第8話 幼馴染み、手を差し伸べる
「んがっ、ティオ……?」
俺はティオに名前を呼ばれたような気がして、目を覚ました。
しかし、ここは『女神の安息日』の一室なので当然ながらティオの姿はない。
隣で眠っているはずのティアラちゃんの姿もなかった。
きっと終了時間を過ぎたのだろう。
俺は身体を起こし、服を着て『女神の安息日』のロビーに向かう。
「おや。もう少し寝てるかと思ったんだけどね、アッシュの坊や」
「いやあ、なんか目が覚めちゃいまして。あ、ティアラちゃんにお礼言っといてください」
「ああ、分かったよ」
手短にロザリアさんへの挨拶を済ませ、ティオの待つ宿まで急ぐ。
急いで向かった理由は分からない。
ただ何となく嫌な予感がして、俺は全速力とは言わずとも早足で宿に向かった。
宿に着いた俺はティオの部屋をノックする。
「ティオ、いるか? ……入るぞ」
返事はなかったが、部屋の中に入る。
そこにティオの姿はなく、微かに争った形跡があった。
「……強盗、か? ティオはどこに……?」
と、その時だった。
俺はティオの部屋のテーブルに一枚の紙切れが置かれていることに気付いた。
内容を見る。
「……ふざけやがって」
その手紙には『お前の仲間は預かった。仲間を救いたいなら指定の場所に来い』と書いてあった。
つまり、ティオは拐われてしまったのだ。
ティオを拐った犯人が誰かは分からないし、その目的を知ろうとも思わない。
ただ、そいつは俺の親友に手を出した。
「ぶち殺してやる」
俺は宿を出て、指定の場所へ向かった。
誘拐犯をぶちのめしてティオの居場所を吐かせねばならない。
俺の親友に手を出したこと、後悔させてやる。
◆
「うっ、んぅ……ここは……?」
暗闇から意識が浮上する。
重たい瞼をゆっくり開くと、僕は薄暗い倉庫のような場所にいた。
ご丁寧に手足は丈夫な縄で縛られていて、全く動かない。
「やっと起きたみたいね」
僕はその声を聞いて思わず身体を震わせる。
少し前まで勇者パーティーにいた、僕に嫌がらせしてきた人物の声だった。
思わずその人物の名前を呟く。
「……イヴ、さん?」
「そうよ。呑気なものね、この愚図」
「えっと、これはどういう状況ですか?」
「まだ分かってないの? なら特別に教えてあげる。私がアンタを拐うように金で雇った奴らに命令したのよ!!」
僕は意味が分からなかった。だって……。
「あの、じゃあどうしてイヴさんも一緒に捕まってるんですか?」
「……うるさい!!」
どういうわけか、イヴさんは人を雇って僕を誘拐するよう命令したらしい。
でも、そのイヴさんも捕まっていた。
それも魔法が使えるからか、魔法を封じる手枷を嵌められている。
激しく抵抗したのか所々に怪我をしており、僕のように縄で拘束するのではなく、極太の鎖で全身をぐるぐるに巻かれていた。
明らかにターゲットの僕よりもイヴさんの方が捕まってる感がある。
本当にどういう状況なのか分からない。
「そ、その哀れむような目はやめなさいよ!!」
「そ、そんなつもりは……」
「こんなはずじゃなかったのよ!! アンタを人質にして、私に公衆の面前で恥をかかせてくれたクソ勇者に土下座させようと思ってたのに!! アイツら私よりも金払いのいい雇い主ができたとか言って金を渡した途端に裏切って!!」
癇癪を起こして洗いざらい計画を自白するイヴさん。
「僕たち、これからどうなるんですか?」
「……そんなこと知らないわよ。アンタみたいな平民、他国の奴隷商にでも売られるか殺されるんじゃない? 私は貴族だから身代金と交換でしょうけどね」
「じゃあイヴさんは助かるんですね」
「ふん、だったら何? 恨むなら自分を守る力もない自分自身を恨みなさいよ」
「あ、いえ、僕にはアッシュがいるので」
アッシュは昔から僕が困っている時に助けに来てくれる。
だから不安はない。
すると僕の発言が気に障ったのか、イヴさんは声を荒らげた。
「こんな時でも他人頼りってワケ? 本当に気に入らない!!」
僕をキッと睨むイヴさん。
少し前までなら咄嗟に謝っていたと思うけど、僕は何故か言い返したくなった。
「僕もイヴさんのこと嫌いですよ?」
「はあ!?」
「お父さんとお母さんの形見を踏みつけたこと、まだちっとも許してませんし、忘れてませんからね?」
「……」
「……」
笑顔で言ってやると、僕とイヴさんの会話が途切れて沈黙が続いた。
その沈黙を思わぬ言葉で破ったのはイヴさんの方だった。
「……その、悪かったわよ」
「……え゛!?」
「何よその反応!!」
僕は自分の耳を疑った。
あのプライドの塊のようなイヴさんが謝罪するとは欠片も思っていなかったのだ。
「……ただの嫉妬だったのよ」
「嫉妬?」
