第3話 カウントダウン

「…本城ほんじょう。我が軍の“最終兵器”が敵本部に投入されたらしい」


「…そうですか」


 那月なつきは静かに目を閉じて、一呼吸する。


「…では、そろそろ頃合い・・・ですね…」


 那月は目の前に立った白衣の初老の男に向き変える。


『教授、扉の認証をお願いします』


 那月がそう言うと、教授と呼ばれた初老の男が扉の前の装置を操作し始めた。

虹彩こうさい認証と指紋認証をクリアし、扉が自動で開く。


「特異体質の研究に関するすべてのデータを消去しろ」


 大佐が短く命じると部下たちが部屋に入り、モニター前のキーボードを叩き始めた。


「大佐。“覚醒装置かくせいそうち”並びに此処ここをはじめとする、関連施設すべての爆薬設置の準備がすべて完了しました」

「そうか、ご苦労」


 部下の報告に大佐は頷く。


「皆、30分後にこの施設は爆破する。各自各々の任務完了後、速やかにこの場から離脱せよ」


「はい!」と部下が一斉に返事をして、それぞれの作業を続けた。




「ご協力感謝します。教授」


 那月はそう言うと、教授に銃口を向けた。

教授の表情は全く変わらない。


パン。


乾いた銃声の音がして、教授は床に倒れ込んだ。

床に血溜まりが出来て、那月の軍靴の先を赤く濡らした。


「人でなし!!」


 女の耳障りな金切かなきり声が響く。

那月は教授の死体にすがりつくあおいを静かに見下ろした。


「貴女が私をそうさせたのでしょ?」


 那月は冷めた目で葵を一瞥いちべつする。

葵は開きかけた口を思わず閉じた。


「ここにいる私たちを“人外の殺戮者さつりくしゃ”に変えたのは、ほかの誰でもない、あなた達だ」


 那月の言葉をその場にいる兵士は黙って聞いていた。

侮蔑ぶべつ、怒り、憎悪の入り混じった刃のような視線が葵に向けられた。

那月の言葉は、皆の総意だ。


「……だから終わりにするために私達はここに来た」


 那月は銃口を葵の額に向ける。


「皆、先に行って…この人に少し話があるの」


 作業を終えた兵士達に、那月は言った。


「すぐ行くわ」


 なかなか出て行かない兵士に、那月は再度告げた。

すると今度は皆、黙って頷くと部屋を出ていった。


「大佐」


 那月は銃口を葵に向けたまま、側にいた大佐を呼ぶ。


「これをすべての軍施設に流してください」


 そう言って那月は大佐に音声データを渡した。


「ああ、分かった」

「大佐。最後に私の我儘わがままを聞いてくださり…ありがとうございました」


 那月はそう言って、大佐に敬礼する。


「本城少尉…貴殿の『任務完遂』を願う」


 大佐は答礼とうれいすると、すぐに部屋を後にした。


「これで、ここには私達だけが残りました」


 そう言って、那月はやっと葵に向き返った。


 葵は教授の死を悲しみ涙を流していた。


「……なぜ、その愛情・・・・を彼に向けなかったんですか?」


 那月がそう尋ねると葵は眉を寄せた。


「彼…?」

南雲なぐも暁人あきとです。貴女の…息子の」


 キョトンとした葵に、那月は律儀りちぎに答えた。


「ああ…あの出来損ないだった…」


 那月の、銃口の引き金に添えた指に少し力が入った。

しかし理性でなんとか押し留める。


「彼は我が国に勝利を導きました……貴女の息子は国の英雄です」

「だから…?教授がいないんだもの…この国が勝っても負けてもどうでもいいわ…あの子なんてどうでもいい」


 葵は無気力なまま言った。


「そうですか…貴女の気持ちはよくわかりました」


 那月は再び銃口の標準を葵のひたいに定める。


「さよなら…葵先生」


 一つの銃声が鳴った。




「母さん…?」


 暁人あきとの声に那月なつきは驚いて、振り返る。

なぜ、ここに彼がいるのか。

那月は暁人の後ろにいた男をすぐ睨みつけた。


その男は、佐伯さえきという那月の同期生だ。


「俺が連れてきた……悪い、本城。でもこのまま会えないのは嫌だろう?」


