第4話 勇者、泣きじゃくる子供を黙らせる





 王都アストラーダから村まで三日かけて移動――する必要はない。


 俺はティオを背負ってダッシュしていた。



「ア、アッシュ!! もう少し揺れないように走れないかな!?」


「ヒャッハー!! 俺は今、風になってるゥ!!」


「ねぇ、無視しないでよ!? ちゃんと聞こえてるでしょ!? ちょっとぉ!!」



 俺の身体能力は元々かなり高い。


 それが更に女神様の加護を授かったことで強化されているのだ。


 全力疾走したら馬より速い。


 勇者パーティーの所属人数はイヴたちを含めて六人だった。


 俺以外の五人くらい抱えて走ることはできるが、俺に身体を触られるのが嫌だったのか、移動には馬車便を使っていた。


 この馬車便がお高いのだ。


 しかし、俺とティオの二人ならわざわざ馬車便の席を取るよりも走った方が財布にもいい。


 ものの数時間くらいで目的の村まで到着した。



「ふぅ、到着っと!!」


「もう!! 止まってって言ったら止まってよ!!」


「ははは、すまんすまん」



 ティオがポカポカと背中を叩いてくる。ちっとも痛くないな。



「それよりティオ、さっさと村長から話を聞いてきてくれ」


「もう!! アッシュの馬鹿!!」



 余程背負われて移動するのが嫌だったのか、頬を膨らませて村長宅に向かうティオ。


 一応、ティオが風圧で大変なことにならないよう気を遣っていたのだが、それでもダメだったらしい。


 俺はティオが村長から情報を集めてくる間、暇だったのでナンパすることにした。


 しかし、ここである問題が発生する。



「女の子が、いない!?」



 村のどこを探しても若い女の人がいなかった。


 精々畑を耕しているお婆ちゃんが何人かいたくらいである。



「そ、そう言えば、村娘が山賊に拐われてしまったとルカさんが言ってたような……」



 ちくしょー!!


 しばらくお店の女の子と遊べないから村の女の子と火遊びしようと思ってたのに!!


 こうなっては仕方ない。


 ナンパは山賊に拐われてしまった村娘たちを救出してからにしよう。

 その方が村娘の好感度も上がりそうだし、盛り上がりそうだ。


 と、その時だった。



「ねぇ、おじさん」


「ん? なんだ、ガキンチョ」



 ナンパできなくてイライラしながらティオが戻ってくるのを待っていると、村の子と思わしき少年が俺に話しかけてきた。


 正直、子供の相手は俺よりもティオの方が向いている。


 俺は極力相手したくない――って!!



「俺はおじさんじゃねぇよ!! まだピチピチの十八歳だ!!」


「……おじさん、冒険者の人?」


「だからおっさんじゃねぇって!! ……で、冒険者だったらなんだよ?」


「お願い。お姉ちゃんを、助けて」



 む。



「お姉ちゃん、悪い奴らに拐われちゃって、ぼくを守ろうとして、怪我しちゃって、今、どうなってるか分からなくて……ぐすっ、うぅ……」


「あ!? ちょ、な、泣くなよ。俺が泣かせたみたいになるだろうが!!」


「うわあああああああんっ!!」



 これだからガキは嫌いだ。


 嫌なことやどうにもならないことがあったらすぐに泣きやがる。



「おい、ガキンチョ。男なら泣くんじゃねぇ」


「ぇ……?」


「どうしようもない理不尽がやってきても、泣いてるだけの男になっちまったらダメだ」


「どういう、こと?」



 俺はその場で腰を下ろし、子供の目を見つめながら言った。



「男なら死ぬ気で戦え。今はまだガキだからいいがな。でも俺みたいな大人になったら、やる時はやらなきゃダメなんだよ」


「よく、分かんない……」


「今はそれでいい。今、お前とお前の姉ちゃん、この村に降りかかってきた理不尽は俺が全力でぶっ潰してやる」



 理不尽を潰せるのは更なる理不尽だ。


 俺は女神様からその理不尽な力を行使する権限を与えられている。


 少なくともこの力は、こういうどうしようもない理不尽な目に遭っているガキンチョを助けるためにあるはずだ。


 しかし、だからといってこの世の全ての理不尽を潰せるとは思っちゃいない。

 


