終末喫茶でメリークリスマスを 〜アドベントカレンダー2024〜

陽澄すずめ

20XX.12.1 『純喫茶アポロ』は、今日もまったり営業中。

 ——クリスマス、楽しみね。


 あたしの胸の中には、ずっとずっとその想いがあった。

 夢にも憧れにも似た、大切な想いだ。

 クリスマスを楽しく過ごしたい。今年こそ、その願いを叶えようと思う。


 ■


 見上げた空がどんより暗いのは、何も目の前を覆うフェイスシールドのせいじゃない。

 太陽の光をしっかり遮る分厚い雲。それがただの雨雲だったら良かったけど。


 通い慣れてきた道は、相変わらず人影が少ない。

 古い商店街は、開いてる店を数えた方が早いくらい。本当だったら、あちこちクリスマスの飾り付けをしてたっていい時期なのに。

 追い風に背中を押される。全身すっぽり覆う強化ナイロン製のスーツは、少しも風を通さない。きっと冷たい風なんだろうなって、あたしは他人事ひとごとみたいな顔をして、うっすら塵芥じんかいの積もる舗道を軽やかに前へと進む。


 立ち並ぶ商店のひとつ、古いレンガ造りの雑居ビルの、短い階段を降りた半地下に、そのお店はある。

 レトロな看板ライトに書かれた名前は、『純喫茶アポロ』。

 見た目は古くさくっても、この時代ならではの仕様。中に入るには二枚の扉を開けなくちゃならない。

 一枚目のドアはまだ新しい。後から増設したものらしい。ノブはちょっと固めだけど、この固さが大事なんだ。

 一枚目のドアと二枚目のドアの間には半畳くらいのスペースがあって、簡単な注意書きが貼られてる。


『こちらで防塵スーツをお脱ぎください』


 胸元のスイッチを押す。一瞬でスーツが解除されて、手のひらに乗るくらいのポーチの中に収まった。あんなに宇宙飛行士みたいだったのに。

 あたしは防塵頭巾も脱いで、小さく畳まれたスーツを中に突っ込み、二枚目のドアを開けた。

 こっちの扉はそこそこ古い感じで、普通の力で難なく開く。カランコロンと可愛らしいベルの音が鳴って、そこに男の人の低い声が重なった。


「いらっしゃいませ」


 あぁ、今日もコーヒーの深い香りがする。


「おはようございまーす」

「ああ、リンカさんか。おはよう」


 年季の入った渋いカウンターの向こうに立つのが、この純喫茶の店主であるマスターだ。

 白シャツに、濃いグレーのベストに、黒のネクタイ。きっちり撫で付けた髪は黒々してて若く見えるけど、六十歳くらいらしい。


「すいません、ちょっと遅れました」

「いいよ、今日は特にお客さん少ないだろうしね」

「あー確かに、雨降りそうですし、塵芥指数も高めですもんね」

「だけどいい豆が入ったから、今日のお客さんはラッキーだよ」


 あたしはいったんバックヤードに入り、ロッカー代わりの棚から臙脂色のエプロンを出して、お気に入りのざっくりニットの上に着けた。

 鏡で乱れた髪を確認。アッシュピンクのボブヘアをまあるく整える。

 うん、我ながらとびきりごきげん。


 ひと月前からあたしのバイト先である『純喫茶アポロ』は、今日もまったり営業中。

 そう、こんな、外を出歩くのに防塵スーツ着用必須の時代でも。

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