男女比1対100の世界で俺は、俺だけの箱庭を築くことにした

山吹祥

歪な世界の始まり、始まり。

百合もあいくん……百合もあいすいくん――」


 隣を見れば、色白の頬を薄く染め、真剣な眼差しを俺に向ける美少女が1人。

 気の強い印象を与える切れ長の目。

 けれど、潤ませた瞳からは、どこか儚い印象が伝わり弱々しさを映す。

 高度交際高等学校1年Aクラス。

 同じクラスの音子おとね寿姫さつきは、

 俺『百合推もあいすい』の、3日間限定の彼女だ。


「私は、すいくんに振り向いて貰えるなら何でもする。推くんの好きなタイプにだってなる。尽くすから――」


 交際が始まって今日で3日。

 最後の日。

 音子おとねは、必死に懇願する。

 至って普通の容姿をして、とりわけ勉強も運動も得意でない俺のために、こんな美少女が変わる、尽くすと言ってくれることは、幸福な出来事なのかもしれない。


「――私を推くんの本当の彼女に……彼女の1人に選んでくださいっ」


 この【男女比1対100】のおかしな世界でなければって、条件付きならば。


「ごめん。恋とか愛とかよく分からないからさ」

「っっ……あ、諦めたくないの。少しでもいいから考えてもらえたら――」

「分かった。少し考えてみるよ。じゃ、また、学校で」


 適当な返事。

 冷たくあしらわれ、泣きそうな顔で俯く女子へ背を向ける男は糞野郎なのかもしれない。

 でも、12歳でこの歪な世界へ迷い込んで早3年。

 俺は、これが普通だと学んだ。


 この世界では、時おり俺みたいな野良の男、迷い人が発見される。

 数十年前に起きた戦争や病気で、圧倒的な男不足に陥ったこの世界では、俺は貴重な存在だ。

 政府の保護下にあり、生活には不便しないが窮屈を強いられている。


 3日交際。1日の自由時間。別の相手と3日交際の繰り返し。

 正直、交際の度に、全ての女子に優しく接していたら身が持たない。

 1年生にもう1人だけいる、この世界出身の男は一夫多妻的状況ハーレムを楽しんでいるようだけど、俺は食傷気味だ。

 というか、楽しむより前に体が拒絶反応を起こしてしまった。


 音子寿姫おとねさつきは例外だが、女子の涙は何度見ても慣れない。

 かと言って、優しく接し期待を持たせても酷だ。

 思春期だから俺も女の子が好きだ。

 好きな人がほしい。彼女がほしい。


(イチャイチャしたい)


 でも適当に交際するのは、俺には無理だ。

 もっと気軽に考えることが、そうだな、馬鹿になれたらいいのだけれど――。


「――ふぅ……」


 音子と別れて、気分転換がてら街へ繰り出したが。

 どこを歩いても注目される。溜め息一つで嬌声が上がる。


 お願いだから俺の溜息なんかを袋に詰めないで。


(別の人をこの世界に呼んでくれたらよかったのにな)


 チラ、チラッと浴びる視線。にじり寄る気配。

(面倒が起こる前に帰ろう)

