邂逅②
数秒後、隣で同じように静かに黙祷をしていた御影が、そろそろと踏んだのか声をかけてきた。
「それでは赤星さん、痕跡の方をよろしくお願いいたします」
未来は小さくうなずき、遺体の傷口に目を凝らす。
そこには赤黒く乾いた血と共に、納豆の糸みたいに粘り強く、薄く透けている大きな黄色のエネルギーが傷口からうねりをあげるように漏れでていた。
──能力者か。
顔をしかめている未来に御影が「どうでしょうか」と静かな声で問うてくる。
「各箇所の傷口に霊力の跡があります。恐らく霊力で強化した刃物かなにかで被害者を何度も刺したのでしょう」
霊力──それは『能力者』と呼ばれる、特別な力を持つ者のみに宿るエネルギーのような存在だ。霊力は身体強化に用いられたり、異能と呼ばれる超常的な現象を引き起こすために使われたりする。
多少の技術は必要だが、自身を介して持っているものに、霊力を纏わせ武器として強化をすることも可能となる。
現在、未来が行っているのは霊力の痕跡探し。物を食べると口の中にその匂いが残るように、能力者も足に霊力を宿すと、意図せず足跡が残ったり、霊力を宿した刃を人に向けたら傷に霊力がこびりついたりする。能力者の技量にもよるが、そこそこ程度だと大体痕跡は残るものだ。
それをたどり、追跡して仲間に報告することが、星月異能対策事務所に勤めている調査員としての彼の役目である。
──まあ、場合によっては追跡どころか直接ぶん殴ることもあるが。
「と、なると犯人はやはり能力者ということに」
「ええ、間違いないです。部屋に霊力の痕跡がありそうなので引き続き探してみます」
「よろしくお願いいたします」と御影は言うと、即座にスマートフォンを取り出し、部下なのだろうか、誰かに指示をするような淡々とした口調で話していた。
未来は部屋中に残る霊力の痕跡を慎重にたどる。遺体の周りにいくつも散らばっている霊力の残滓が、足跡となって床に微かに残っている。それは、犯人が焦りながらも足早に動いた証拠だ。
壁際に差し掛かった未来は、そこで足跡が途切れていることに気づく。普通ならそのまま消えたと判断してもいい。しかし、未来の目には壁際に漂う濃い霊力がその瞳に微かに映し出されていた。
──まさかここにいるのか。
『ありえないことをするのが能力者だ。そうだと思ったらまず殴れ』
かつて、自身の師匠に言われた言葉が頭をよぎる。
気づけば未来の右拳は後ろに引かれ、構えを取っていた。迷いはない。
そんな確固たる想いを乗せた鋭く空気を斬りさくような右の拳は、鈍く何かにめりこむ感触となり、じわじわと全身へと広がる。未来はその不快な感覚にすこしだけ歪めた顔を浮かばせた。
「おぐっ!」
低くしゃがれた男の声が8畳の部屋に響きわたる。未来の目の前には、先ほどまで存在していなかった角ばった顔を持つごつい男の姿が現れていた。
「警戒を!敵は想定通り能力者です!」
御影自身の安否をこの目で確認している余裕はない。せめてものと、御影に確実に聞こえるように未来は叫んだ。
人を殴ることによって生まれた、鈍く不快な感覚がその握りこぶしを起点とし、じわじわと全身へと響き渡る。が、今ここでそんなことは気にしていられないと、その次は左拳を握りしめ追撃の態勢へと入った。
その左拳が突き出される前に、角ばった顔の男は下を睨みつけると同時に握っていたナニカを床に叩きつけた。
──何かが来る!
と未来はとっさに顔を腕で覆い、警戒の体制を取る。次の瞬間、叩きつけられた物体が破裂し、部屋中が濃い煙に包まれた。
「煙玉は古典的すぎませんかね……!」
御影が煙を払いながら声を漏らすと、未来の「クッソ……!」という小さな声が重なる。
煙の中から一瞬だけみえた。まるで別世界に融けていくかのようにこの世界から消えていった男の姿を。
「ああ、やっぱ当たってんかよチクショウ!」
恐らく透明化が男の能力なのだろう。
突然と響いた鋭い音がその静寂を裂く。破片ひとつひとつが空気を切り裂くように、ガラスがひび割れていく音が未来の脳を数秒支配する。
──窓からか!
そう頭によぎった瞬間、未来の思考が現実へと戻していった。
「おい!逃げんじゃねえ!」
部屋中に充満している煙をかきわけながら、すぐさま未来もこの八畳の部屋の奥に設置されている窓へと素早く走りだす。
煙を肺に入れたのか、少しだけしゃがれた声を混ぜながら、御影が電話越しで部下に自衛と警戒の体制に入るように指示していることを、未来は片耳で聞いていた。
普通の人間なら、三階の高さから補強されている地面に飛び降りることは、身体を壊しかねない『リスキー』な手段だ。柔軟かつ軽量な子供ならともかく、それなりに歳を重ねた人間なら着地の負荷に耐えられず、何かしらの痛手をもらうはず。だが異能者ならばそれはリスクなどではなく、確実に逃げ切るために選んだ、ただの逃走経路に過ぎない。
武器に霊力を纏わせることができるということは、霊力をある程度自在に操れるレベルに達している可能性がある。その場合は、霊力による身体強化で高所からの飛び降りもその丈夫さで軽々とこなし、打撲や骨折などのリスクもないはずだ。
──もしくはそのリスクすらも考えてないただのバカヤローか。
ガラスは最期の悲鳴をあげて散りゆくかのように、躊躇なく破片を踏みつけられグリグリと音をたてていた。
既に割られている窓枠をくぐれるように、背をしゃがませながら足をかけたところで、何かを思い出したように、御影に突然と向かって鋭く声をあげる。
「──至急、ここら一帯の市民の避難と警戒の強化を!敵の異能は恐らく自身の透明化です!そちらの方はよろしくお願いいします!」
未来は逃げられたことを悔しげに舌打ちを鳴らし、しかめっ面を浮かべた。そのまま足元の窓枠を力強く蹴りつけ。そのまま重力に身を任せ、青空広がる外の世界へ飛び出すために自身も降下を開始した──。
エンゲージ・サーガ 浅崎唯 @asazakiyuiyui
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