夕方の時間帯にときどきふらっとやってくる。

 派手色のワンピースを着てても男の人だって完全に分かる体格で、がっつりメイクでもアゴはうっすら青くて、ゴツゴツした手の指先にはめちゃくちゃ可愛いネイルがしてあって、トータルで見るとなんかキュートなおネエさんだ。ちなみに年齢不詳。

 こんなキメキメの人でも外を歩く時は宇宙飛行士スタイルだから、ちょっと面白い。


 ローズさんはカウンターの端っこにあるクリスマスツリーを指した。


「あれ飾ったの、リンカちゃんでしょ? ずっとここ通ってるけど、あのちっちゃいツリー初めて見たもん。か〜わ〜い〜い〜」

「ありがとうございますー! ネットで買いました。残念ながらクリスマスの予定とか何もないんで、せめてバイト先くらい飾っとこうかなーって」

「分かるゥ! 形から入るのって大事よねェ。気分もアガるし」


 そういうローズさんの爪もクリスマスカラーだ。コーヒーカップをつまみ上げた手の小指がぴんと立って、店内のペンダントライトの光をキラッと弾いた。


「リンカちゃんがこのお店に来てくれて、ほーんと良かったわ。アタシのおしゃべりの相手になってくれるし。で、何よ実際、気になる人とかもいないワケ?」

「えー、気になる人ですか?」


 別にそんなつもりもなかったはずなんだけど。

 なんとなく視線を向けた先に、マスターがいた。

 ちょっと、びっくりした。


 ローズさんがエレガントなポーズの手でハッと口元を押さえる。


「えっ? そういうコト?」

「えっ? どういうことです?」

「ふふン、アタシの目は誤魔化せないわよォ。リンカちゃんとマスターって三倍くらいトシ違うでしょ? もしかして枯れ専?」

「いやいやいや違いますって。そりゃあ確かにマスターはイケオジですけど、あたしなんてぜんぜん子供みたいなもんですし」

「何よォ、つまんないわねェ」

「ちょっとローズさん本音ー!」

「あの、君たちね……」


 マスターが居心地悪そうに苦笑いしてる横で、あたしとローズさんはけらけら笑った。


「あたし、どうしてもやりたいことがあって。だから今あんまり恋愛のこととか考えられないんですよ」

「ふゥん。リンカちゃんのやりたいことって?」

「んー? えへ、秘密ですぅ」

「ヤダこの子あざとい〜! でも嫌いじゃない〜!」


 ……もちろん、マスターは渋くて穏やかで優しくて素敵だけど。

 あたしが絶対に好きになっちゃいけない人なんだ。

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