 来た道を戻ろうと振り返るが、ふと、違和感を生じさせる二人組に目が留まった。

 あれは……クラスメイトの星麻莉愛ほしまりあと、庭白莉々にわしろりり


「――美味しいね、莉々。……莉々? どうしたの?」

「……なんでもない」


「隠してもダーメ。すっごく見てたもん、分かるよ」

「は、何が? 別に麻莉愛のことなんて――」


「好き――」

「――見てないわよ! って、え、好き? え、え?」


「なんでしょ、アイス? 莉々ったら、こっちのアイスと悩んでいたもんね」

「あ……ああ! アイスね! そう、アイス! よく分かったわね!」 


「食べたい? ちょっとならいいよ?」

「も、貰おうかしら…………」


「ん? 食べないの?」

「か、かんせつ、キ…………ん~~もうッ! いただきますっっ!」


「ふふっ、アイス付いてるよ――」


 庭白の頬に付いたアイスを、星が指で拭き取りそれを自らの口へパクッと。

 途端に庭白は顔をカーッと染め上げた。


 ポコポコと叩く庭白を、星は笑いながら往なす。

 庭白がいじけたように俯いたら、星が頭を撫でる。

 最後は結局、アイスを食べさせ合いっこして完食。


 毛先にウェーブがかかる柔らかい印象で、最後まで余裕ある態度をした星麻莉愛。

 黒髪の長髪にすらりとしたスタイル。どこかツンとした態度の庭白莉々。


 2人は、2人だけの世界に没入したまま、俺に見向きもせず去って行った。


【男女比1対100】の世界。

 この世界にきて初めて、俺はときめいた。きゅんとした。見惚れてしまった。


 え……尊い。尊くない?


 俺は、俺が求めていたのはこれだ。

 女の子が女の子を好きになる、俺の望む世界がここにある。

 心と心が惹かれ合う純愛。

 当事者になどなりたくない。ならなくていい。

 俺は見ていたい。ただ眺めていたい。


(見守りたい)


