第2話 小さな誓い

 『絵本の事件』直後、本城ほんじょう那月なつき暁人あきとに会いに行った。


『はい。これ』


 那月は暁人に包装した絵本を対面室の窓口から差し出した。

無論、看守官が検閲済みである。

それを受け取った暁人はガラス越しで、お礼も言わずに目をぱちくりさせた。

何も言わない暁人に対して、那月はムスッとした顔をさせながら告げる。


『…誕生日プレゼント』

『……なんで、僕にプレゼントなんてくれるの?』


 暁人は首を傾げた。


『“なんでプレゼントくれるの?”ですって』


 那月が苛立いらだったまま言葉を返すと、暁人はコクリと頷いた。


『友達の誕生日にプレゼントあげるのって、普通のことでしょ?』

『友達…』


 那月の言葉に、暁人は深くうつむいた。


『なぁに?私と友達なのが嫌なわけ?』


 那月は不機嫌顔になり、思わず口を尖らす。


『いや…だって…僕は…』


 暁人は俯いたまま、ぽつりぽつりと話す。


『あいつを…その…』

『いいよ。言わなくても、わかってるから』


 那月はストップをかけた。


『それよりプレゼント見てよ』

『あ、うん』


 暁人は包装の青いリボンをスルスルと解く。

そしてそれを見て、暁人はバッと顔をあげた。


『これ…!』

『………ごめん。元通り戻すの無理だったの』


 那月は罰が悪そうに頬を掻く。

暁人が膝に置いた、那月からのプレゼント。


 それは騒動の発端になった『あの絵本』だった。

騒動後、暁人は駆けつけてきた警察官に連れて行かれて、元凶の本を教室に置いてきてしまった。

そこで那月は誰にも気づかれないように、そっと絵本を回収したのだ。

暁人は今近くにある児童施設にいるが、なぜか軍の収容施設に行くらしいと人伝で聞いた。

もう会えなくなると思った那月は絵本の修復して、暁人に渡そうと思った。

しかし接着剤やテープでなんとかくっつけようと試みたが、やっぱり見栄えが悪い。


『新しい物より……暁人はそれがいいんだよね』


 那月は暁人に微笑む。


『うん…もう戻ってこないと思ってた…』


 暁人は絵本を大事そうに胸に抱える。


『ありがとう…これだけが本当のお母さんがくれたものだったから…届けてくれて本当にありがとう』


 俯いた暁人の頬から一縷の涙が零れ落ちた。


 

その暁人の様子を、ガラス越しで見ていた那月は『ある誓い』を自分自身に立てた。




『どんなに周りから否定・・されようとも、自分だけは彼を肯定し、そして守る存在になろう』と。




   ◇◇◇◇   ◇◇◇◇


 『絵本の事件』から数年後。

19歳になった那月は“軍人”となり、暁人が言っていた『本当のお母さん』と対面した。

 

『私、超能力というものにすごく憧れていたの!!貴女は魔法少女のアニメを見て、そうなりたいって思わなかった?』

『ええ…まぁ』

『でしょ!だから教授の『特異体質を自発的に目覚めさせる研究テーマ』には惹かれたわ』


 暁人の実の母親ー吾妻川あずまがわあおい

まるで少女のまま、時を止めて、大人になったかのような夢見がちな女。

那月は瞬時に、この女が大嫌いになった。


 なぜならー


(そんなくだらない願望がんぼうのために…暁人を…実の息子を実験体として差し出したの…?)



 苗字が違っていたが以前、暁人から見せてもらった古い写真を思い出して、目の前の女が彼の母親だとすぐ分かった。

若干老けて見えたが、間違いない。

葵の幸せボケした顔を見たら、途端に気分が悪くなった。

大切な彼の人生をめちゃくちゃにした張本人が、目の前で嬉々として夢語りしている様子に、殺意さえ生まれた。


(胸糞悪い…)


 これからも罪なき多くの国民が、彼女のような狂った奴らに利用されて、人生を滅茶苦茶にさせるのか?


ーそんなこと、絶対・・に阻止してやる。

 

 那月はそう決意をした。


『さぁ、本城那月さん。ここに・・・かけて』


 葵に言われるまま、那月は装置へ横になった。





   ◇◇◇◇   ◇◇◇◇

 そして、現在。


「那月…あれから来なかったな」


 暁人は装甲車そうこうしゃの中にいた。

あれから・・・・那月なつきが暁人のもとに来ることはなかった。

 



 暁人は特異体質者とくいたいしつしゃのなかで最も危険な対象として、訓練と検査以外で部屋から出ることは許されない。

 暁人は物や人に触るだけでその物体を発火させる体質があった。

常に力を抑制よくせいする専用の手袋を装着することが義務付けられているが、感情の起伏によってそれが意味をなくこともある。

大人になり精神面では落ち着いてきたが、反比例するように力だけは強くなっていった。

十年近く、外出を許されず独房のような場所で暮らしてきた暁人。

しかし彼が19歳になった時、初めて『面会者が来た』と言われた。


 『久しぶり』


 ガラス越しの暁人へ、彼女は軽く手を振った。

左目の下、縦に二つのほくろがある。黒髪のショートカット。

昔より大人びて見えるが面影はそのままで、彼女が『那月』だとすぐ分かった。


 彼女には自意識過剰じいしきかじょうだと言われるかもしれない。

しかし暁人は、やっと『那月が自分を好きでいてくれてる』と確信した。

何故なら、こうして“軍”へ入り、わざわざ自分に会いに来たのだから。



「ねぇ、那月…少しは自惚うぬぼれていいよね」


 暁人は空を見上げながらポツリと言った。

十数年ぶりに見た空は、あいにくの曇り空だった。


「暁人」

「……はい」


 上官に名を呼ばれて、暁人は手袋を脱ぎ捨てた。


 右手に軍刀を持ち、左手に紅蓮の炎をまとわせて、暁人は敵本部に単身進行した。



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