罪の共有
コリン
第1話 彼との出会い
中学校の卒業式に私はわたしを殺した。
学校と家という狭いテリトリーの中で不満に思いつつもプライドだけが澄みきった秋空の様に高かった。
学校では友達との輪に入れば良いのか。友達を作らずに気高くいればかっこいいのか。親と仲良くなければ話のネタになり、恋愛し恋人が出来れば学生生活が充実しているのか。
「目に見えている物に幸せ、嫉妬、憧れを抱くんだ」いつだったか彼はそう私に言った。
彼と初めて出会ったのは雨予報の金曜日、
2年4組の教室だ。クラスも違えば特別接点もない卒業すればただの同級生になる存在だった。雨の匂いが強くなる放課後、作文の居残りでクラスに3人残された。作文は昔から嫌いだった。何を書いていいのかわからず、自分の言葉を文字にするのも苦手だからだ。
なぜ学校行事が終わったら400字以内にまとめなければいけないのかわからない。
発表するわけでも点数がつくわけでもないのに。
「作文が終わったら理科準備室まで持って来てください」担任の坂本先生がそう言い残して教室を出た。
「怠い」そう2人に聞こえない声でつぶやいた。残された2人は如何にして400文字を埋めるか試行錯誤していた。私の眼前にそんな楽しそうな2人の背中が映っていた。私がそんなことを考えていると2人とも作文を書き終えていた。中身は読んでいないが内容が薄いのは会話からも明白だ。
「綾瀬まだ終わらないのー?」
「あと少し、ラスト2行」
「私たち先帰るよー」
薄情な2人だと思ったが私も同じ状況なら帰ってる。
結局1人になり眠る体勢をとりながら締めの言葉を考えていた。
「坂本先生どこか知らない?」か細いが十分な声量とクラス戸が開く音で目が覚めた。
ワックスの塗ってある床と上履きが擦れる
キュッキュッという音が4回鳴った。
身体を起こすと彼は私の目の前まで来て
「坂本先生どこ?」さっきよりも少し低い声だった。
私は丁寧に「理科準備室にいると思います」
と言って彼の目を見た。しかし彼は私と目を合わせずに私の作文を見てゆっくりと手に取った。
「僕も作文苦手、何書いても正解なのに自分の言葉が出てこないんだよね」
「そうなんだ、あなたも作文で居残り?」
「違うよ、理科のノート提出し忘れてて」
作文を見られた事が恥ずかしくて言葉が震えた。彼は作文を元に戻すと一言
「ありがとう」そう言って立ち去った。
あの日以降、私は彼を意識して見るようになった。街で気になり出したものがよく目につくみたいなあの感覚だ。彼はクラスに友達はいる様だが休み時間にクラスを出て遊ぶ感じではない。しかしクラスメイトとふざけ合って先生に怒られたり呼び出されたりと健全な男子中学生だ。
2週間が過ぎた頃「綾瀬ゆずかさん」突然後ろから名前を呼ばれた。しかもフルネームでさん付けだ。中学生で苗字呼びが主流となった今、とても新鮮だった。振り返ると彼が立っていた。
「どうして名前知ってるの?」
「どうしてでしょう」
「誰かに聞いたの?」今回は言葉が震えなかった。
「ネームプレートの苗字から友達に聞いた、よかったら一緒に帰らない?」そう言って彼は少し顔を沈めた。
一緒に帰ろうと誘われたのはいつぶりだろうか。私は帰り道に彼の名前と出身小学校を聞いた。どうやら小学校卒業後にこの街に引っ越してきたらしい。彼は自分の事を聞かれるのが苦手らしく隙あれば質問側にまわる。
「綾瀬さん将来の夢ってなに?」
「まだわからないなー学校の先生かな」
「なんで学校の先生なの?」
私はそもそも将来就きたい職業がない。
一番身近な先生という職業をを選んだだけだ。でもせっかくの話題にそんなことは言えない。
「坂本先生に憧れてるのかな」全くの嘘だ。
「なんで、なんで将来の夢が仕事なの?」
彼は純粋無垢な瞳でそう言った。
それを聞いて私はハッとした。自分でもわからないが「将来の夢=仕事」が擦り付いていた。
「僕は外国に行ってみたいな、色々な文化に触れて生活してみたい、あとは母さんと幸せに暮らしたいかな」そう言った彼の背中は少し大人びて見えた。
「綾瀬さん作文上手だったから国語の先生とか合ってるかもね」
「あんな短時間じゃわからないでしょ」
「冒頭読めば読みやすい文章かくらいわかるよ、それにちゃんと読んだよ」
「いつ、いつ読んだのよ」
「坂本先生の机に置いてあったから読ませてもらった」
確かにあの後机の上に提出して帰ったけど、普通他人の作文読むか?一度も話したことなかった同級生の作文を。
「それって勝手に読んだんでしょ」
私は疑問を残したままそれ以上は何も言わなかった。
全中学生がやっていたと思うが、私は帰宅コースを複数作り気分で使い分けていた。
一つ目は皆んな頻繁に使う通学路だ。なんの特徴もない通学路。
二つ目は遠回りしたい時に使う通学路。
三つ目が誰にも会わない少しワクワクする通学路だ。