 女ばかりの世界。数だけ可能性が広がる。

 この日、俺は初めてこの世界に来てよかったと思えた。


 そう、俺は拗れたのだ。


 ◇


「美味しい~! ね、莉々も食べてみて!」

「はあ? 私と麻莉愛の同じ味なんだけど?」


 昼休み。

 俺の推しカプは、食後のデザートに購買で売っているシュークリームを食べている。

 同じ味らしいが「いいから」と、ツンな庭白へシュークリームを差し出す柔和な星。

「仕方ないわね」と言いつつ、庭白は満更でもなさそうに食べ掛けのシュークリームへかぶり付く。


 間接キスは、気にならなくなったようだ。


「どう?」

「いや、美味しいけど別にそこまで……同じじゃない?」


「そうかなぁ? あ、じゃあ莉々のもちょうだい。比べてみるから!」

「別に変わらないわよ?」


 と、言いつつ、ほんのり耳を染めながら差し出すツンな庭白。

 やはり多少は間接キスを意識しているみたいだ。


「莉々のシュークリームの方が美味しい~~!」

「いや、絶対嘘。麻莉愛は味覚おかしいんじゃない?」


「でも、莉々より私の方がお料理上手だよ?」

「う、うるさいっ!」


「今日のお弁当だって私が作ったよね?」

「お……美味しかったわよ!!」


「だから、はい! もう一度食べてみて?」

「だからの意味が分からない……って、分かったから押し付けないでよ!」


 ニコニコ笑う星が差し出すシュークリームを頬張る庭白だが、違いが分からないのか、クリームを頬に付けながら首を傾げている。


「ふふ、もう、また頬に付けちゃって――」

「っ!? 待って、ストップ麻莉愛!!」


 昨日同様、拭き取ったクリームを食べようとした星。

 その手を掴み阻止した庭白。

 だが、星は止まらない。顔を近付けて食べようとするが、その前に庭白が星の指をパクッと咥えた。


 阻止できたことが誇らしいのか、どこかドヤ顔を見せるツンな庭白。

 昨日の二の舞にならなかったことが、嬉しいのだろう。


「あーあ」

「ふふ! 残念だったわね!」


「ん~? 私を莉々に食べられちゃったなぁって」

「んなっ!?」


「莉々の舌がすごく、くすぐったかったな?」

「舌っっ!?!?!?」


 ドヤ顔は、いずこやら。

 庭白は昨日以上に顔を真っ赤に染め上げて、手拭きシートを取り出した。

 星の方が一枚も二枚も上手だったようだ。


「麻莉愛のバカっ!」

「あ……もう、別に拭かなくてもいいのに」


 枯れた心を潤わす、俺の前に現れたオアシス。

 最高の癒し空間。

 2人の回りにだけ、牡丹や石楠花、百合の花が咲き誇って見える。


 はぁー……よきかな。今日も尊い。


 俺はどうして今まで気が付かなかったのか。

 後悔しかないけど、とりあえず。


「ごちそうさまです」


 弁当を片付けて、購買へ足を運んだ――。


 購買までは徒歩5分とかからない。

 でも、廊下を歩けば他クラス他学年、数多の女子から声をかけられる。

 それが億劫でトイレ以外は教室に引き籠っていたが、今日1日は自由時間。

 この日だけは、女子から声を掛けられない。

 男から声を掛けない限り、女子は男と話せない日。

 男の精神を緩和するとか何とかを目的に与えられた安息日。


 視線は無視して、購買でシュークリームを購入。

 きっと、明日……いや、この後すぐから売り切れになるんだろうなぁ……。

 推しカプには悪いことしたかな、と考えながら教室へ戻る。


「莉々ちゃんは髪綺麗だけど、どこのシャンプー使っているの?」

「え? どこだろ? 部屋にあるのを適当に使ってるから分かんない」


「えー、それでどうして艶々しているの? 羨ましい通り越して妬ましいんだけど」

「そう? 別に寿姫さつきちゃんの髪も綺麗じゃん? ほら、すごくサラサラしてる」


 ツンな庭白が、昨日まで俺の彼女だった音子おとねの髪へ触れた。

 新たな組み合わせ、女子と女子が仲睦まじくする様子は見ていて微笑ましい。

 ギスギス牽制し合うより、よっぽど健全だ。

 この世界では不健全なのかもしれないが、健全だ。


 俺個人としては、まあ……ありだ。

 だが、いつも笑顔絶やさない柔和な星麻莉愛は違う。

 眉根を寄せる不快感を隠さない表情。

 そして庭白が音子の髪へ触れた途端、まるで親の仇を見るかのような目付きで音子を睨んでいた。


 柔和な星はいずこやら。

 もしかしたら、星の愛はかなり重いのかもしれない。


 ……観客として見る分には、ありだ。

 むしろもっと見たい。

 おっと、星がマリア様のような微笑みを浮かべ近付いていく。

 ちょっと怖い。

 どうなるんだ?


寿姫さつきちゃん、莉々は私の……私と同じシャンプー使っているんだよ」


 私の……なんだ?

 本音を漏らした星が、庭白を後ろから抱き寄せる。


「ちょっ、麻莉愛くるしいってば!!」


 不満を訴える庭白へ微笑みを深くする星。

 その苦しみは、星の愛の重さに比例しているのだろうか。


 庭白が使用するシャンプーやヘアケア用品を星から聞いた音子は、俺を一目見てから自席へと戻っていく。


「もう! なんなのっ、さっきから! 苦しいって言ってんじゃん!?」

「…………寿姫さつきちゃんは私と違って美人だもんね」


「は? いきなり何?」

「私、髪はくせ毛だし、背も低いし」


「……麻莉愛?」

「莉々と寿姫さつきちゃんは美人でお似合い……だよね」


「はぁ……」

「っ!? ご、ごめんね。変なこと言ったりして」


「ん~~……私は、麻莉愛のふわっとした髪が好き!」

「莉々?」


「頑張って可愛くしてる麻莉愛が……好き! てか、顔が好き! 可愛いし! 私を揶揄うのはちょっとアレだけど、私を大事にしてくれる莉々が好き! 私は、麻莉愛が好き!! 言わせないでよ!」


 教室の中心で愛を叫ぶ。

 最高記録更新だ。

 顔を灼熱に染めて湯気を出す2人を見た俺は、そっと机に突っ伏した。


(はぁ~~むり、無理!!!! これ以上は見てられない!!!!)


 細胞一つを余すことない全俺が叫んだ。


 普段余裕な人が、余裕を崩す。

 普段ツンな人が、相手を思って本音を叫ぶ。

 砂糖が生成された。

 大量の甘さで埋め尽くされた。


 危うく食べたばかりのシュークリームを吐きそうになった。


 嫉妬いい! 妬きもち最高!! 恋のスパイス!!!


