第4話 救済者

 軍施設から音楽が流れている。


『こんにちは、同胞の皆さん』


 澄んだ若い女性の声が聞こえる。


『今回の“戦い”は私達の完全勝利です。……皆さんのこれまでの健闘に敬意を表し、私から細やかながらプレゼントをご用意しました』


 兵士達は静かに目を閉じて、穏やかな彼女のこえに耳を傾けた。




   ◇◇◇◇   ◇◇◇◇


「なぜ……本城が死ななければならなかったんですか!?」


 軍議室で一人の兵士がテーブルを乱暴に拳で叩いた。


「……我々の悲願はなんだ?」


 静かにテーブルにひじをついて指を組むと、大佐が尋ねる。



「……我々の『特異体質者ちから』の無効化……『軍本部』による抑圧から解放、昔のような平穏な暮らしを手に入れることです」

「そうだ」

「彼女は我々の力を無効化するためのトリガーだった」

「大佐」


 佐伯が思わず声をかけた。この話は一部の人間しか知らないことだ。


「彼女はこの戦いで一番の貢献者なんだ。彼女の話をしても罰は当たらんだろう?」

「………」


 その言葉に佐伯は押し黙る。


「トリガーとは?」

「彼女の特異体質は『こえによる“”への支配だ』」


 知らなかった兵士に、どよめきが広がる。


「だから教授の研究室…最奥部の扉の認証を彼の意思関係とはなく、いとも簡単にパスすることができたわけだ」


 那月が教授に“命じた”からだ。

だから教授は大人しく何でも彼女の言うことを聞いた。


「…今流れている彼女の音声は、我々への救済きゅうさいになる」


 その言葉に皆が静かになった。那月の声がはっきりと聞こえる。



「私からのプレゼント…それは皆さんの特異体質ちからの解放です。……では『貴方・・・の中の特異体質ちからよ、永遠とわに眠れ』」


 そこで音声が“ブツリ”と途切れた。


「これで…我々の憎き力は永遠に眠りにつく…実質、我々の特異体質ちからは消えた…」


 大佐の言葉に、嗚咽おえつをこぼしながら涙を流す者がいた。


「しかし…」


 大佐はこうも続けた。


「彼女の『こえ』は他者の脳は支配できるが……自分自身だけは支配することができない。だから特異体質の『根絶』という我々の理念を“完全完遂”するためには…彼女は自ら死ぬしか道がなかった」


 大佐は目を伏せ、静かに黙とうを捧げる。

誰が言うわけでもなく、その場の全員が静かに祈りを捧げた。






       ◇◇◇◇    ◇◇◇◇







29××年 戦後。


 本城那月ほんじょうなつきの死から5年が過ぎた。

着々と復興が進み、街並みは戦時前と比較にならないほどのめざましい変貌を遂げていた。

まるであの戦いでの負の遺産を、早くその記憶から消し去ろうするかのように…上書きするように、街も人も、大きく様変わりしていた。


 ただ一人…南雲なぐも暁人あきとを除いては…。



 那月の墓碑ぼひの前に、暁人は項垂れながら座っていた。

墓碑には綺麗な花の冠が載っている。

暁人が作ったものだ。

もう手袋がなくても、暁人は触れたものを焼くことは、もうない。


「那月…」


 暁人は静かに彼女の名を呼ぶ。

彼女がこの世界に居ないことを、暁人はまだ受け入れることは出来なかった。

暁人はあの時の自分の未熟さを悔いて、後悔の念に押し潰されそうだった。

彼女には何度も救われてきたのに、自分は彼女に何もしてあげられなかった。


「僕…君のこと大嫌いって言ったけど…本当はさ」


 その時、暁人は後ろ髪を撫でられた気がした。

暁人は驚いて振り返る。


「『本当はさ』なんなのよ?」


 しゃがみ込み、頬を付きながら那月がいたずらっぽく微笑んでいた。


「え…ゆ、幽霊!?」


 暁人は仰け反りながら後ずさった。


「幽霊ですって?暁人って本当に子供ガキね」

「ど、どうして…君は死んだんじゃ…」


 呆れたように呟く那月に、暁人はただただ混乱するばかりだ。


「あの、お節介おせっかい佐伯さえきのせいよ…」


 罰が悪そうに那月はボソッと呟いた。






 目を瞑り、カウントダウンの「0」を言いかけた時、浮遊ふゆうした感覚がして那月は自分は死んだのだと思った。

しかし目を開けたら、大佐と数名の兵士が目の前に立っていたのだ。



『…大佐も人使いが荒いよな』


 佐伯が言った。


『……本城のことだ。私が帰還しろと命じても、断固断って自分自身に銃口を向けかねんからな』

『ですよね!こうしないと那月さんは絶対に帰ってこなかったですよ』


 大佐と仲間の会話についていけずに、那月は放心状態だった。


『え、なんで…大佐たちも死んだの?』


 那月はやっと口を開いた。


『バカ言え!ほら、みんな脚がちゃんとあるだろうが!!』

『それ、全然説得力ないっすよ、佐伯先輩』

『佐伯は単純脳筋だからしゃーない!』


 仲間のいつも通りの他愛のない会話に、那月の涙腺は完全に崩壊して涙が溢れた。

やっと自分が今生きているのだと、実感した。




   ◇◇◇◇   ◇◇◇◇


「…ったく、あいつら私にわざと5分前の時間で爆発するって教えたのよ!……もちろん、あいつら全員に土下座させたわ。大佐以外は…。で、表向きは死んだことにされて、実は佐伯に助けられて…こうして生きるってわけ」


 那月はむすっとしながらそう説明した。


「そっか…良かった」


 暁人はそう言って、那月を強く抱きしめた。


「本当にごめん。自分ばっかりで…那月のこと…全然考えてなくって」

「いいわよ…もう」


 那月は暁人の背中を優しく撫でながら、苦笑した。


「すぐにあんたの所に戻らなくって……悪かったわね。少し……時間・・がかかったのよ」


 暁人は那月に回した腕を緩めて、首を振った。


「いいよ。そんなこと……もう」

「そう?あ!それより、ねぇ!『本当はさ』なんだったの?」


 那月は暁人と目線を合わせて、意地悪に笑った。


「え、ああ…えっと…」


 暁人は少し視線を彷徨さまよわせていたが、最後は決心したように目線を合わせて、こう言った。




「那月のこと、大好きだよ」





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救済の聲 甘灯 @amato100

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