 途端に那月は泣きそうになった。気持ちが揺らぐ。


「…那月…なんで?」


 暁人は壊れた自動人形のようにフラフラとした足取りで近づいてくる。

那月は“心”を決めた。


「彼女は諸悪しょあくの根源の一つ……だから殺したのよ」


 那月は感情を殺した声で冷たく言い放つ。


「そんな…母さんは人を殺したこともないんだよ…?ただ、仕事を一生懸命に…」

「その仕事のために…多くの人達が人を殺すための道具…殺戮者に仕立てられたのよ。直接手を下してなくても同罪よ…いえ、むしろ、自ら手を汚さない彼女達はもっと罪深い」

「僕の母さん、なんだよ!?」

「だから?」

「……っ」


 那月がぴしゃりと聞き返すと、暁人は押し黙った。


「この人は、『被験体わたしたち』の能力向上を図るための“実験場”が欲しくって、そのためだけに他国に戦争を仕掛けたのよ?個体の殺傷能力で差別化し、様々な環境化での能力へ影響や変化…そして精神状態と能力の相互性について……すべて完璧な論文を書くために!!特異体質者わたしたちが人類の進歩の足掛かりになるって……私たちの気持ちを一切無視して…そんなくだらない理由のために、私達は『家族を人質に取られながら、その国・・・の為』に戦っているのよ!」


 那月は悲痛な顔ですべての思いを吐き出した。


「……私達はこの人たちにとって、ただの実験動物なのよ。入れられたのが実験ケースじゃなくって、戦地だった…ただそれだけ…」


 那月の声はだんだん覇気がなくなり、次第に涙声になっていった。


「どうして…愛する人と普通に暮らすことさえ…私達には許されないの…?」


 その言葉に、暁人は弾かれたように身じろいだ。


「…だから私は彼女達を殺した。これが私の正義よ」

「那月…」

「佐伯…もういいわ。暁人を連れて行って」


 何か言いかけた暁人の声を遮るように、那月は佐伯に呼びかけた。


「…本城」

「いいの…もうタイムリミットよ」

「………ああ」

「待って、那月…タイムリミットって?」


 暁人は訳がわからず那月に聞き返すが、もう那月は聞き耳を持たなかった。


『暁人、大人しくして』


 那月が『声に出して』そう言うと、暁人は金縛りにあったかのように急に動けなくなった。


「佐伯、お願い」


 佐伯は後ろから暁人の首に手刀を食らわせた。


「な…つ……」


 那月の名前を呼び掛けて、暁人の視界が暗転した。

最後に、那月が見せた泣き疲れたような顔が脳裏に焼き付く。


 佐伯は意識を失った暁人を背中に担いだ。


「ほんとうに…」

「佐伯、時間がないわ」


 那月は佐伯の言葉を静かに遮る。


「……ああ…分かったよ」


 それだけ言い残すと、佐伯達は視界から一瞬で消えた。




 佐伯が暁人を連れてくるのは予想外だった。

でも暁人が、那月の知っている・・・・・暁人で良かった。

そうじゃないと那月の決意が揺らいでしまっていたから。


「まったくマザコンなんだから」


 那月は思わず苦笑した。


廊下を出て、とある部屋に入る。

そしてお目当てのものを手に取る。

それは暁人の絵本だった。


今まで同じ施設の中にいたのに、この親子・・・・はこの日まで会うことはなかった。

いや、実際は生きて二人は会ってはいない。

会えたかもしれない可能性を、那月自身が永遠に奪ってしまった。

 

ー彼は自分を恨んでいるだろうな。

それでもいい。これでいい。



 那月は表紙を愛おしげにそっと撫でる。

ページをペラペラとめくって、表紙の裏面で目が止まった。

意味を理解し、那月思わず泣きそうになって口元を抑えた。

そこには暁人の幼い文字で“二人の名前の相合傘”が書かれていた。


子供がきよね…ほんと」


 那月はそう言って、静かに微笑んだ。





「3……2……」


「1……」


 那月は目を閉じて、最後に「0」と告げた。







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