 心で喝采、余韻に浸りながら午後の授業を迎えた。


 ◇


 悶え苦しみ尊死寸前に陥った日の翌朝。


「1カ月以内に恋人を作って下さい。でなければ、更生プログラムを施行します」


 校長室に呼ばれて行くと、国の大臣が待っていた。

 1人も恋人を作らない、恋人関係を結ばない、積極性を欠いた俺への忠告。

 絶望にも近い命令が下された。


「い、癒しを……」


 求めた俺にさらなる絶望が襲った。

 俺の次の恋人に、推しカプの片割れツンな庭白莉々が選ばれた。


 さいっっあくだ!

 百合に挟まる男は地獄に落ちろ、そう思っていた俺が挟まってしまった。

 しかも、もう一方。

 星麻莉愛は、ハーレムを楽しむ狭間はざま初実はつみの恋人となった。


 俺だけだったら、3日耐えてもらえばいいだけだった。

 このままだと俺のオアシスが崩壊する。

 狭間に壊されてしまう。


 否。


 絶対に阻止する。

 推しカプの恋の育みを邪魔などさせてたまるものか――。



 3日が過ぎて4日目の昼休み。


「おい、すい。お前なんのつもりだ? 邪魔ばっかりしやがって」


 身長190センチ。着崩した制服。金髪、金ネック。鷹のような鋭い目付き。

 Aクラスに乗り込んで来た「狭間初実」が身長170センチの俺を見下ろす。


「邪魔?」

「とぼけんなよっ! オレは馬鹿で単純だけど分かってんだよっ!?」


 狭間を邪魔するのに俺は「少ない男同士、仲よくしようぜ」と言って接触した。

 稀に見ない行動力だ。

 受け入れてくれた狭間と、推しカプ含めた4人で行動を共にした。


 星の肩へ手を伸ばそうとする狭間の手を俺は取り。

 食べ物や飲み物の共有……間接キスに繋がる行為をしようとしたら、俺は食い意地キャラを演じて奪った。

「麻莉愛とデートに行くから」と、別行動を訴えた狭間を無視して、偶然を装い合流した。


 3日もの間。

 ことごとく邪魔された狭間は、怒りを顕わにしている。

 殺意の籠もった力強い目付き。怒りに震える肩。振り上げられた両腕。


 殴られる覚悟は、とうにできている――――。


 ――ドン。と両肩に響く衝撃。

 頬に痛みがこない……恐る恐る目を開くと、眼前に狭間の笑顔があった。


「お前! 麻莉愛が……おっと、星のことが好きなんだろ!?」


 は、何言ってんだこいつ?

 でも名前を訂正したのはナイスだ。

 麻莉愛と呼んでいいのは女子だけ、男はダメだ。

 分かってんじゃないか。唾はめっちゃ飛んできたが。


 というか、推しカプがいる空間で誤解を生じさせることを言わないでくれ。頼む!


「何言ってんだ?」

「隠すなって~」


 クネクネするな。

 ちょっとオモシロ可愛いけどさ。


「好きだからオレの邪魔をしたんだろ? 星は誰にも譲らない! って?」


 なるほど、邪魔するので必死で気付かなかった。

 確かに、そう解釈されてもおかしくない行動を取っていた。


 ……こいつ、もしかして良い奴か?


「オレ達はダチだろ? 言えよ! 水臭いじゃねーか!」

「この話は横に置くけどさ、なんか、相談って難しくてな?」

「ああ……確かにな、オレもダチとか初めてだからその気持ちは、すっげー分かる!」


 見た目に反して良い奴だ、間違いない。


「応援すっからな!」


 伸ばされた手。

 握手を求める狭間の手へ伸ばし掛けたその時。


「代わりにオレと庭白……莉々を応援してくれ!!」


 訂正。こいつは敵だ。


「いってーなぁ……何すんだよ?」


 つい手を叩いてしまった。


「ごめん、ちょっと驚いて。俺の勘違いでなければ、初実はつみは庭白さんが好きって意味に聞こえたが?」

「ああ、恥ずかしいけどな?」


 頬を染め、鼻先を掻く狭間初実。

 つい先ほどの、絆されかけていた俺だったら「なんだこいつちょっと可愛いな」くらいに思ったかもしれない。

 が、今はただ「残念だったな」と煽られているようにしか感じない。


「……初実なら選り取り見取りなんじゃないか?」

「いや、なんつーかよ? 推と莉々が話してるの見て、この女おもしれーなって。男に靡かない、気の強いところに惹かれた? そんな感じだ」


 本人がいる空間で堂々と……こいつマゾか?

