第9話 勇者、魔王軍幹部と相対する






「これは予想してなかったかなあ」


「……自信満々に助けるって言っておいて情けないわね」



 どこまでも続く水平線を見つめるティオに私は嫌みったらしく言った。


 ティオは私を拘束していた鎖をポーションで腐食させて破壊すると、倉庫の鍵も同じ手段で破壊して外に出た。


 出たのだが、そこには海が広がっていた。


 どうやら私たちが囚われていたのは大型船の船倉だったらしい。



「……どうすんのよ?」


「うーん、よし!! アッシュが来るまで待とう!!」


「もし来なかったら?」



 私がそう言うと、ティオは欠片も疑っていない様子で言い返してきた。



「大丈夫、アッシュなら絶対に来るから!!」


「……どうしてそこまで他人を信じられるのよ」



 本当に大嫌い。


 人を無条件に信じられるようなアンタが、心の底から嫌い。


 でも、私がこの世で一番嫌いなのは助けてもらっておいてロクな礼すら言えない、他ならぬ私自身だった。


















 俺は王都の外れにある倉庫街へやってきた。


 その一角にある一際大きな倉庫が、誘拐犯の指定場所だったのだ。


 倉庫の扉を破壊して中に入る。



「おい!! 来てやったぞ!! ティオを返してもらおうか!!」



 大声で叫ぶが、返事はない。


 その代わりと言わんばかりに無数のナイフが俺に向かって降り注いだ。



「俺には効かん」



 仮に千本のナイフが襲ってきても、俺の皮膚には刺さらない。


 なので防御よりも索敵を優先する。


 しかし、周囲の気配を探っても敵と思わしき存在は感知できなかった。


 だが、何かがいるのは間違いないだろう。



「……面倒だな」



 敵をいちいち見つけて攻撃していては時間がかかりすぎる。

 幸い、この倉庫内にティオと思わしき人物の気配は感じられなかった。


 ならばまとめて吹き飛ばせばいい。



「――50%パンチ」



 俺は全力で地面を叩き殴った。


 ドォンッ!! という振動と共に衝撃波が生じ、倉庫が爆散してしまう。


 視界を遮るものがなくなった上、太陽の光で明るくなった。

 これならば敵を目視で発見するのも容易いだろう。



「これはこれは、随分と無茶をなさいますね」



 そう言いながら瓦礫から這い出てきたのは、不気味な白い仮面を被った男だった。


 不自然なほどに気配がない。



「……お前がティオを拐った犯人か?」


「如何にも。私は――」


「10%パンチ」



 俺は白い仮面の男が何かを話す前に、顔面へ拳を叩き込む。


 躊躇はない。


 白い仮面を粉々に砕き、その下にあった二十代半ば程の男の顔も陥没して潰れる。


 不思議なことに手応えがなかった。



「……死体か?」



 俺が殺したわけではない。


 そもそも10%パンチは辛うじて人が死なない威力であって、相手を抹殺する威力はない。


 ということは、最初から死んでいたということ。



「ご名答。驚きました、まさかいきなり仕組みを見抜かれてしまうとは」


「……なんだ、お前」



 また瓦礫の下から別の男が出てきた。


 さっきの男と同じく白い仮面を被っており、やはり不自然なほど気配がない。


 白い仮面の男がパチパチと拍手している。


 否、その男以外にも瓦礫の下から次々と白い仮面を被った者たちが這い出てきて、皆一様に拍手し始めた。


 気味が悪いな。



「改めまして。私は魔王軍幹部が一人、『眠らず』のアドリと申します」


「……魔王軍幹部」



 つまり、魔王の手下ということか。



「20%パンチ」


「おや、やる気満々のよう――」



 俺は白い仮面を被った連中をほぼ同時と言えるスピードで殴り飛ばした。


 感触からして仮面を被っている連中は全て死体。


 おそらくは仮面そのものが本体であり、こいつをどうにかしないといけない。


 しかし、やはり手応えはなかった。



「残念ながら、この仮面は目印に過ぎません」


「……シンボル?」


「ええ。私はネクロマンサー、死体の操作に特化した魔法使いなのです。仮面は死体を操作するための目印でしかありません」


「随分とペラペラ話しやがるな」


「これは失敬。私はお喋りが好きでして。ご不快に思われたのであれば謝罪致します」



 白い仮面を破壊したにも関わらず、亡者たちが一礼する。

 ……仮面を一度でも被せたら完全に肉体が破壊されるまで動かせられるのか。


 悪趣味すぎる。



「しかし、あまり強くはないな。俺を殺すことが目的ではないのか?」


「いえいえ、今回はただのご挨拶です。戦闘用のボディーが用意できなかったため、本日は現地調達したボディーを使っているのです」


「……現地調達、だと?」


「ああ、ご安心を。私は魔王軍の中でも平和を第一とする派閥に属しています。人類がいくら魔族の敵と言っても、無垢な民を相手に非道な真似は致しません」


「ならお前が操っている奴らは?」


「この者たちは依頼主から貴方の仲間を拐うよう依頼され、真面目に働いていれば稼げるようなお金で実行に移しました。そして、私がそれ以上のお金を払ったら元の依頼主も平然と裏切りました。己の信条も正義もない、ただお金に流されるだけの悪人です。悪人は利用してもいいのですよ」



 悪人は利用してもいい、か。


 中々賛同したくなる意見ではあるが、アドリが言うとゾワッとする。


 なんか気持ち悪い。


 しかし、話から察するにコイツがティオを直接拐うよう命令したわけではないのか。


 それならまあ、うん。



「ティオの居場所を吐いたら楽に死なせてやる」


「おや、見逃してはくれないのですね」


「勇者の役割を知らないのか?」



 勇者の役割は魔王の抹殺だ。


 そして、魔王の配下である魔族の根絶もその役割の一端である。



「存じていますとも。勇者は魔王様への対策として女神が力を与えた存在。魔王様によって生み出された我々では歯が立たないでしょう。ええ、以前までは」


「……どういう意味だ?」


「それは今後のお楽しみということにしておきましょう。では、私はこれで失礼します」


「逃げられると思っているのか?」


「普通であれば不可能でしょう。勇者であれば、私と私の操る亡者たちの間に存在する微かなパスから攻撃を届かせかねません」



 その通りだ。


 この場にいなくても、全力を出せばアドリの本体を確実に始末することができる。



「しかし、今回に限り可能と断言致します」


「……その心は?」


「貴方のお仲間は転移魔法でラーゼン港に移送しました」


「ラーゼン港?」


「はい。アストラダム王国の北西にある大規模な港町です。貴方のお仲間は今頃、私の用意した大型船で海を漂っていますよ」



 ……なるほど。



「その船はお前の操る死体が操縦しているのか」


「ご名答。本当に賢い方です」


「なら、お前をここで仕留めたらティオは難破して死ぬかも知れないな」



 ちっ。


 ティオを救出してこの場でアドリを仕留める方法が思いつかない自分の頭が恨めしい。



「それではまたどこかで」



 アドリはそれだけ言い残して姿を消した。


 ティオを港まで移送した、転移魔法なるものを使ったのだろう。


 追撃はできなかった。


 俺はアドリのいなくなった倉庫で軽く舌打ちをしながら、北西の方角を見て呟く。



「ひとまずティオを迎えに行くか」



 本気で移動したら一時間と経たずにラーゼン港に辿り着けるだろう。


 俺は地面を蹴り上げ、跳躍した。


 更に空気を蹴って加速を何度も繰り返し、音を置き去りにするのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「最近になって気付いた。作者は戦闘描写が苦手だ」


ア「ほぇー」



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