「だからいつか、泣かなくてもいいくらい強くなって、お前も理不尽に抗え。お前が理不尽に押し潰されずに耐えてる限り、いつか俺や俺みたいな理不尽がお前を助けてくれるさ」


「……うん。分かんないけど、分かった」



 物分かりのいい子供だ。



「あとこれも覚えておけ。――堂々としてた方が女にモテるぞ」


「もて……?」


「野郎が泣いてもいいのは女の胸の中だけだからな。それ以外の場で泣く男は情けないと思われて相手にもされない」


「そう、なの?」


「ああ、そうだ。実は俺の親友も泣き虫でな。顔はいいのに女にはモテないんだ。それどころか最近まで女にいじめられていた」



 まあ、ティオは泣いてもいいがな。


 もしまたアイツをいじめる奴が現れたら、俺がぶっ飛ばしてやれば済む話だ。



「う、うん。それもよく分かんないけど、分かった」



 本当に物分かりのいい子供だ。こういう子供は嫌いじゃない。


 と、そうだ。大事なことを聞かないと。



「ところでガキンチョ、お前の姉ちゃんは美人か?」


「はぇ? う、うん、村で一番綺麗だって皆言ってるよ?」


「……そうか。そうかそうか!! よし、安心しろ!! お前の姉ちゃんは絶対に俺が助け出してやるからな!!」



 村で一番綺麗と聞いちゃあ何としても救出しないといけない。

 それからしばらく少年と駄弁っていると、ティオが駆け足で戻ってきた。



「アッシュ、情報を集めてきたよ!!」


「お、じゃあそろそろ行くか。じゃあな、ガキンチョ」


「う、うん!! おじさん、頑張って!!」


「だから!! 俺は!! まだおじさんじゃねぇから!!」



 これだからガキは嫌いだ!!


 イライラを抑えながらガキと別れ、俺はティオの話に耳を傾ける。



「山賊は村から少し歩いたところにある洞窟を根城にしてるみたい」


「ほーん? じゃあ早速潰しに行くか」


「あ、待って!! 相手は山賊だけじゃないかも知れないんだ」


「どういうことだ?」



 ティオが詳しく話し始める。



「この村の人たちが山賊に襲われたのは、もう何日も前のことなんだ」


「まあ、そうだろうな」



 この村から王都まで馬車で三日はかかる。歩いたらもう少しかかるだろう。


 山賊に襲われてからすぐ村を出発し、一般人が全力で走り続けて王都まで来たとしてもそれなりに時間は必要だ。


 ティオは難しい顔をする。



「それで昨日、冒険者の到着を待っていられなかった村の若い男の人たちが山賊たちの根城を襲ったらしいんだ。奪われた食料や拐われた女の人たちを取り戻すために」


「おお、無茶しやがるな」


「うん。実際、山賊は戦い慣れしていて何人も死傷者が出ちゃったみたい。でも、物量で押して何とか勝てそうだったんだ」


「勝てそうだった、ってことは負けたのか」


「うん。生き残った人の話によると、山賊側に強力な助っ人がいるみたい。最初に村を襲った時にはいなかったみたいだから、山賊が用心棒として雇ったのかも」



 山賊が用心棒を、ね。



「ま、俺の方が強いだろうから平気平気」


「アッシュならそう言うと思ったけど、一応気を付けてね?」



 それから俺たちは山賊が根城にしている洞窟へと向かった。


 この時の俺は想像もしていなかった。


 まさか山賊の雇った用心棒が、褐色黒髪うさみみ美女だとは、思いもしなかったのだ。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「子供におじさんって呼ばれると泣きたくなるよね」


ア「……うん」



「ええとこもあるやん」「タイトルより物騒じゃなかった」「あとがきに哀愁を感じる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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