 俺、庭白からゴミを見るような目しか向けられていないんだが?

 ……まあ?

 この世界では貴重な体験だったからな。

 ちょっとはお前の気持ちが分からなくもないがな。


「な! 協力しようぜ! あの2人も仲いいみたいだしよ? ダブルデートとかしてみたくねーか?」


 俺は遠くから2人を眺めているだけでいい。

 推していることすら悟らせず、見守りたいだけなのだ。

 男子を交えたダブルデートなど、もってのほかだ。


 ……ただなぁ、こいつは良い奴だ。

 女にだらしないが、この世界のルールに従っているだけ。

 至極真っ当な男で、俺の方が異分子。

 友達になれたら……いい。嬉しい。

 捻くれた俺が素直に思えるくらい、初実は真っすぐだ。


「お前、あれだろ!? 恋人作らねーとこの学校からいなくなんだろ? オレ! お前を……すいを失いたくねーって!」

「……一先ず、今日1日は大人しくしてくれ。考える時間がほしいんだ」


 先延ばし、

 分かっているのに涙目で訴える初実を拒絶することができなかった。


 いやだって?

 初実、その辺の女子よりずっと可愛いんだもん。


 ◇


 初実が去って行った後も、昼休みが続く。

 推しカプから「キッ」と睨まれ、完全に敵認定された俺は最後の晩餐を味わっている。


「ねぇ、莉々……莉々に触ってもいい?」

「さ……触るって例えばどこ?」


「指や手……髪、とか?」

「…………別に麻莉愛の好きにしたらいいわ」


 庭白から承諾を得た星が、机の上に置かれた庭白の指先へ手を伸ばす。

 小指を掴み、薬指、中指――と。

 このまま覆い隠すと思いきや全ての指を広げ、指の腹を合わせて、最後は恋人繋ぎのように重ね合わせた。


 頬を僅かに染め合い、見つめ合う2人。


「髪も、いい?」

「い、いちいち聞かなくていいって!」


 庭白の綺麗な黒髪。

 毛先に触れてから、今度は上からゆっくりと梳くように撫でる。


「んっ……ちょ、麻莉愛!? 耳、あと首! くすぐったいって!」

「好きに触っていいって、莉々言ったじゃん?」


「言ったけど! ……うう、耳とか首はだめ!」

「何で!? どうして!!? 私だったら莉々にならどこを触られても平気だよ!?」


「必死すぎ! ダメなものはダメっ!」

「……そっか」


「ん~~……だって、こういうのは減っちゃうでしょ?」

「減るって?」


「ドキドキ、とか? 私は、なんていうか麻莉愛と2人切りの時とかに段階を踏んで…………大事に取っておきたいのっ!!」

「でも私たちには時間が……?」


「「……」」


 ぐうぅ……本当にごめんなさい。

 不可抗力とは言え、間に挟まろうとして――。


「――わかった。いいよ。くすぐったいだけで、私は……私だって麻莉愛にならって――」

「うん――」


 庭白は首に掛かる髪を自ら除ける。

 露わになった柔肌へ、星は手を伸ばすが――触れることなく手を引っ込めた。


「……やっぱり止めておこうかな」

「…………ん。そっか」


 散々ダメと言っておいてシュンと落ち込み、さらには物欲しそうに見つめる。

 庭白は反則級に可愛い顔を星へ向けた。


「莉々の声は私が独り占めしたいから。だから、寮に帰ったら……ね?」

「っっ~~~~!?!」


 女よりも立場が上の男なら、

 いきなり部屋へ訪ねても受け入れられやすいのがこの世界だ。

 2人の、2人だけの時間を覗き見たいが――諦めよう。

 最後の晩餐に、今のやり取りを見させてもらえただけで充分だ。

 堪能させてもらった。


 俺は、心の中で静かに「ごちそうさまでした」と合掌して、教室を後にした。


 1人になりたい時。

 考え事をしたい時に屋上へ行く。

 男にしか解放されておらず、女は男に誘われない限り立ち入ることが出来ない領域。

 その屋上へ入る為の扉の前で、音子寿姫おとねさつきがポツンと立っていた。


 1人どうしてこんな所にいるのか分からないが、俺は音子の横を通り過ぎ屋上への扉を開いた。


(……そう言えば、返事を留保してもらっていたな)