「私には両親と、兄が三人いるわ。全員が宮廷魔法使い。エリートの中のエリート。当然、私もそうであれと期待されていたわ。でも私は、家族の中で一番魔法の才能に欠けていた」
「急に自分語りしますね? 嫌いな人の生い立ちとかどうでもいいので手短にお願いします」
「黙って聞きなさいよ!!」
僕が辛辣に言うと、イヴさんはまたしてもこちらをキッと睨む。
「だから私は両親から見放されて、優秀な兄たちには見下されて育った。私の味方なんていなかった。自分を守るためには、自分が強くなるしかなかった」
「自分が強く……?」
「それでもやっぱり兄さんたちには追いつけなかったし、今もまだ一族の恥さらしと思われてる。私は家族を見返せなかったのよ」
そう言って肩を震わせるイヴさん。
まさかあの気の強いイヴさんが僕の前で泣いているのだろうか。
「お父様もお母様も、兄さんたちも、きっと私を見捨てるわ。誰も私を愛してはくれないもの」
「……ああ、だから……」
「そうよ、家族に愛されてたアンタに嫉妬した。だからアンタの親の形見をわざと床に落として踏んでやったのよ」
「完全に八つ当たりじゃないですか。……それがどうして急に謝る気に?」
イヴさんは俯きながら言う。
「人質の価値がない人間を使って身代金を要求したところで、何の意味もない。きっと家族は私を見捨てるわ。そうしたらどうなると思う?」
「……他国に奴隷として売られるか、殺されるか?」
僕の言葉に自嘲しながら頷くイヴさん。
それは他ならぬイヴさんが、さっき僕に向かって言ったことだった。
イヴさんは再び俯いてしまう。
「誰も私のことなんか気にしない。すぐに忘れると思うわ。だから、ちょっと嬉しかったのよ。アンタがまだ私のしたことを許してないって、忘れてないって、嫌いって言ってくれて」
「……そうですか」
「でもなんか、やっぱり嫌われたままって少し嫌だから、謝っただけ。それだけよ」
「……そう、ですか」
それから再び沈黙が訪れる。
だからこそ、今度は僕の方から沈黙を破ることにした。
「――でもぶっちゃけ謝られたところで許せるもんじゃないので。一生イヴさんのこと恨みますね?」
僕は結構ネチネチした性格だ。
やられたことは一生覚えているし、何があっても忘れない。
イヴさんはバツが悪そうに視線を逸らした。
「わ、分かってるわよ。別に許してほしくて言ったわけじゃないから」
「でも、うん」
僕は自分の気持ちを確かめるように頷いた。
「ちょっぴりイヴさんの――イヴのことが分かった気がするかな」
「……は? な、何よ、急に呼び捨てにして」
「謝罪を受け入れるよ。許さないし、忘れないし、ずっと恨むけど。もうイヴのことは嫌いじゃないから。だから、もっとお話しよう!!」
「は、はあ!?」
イヴにはイヴなりに僕を嫌う理由があった。
きっと彼女は僕の嫌いなところがもっと沢山あるはずだ。
それを知りたい。
それを知ればイヴと多少なりとも仲良くなれるような気がした。
だから分かるまで聞く。
「僕の嫌いなところ、もっと教えてよ」
「……そういうところ」
「他には?」
「っ、アンタばっかり、愛されてること」
「もっと言って?」
「アンタばっかり、自分が強くなる必要がないくらい守ってもらえてること!! 私は、私を守る方法を自分が強くなること以外に知らないのに!! ずるいわよ、アンタばっかり……」
イヴの本音を聞く。
最後の方は感情の制御ができていないのか、何を言っているのか分からなかったけど。
でも、理解することはできた。
「ねぇ、イヴ」
「……何よ?」
「今まで人生で一度でも誰かに助けを求めたことってある?」
「言えるわけないじゃない。助けてなんて、そんな情けないこと」
「……そっか。じゃあ――」
僕はブーツの底に隠して置いたポーションを取り出して、手足を拘束する縄に数敵垂らす。
みるみるうちに縄が腐食し、拘束が解ける。
イヴの手足を拘束していた鎖にも同じようにポーションを垂らし、彼女を解放した。
「僕がイヴのこと、助けてあげるからね」
そう言って僕はイヴに手を差し伸べる。
いつだったか、アッシュが初めて僕を助けてくれた時のように。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「仲良くなった判定すると急に名前を呼び捨てにしてくる子っているよね」
ア「いるいる」
「アッシュがキレた!!」「イヴも捕まってて草」「いるいる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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