20XX.12.2 せっかく十二月なんだからクリスマスを楽しみに待ちたいじゃないですか。
空気中に混ざった塵芥毒は、人体に有害だ。皮膚に触れても口から吸い込んでも危ない。
何年か前に世界のあちこちでいくつかの火山が噴火したりなんだりして、あれこれ重大な環境変化が地球に起きて、こんなふうになっちゃったらしい。
ずっとモヤに覆われた空からは、目に見えるか見えないかくらいの細かい粒子が降り注いでる。
だからあたしたちはみんな、外を出歩くたびにあの宇宙飛行士っぽいカッコをしなくちゃならない。いつ終わりが来るのかも分からない、終末の世界みたいだ。
十二月に入って、あたしもまあまあ仕事に慣れたと思う。仕事って言っても、店内の掃除とか簡単な調理の手伝いとか注文の品を運ぶことくらいだけど。
実は正直、コーヒーのことはよく分からない。いい匂いだと思うし美味しいとも思うけど、あたしは砂糖もミルクもガンガン入れたい派だ。
「なんでもかんでもブラックで飲むのが
マスターはそうフォローしてくれたんだけど、実はインスタントとの差も分からんぐらいだってことは秘密にしてある。
そんなあたしがこの『純喫茶アポロ』でバイトしようと思ったのには、相当深くて涙なしには語れないほどのすっごい理由があったりなかったりするんだけど、それはそれとしてよく雇ってもらえたなぁって自分でも思う。
仕事に慣れたついでに、あたしはカウンターにあるものを置いてみた。
「あのー、マスター、これ飾ってもいいですか?」
コーヒー豆をミルで挽いてたマスターが、カウンター越しに覗いてくる。
「ん? クリスマスツリー? リンカさん、どうしたのそれ」
「ネットで買ったんですよ。昨日ドローン便で届きました。かわいくないです? お店の雰囲気に合うように、ちょっと落ち着いた感じのやつにしたんですけど」
今日のあたしは派手色フーディとアッシュピンクのボブヘア。
だけどあたしの選んだクリスマスツリーは、ブロンズ色の玉飾りがいくつかぶら下がってるだけのちゃんとシンプルなやつだ。カウンターの上に飾っても邪魔にならない、ちっちゃいサイズの。
「おしゃれでいいね。その場所ならいいよ。でも、急にどうして?」
「季節感出した方がいいんじゃないかなーって。気分もアガるし、せっかく十二月なんだからクリスマスを楽しみに待ちたいじゃないですか」
「ああ、クリスマスねぇ……」
マスターの表情がうっすら曇ったことに、あたしは気づかないふりをする。
外は雨が降り出したっぽかった。ささぁっと細かい水滴の打ちつける音が聞こえる。
「……どうせ降るなら、雪降ってほしいですよね。おんなじ塵芥毒が降るんでも、まだ綺麗に見えるんじゃないかなぁ」
「そんなに変わらないよ」
マスターはミル挽き作業に戻った。ごーりごーり。雨音が分からなくなる。
コーヒーの匂いだけが、何事もなかったように漂ってる。
うーん、なかなか渋い。
砂糖やミルクみたいなものを、この空気にも入れられたらいいのにね。
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