 返事はすでに決まっている。

 が、希望を持たせ続けるのも酷だ。


「音子、少しいいか?」

「……すいくん。声を掛けてくれてありがとう」

「ああ、この間の返事をしたい。外の空気も吸いたいし、ちょっと付き合ってもらえたら嬉しい」

「うん、喜んで」


 季節は初夏。

 太陽燦々、炎帝降り注ぎ、外は日差しが厳しかった。

 建物の陰へ避難して、吹く風や影で涼を取る。


「暑かったな。すぐに済ませるから」

「ううん、平気。それより、こうして推くんの方から話し掛けてくれたことが、私は嬉しいな」


 きつい見た目を気にしてか、音子は俺の前では口調を柔らかく話す。

 俺は、音子のそこが好きになれなかった。


「他の女子と話す時みたいに話してくれた方が気は楽だな」


 音子へ向けて、俺は初めて本音を漏らした。

 すると音子は、上げていた口角を崩した。


「あーあ、作戦失敗。読み違えてしまったのね、私は……」


 ガラリと変えた雰囲気。無表情にも近い顔。豹変にも近い。


「初めから素の音子で接してくれていたら、何か変わったかもな」

「推くんみたいな自分に自信のない男は、優しくて尽くす女がタイプだと思ったんだけれどね」


 間違いではない。


「優しくされることに慣れるとな。麻痺するもんだ」

「そっか。じゃ、やり直すから忘れてくれる?」


 俺は「無理だ」と意味を籠めて首を振る。


「ちなみに聞いてもいいか?」

「なに?」


「男だから俺のことが好きだったのか? いや、そもそも好きだったのか?」

「好きよ? 女に興味ないようで実は求める。臆病で可愛いところとか。だから、尽くすと言ったのも本当。選んでくれたら愛して、愛す。尽くして、尽くす。私の全てを捧げるつもりだったわよ」