学校に行きたくない日でも朝の数十分をより快適にしたかったので3つ目の通学路を頻繁に使っていた。家を出て川に向かう、川沿いを歩くとJR線の真下を通ることができる、皆んなはJR線を越えるために橋を渡っているが私は下を通るから楽をできる、そんな優越感も一人で楽しんでいた。そのせいか友達と通学、帰宅する事が減っていった。この話はまだ彼には言わなかった。自分だけの通学路がなくなるのが嫌だったからだ。
「家はどの辺りなの?」橋を渡る直前に彼が聞いてきた。
「橋超えた公園通りに本屋あるでしょ、あそこ実家なの」私は不意に実家という言葉が使いたくなった。
彼が足を止めた。「知ってる、その本屋今度行こうと思ってたんだよ」
彼は腑に落ちた顔で
「だから文章が上手いのか」
「それは偏見だよ」
「いやいや、幼い頃から本に囲まれてたら嫌でも目にするから」
そう言うと彼は歩き始めた。
私の心が高揚感で溢れた。誰かと歩きながら喋り盛り上がったタイミングで立ち止まり、そうして二人で納得して歩き出す、1人では味わえない体験だ。
彼の家は私の家の更に先だったので彼が私を家まで送ってくれるとこになった。望んでいたわけでも企んでいたわけでもない。
私の家の玄関先で「また月曜日に」私がそう言うと。
「明日本買いに来るね」
「えっ、、、」驚いてまた言葉が震えた。
「また明日ね」
「また明日」何気ないこの会話に胸が高鳴った。
さっきの高揚感と同じ感覚を受け
「これが友達か」そう口にしていた。決して友達がいないわけではない。ここしばらく一緒に帰ったり遊んだ記憶がないだけだ。学校に行けば沢山いる。
時々店番をしていたが明日だけはと思い夕食時に父に直談判した。
「明日の店番私がやるよ」
「どうした急に」
「最近手伝ってあげられなかったから」ウソをついた。
父は驚いただろう今まで頼まれても断っていたのだから。
デジタル化がここまで進んでいる中でこの本屋がよく生き残っていると感心する。来るお客さんといえば立ち読みの子供、雑誌を立ち読みするマダム、ゴルフ雑誌を立ち読みするジェントルマン、なんとまあ悲しい本屋だ。
それでもうちが生き残っているのは教科書取扱書店だからだろう。だからどうということはない。近所にも大きな本屋は沢山ある、地元に愛されるなんとやら。まあ父が頑張ったのだろう。
午の刻、雲の流れが早くなり風がガラス戸を鳴らす、その音でより店内に誰もいないのがわかった。誰もいないのでお店の受付カウンターでお菓子を食べることにした、ちょうどその時お店のドアが開きベルがカランカランと鳴った。
彼が本当に来たのだ。彼はまだ私に気づいていない。出入り口の真横、少し下がった所に受付カウンターがある為お客さん側からは見えない。私服姿はとてもシンプルでジーンズにプリントTシャツだった。彼の服を見て
一瞬期待したのが英字プリントのシャツを着てきたらなんて言っていただろう、そんな考えが頭をよぎった。
「いらっしゃいませ」斜め後ろからの声に少し驚いていた。
「こんにちは」と力の抜けた声が耳に届いた。
「休憩中だった?」
「お菓子タイム」と言いつつお客さんが誰もいないアピールをしながら店内を指でなぞった。
「お茶持ってくるから待ってて」そう言って彼をカウンター横のスペースに案内し小さい机と椅子をカウンター下から引っ張り出した。お茶を待ってくると彼の姿がなかった。帰ったのかと思いカウンターに近づくと、カウンターと反対側の本棚に抱えるほど本を持つ彼の姿に笑みが溢れた。
「帰ったのかと思ったよ」
「気になる本が多くて」
「古い本と雑誌しかないけど、読み飽きるまでいていいよ」
「図書館かよ」そう返された。
「うちに来るお客さん図書館だと思ってきてるのかも」私がそういうと彼は笑っていた。
本屋の娘が言うセリフではなかったなと一考した。だが次の瞬間には忘れて一緒に本を選んでいた。
もう持てないという彼に次から次へと読んでほしい本を積み上げていく。彼は腕の中で積み上がった本を小さい机に上手く乗せた。
その中から気になる本を1冊選び椅子に腰掛けた。私が持ってきたお茶を舐め一息つくやいなや選んだ本について話し始めた。どうやら読んだことのある本だったらしい。私は彼が終始楽しそうに話すので、話を聞いていなかったとしても楽しいだらう、そんなことを考えながら聞いていた。
彼が話し終え量の少なくなったお茶を舐めると
「ゆずかが今までやった悪い事ってなに?」
「悪い事、なんだろう」なぜその質問をしたのかわからなかったが少し考えて思い出しながら語った。
「私はお店の本を盗んだことがあるの」
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罪の共有 コリン @corrinn
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