 口角を僅かに上げ、切れ長の目を細める。

 音子寿姫おとねさつきは、これまでで一番の色気を放った。

 素晴らしい世界を知った今なら何ともないが、正直、この音子だったら惚れていた可能性もある。


 ……俺も、ツンな庭白莉々を気に入った初実のことを言えないな。


「答えてくれてありがとう」

「私からも聞いていい?」


「なんだ?」

「狭間初実くんについて詳しい?」


「最近話す間柄になったから詳しいってほどじゃない」

「好きなタイプとか分かる?」


「音子はさっきのやり取りを見ていなかったのか?」

「……推くんが屋上に来ると読んで、ずっとここにいたから」


 どうして来ると分かったのかは……今はいい。置いておこう。

 聞いても怖いからな。知らなくていいことだ。


「初実は、そうだな……今、俺と会話する音子寿姫おとねさつきを、もっと冷たくした感じがタイプだと思うぞ」

「……男って結構バカなのね」


 酷い言い草だが、反論できない。

 音子は呆れたような溜め息を吐き出し、続ける。


「もう、行ってもいい? 狭間くんを観察して、今度こそものにしたいし」

「切り替えが早いな」


「男も機会も少ないんだから当然でしょ?」

「間を取り持とうか?」


「……何が狙い?」

「いや、振ったお詫びと、久しぶりに人と気楽に話せたお礼だ」


 お詫びもお礼も本音で本当だ。

 ただ、初実がツンな庭白から偽ツンな音子へ乗り換えてくれたらありがたい。

 そんな思惑、打算からの提案。


 まあ、自分で単純と言った初実でもこんな手に乗るとは――――――。



 ――――――乗った。

 思った以上に単純で惚れやすかった。

 いや、音子が見事に掴んで逃がさなかったと、褒めるべきかもしれない。


 放課後3人で出掛けた後、俺は急用ができたと言って2人を残し帰った。

 その夜、初実から電話がきた。


『オレ! 寿姫さつきが好きだ! 庭白への気持ちは勘違いだった!』

『……そうか』


『ああ! つか、寿姫が庭白には手を出すなって言うからさ? なんつーかよ? 束縛? とか初めてで、なんだこいつ冷たい態度な癖に妬きもちか? て思ったら可愛くってよ』

『なるほどな、付き合うのか?』


『いや、まだだ。寿姫が頷いてくれねーからな。んだよこいつ? とか思ったけど、逆に燃えてきてよ? 絶対に落としてやるってなった!』

『頑張れ、応援する』


『おう! サンキュー! 一応聞いておくが、推、お前、寿姫と3日交際してただろ? 好きだったり……』

『音子はいい女だったけど、俺のタイプとは違うから安心しろ。俺は全力で初実たち2人を応援する。絶対にものにしろよな!』


『推……お前はさいっっこうのダチだぜ――――』


『お前こそな、初実――――』


 と。通話を終えた後。


(よっしゃああぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!)


 俺は全力で喜んだ。

 部屋の中でガッツポーズを取った

 天井へ向けて腕を突き上げた。


 明日からも、あの素晴らしい世界を満喫できる。

 俺は喜びに心振るわせ、

 むせび泣きそうになりながら音子へ感謝のメッセージを打った。


『おめでとう』

『ありがとう。お礼に莉々ちゃんには手を出すなって釘を刺しておいてあげたわ』


 何を察したかは分からないが、余計なことはしないよな?

 不安になると同時に、


『余計な事はしないから安心して。おやすみなさい』


 と、間髪入れずメッセージが届いた。

 恐い女だ、そう思いつつ俺はこの日、遠足前の小学生みたいな気分で眠りに就いた。


 翌朝。


 俺の部屋に推しカプ2人が乗り込んで来た。

 なんで?

 まさか秘かに推しているのがバレたか?

 そう考えたのも束の間。


百合もあいくん、あのね? 私たち気付いちゃったの」

「あんた、狭間あいつのことが好きなんでしょ?」

「だから百合くんは誰とも付き合わないんだよね?」

「あんたさえ良ければ、協力してあげないこともないけど?」


 どうしてこうなった?

 いや、けど考え方によってはアリか?

 推しは陰から秘かに推す。その真意を隠せたのだから。

 まあ、大きな痛みを伴ったが。


「わざわざ訪ねて来たってことは、2人にも俺に何か話があるんじゃないのか?」


 星と庭白の2人は、俺の前で堂々と手を繋ぐ。


「私と莉々は男が好きじゃない」


 ああ、知っている。


「この間みたいなことがまた起きると困る」


 庭白が悔しそうに唇の端を噛みしめる。


「「だから――」」


百合もあいくんの恋を応援するから」

「私と麻莉愛の(偽)恋人になりなさい!」


 偽恋人となる利点。

 2人を男の魔の手から守れる上に、堂々と眺めることができる特等席のゲット。

 加えて、更生プログラムの回避もできる。


 故に。


「分かった。手を組もう」


 パッと顔を見合わせる2人。

 嬉しさが隠しきれない、あ、えっと、もう……。

【尊顔】だ。

 言葉での説明などできない程、乙女だ。


「早速だけど、他にも私と莉々みたいな子達がいるの」

「協力……してほしいんだけど?」


 新たな水源の確保。俺は諸手を上げて歓迎する。

 何せ俺は、


「もちろんだ。改めて俺は『百合推』だ。よろしくな――」


 この瞬間。

 男女比1対100の世界で俺は、俺だけの箱庭ハーレムを築くことを心に決めたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男女比1対100の世界で俺は、俺だけの箱庭を築くことにした 山吹祥 @8ma2ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