第3話 勇者、ほぼ全裸になる






 ティオと山賊退治に出発しようとしたら、怒り心頭のイヴが待ち伏せしていた。


 無視して行こうとしても回り込まれてしまう。



「……なんか用か? お前はもう勇者パーティーから追放したんだが」


「追放を取り消しなさい!! 今なら特別に許してあげるわ!!」


「やだ。お前、ヒステリックで怖いもん。魔法使いがいなくても困らんし。行こうぜ、ティオ」


「う、うん」



 そのままイヴの横を通り過ぎようとした瞬間。


 イヴは明らかな悪意を持って、魔法の呪文詠唱を始めた。


 まじか、コイツ。



「お前、街中での魔法の使用はご法度だぞ」


「うるさいうるさいうるさい!! 私の力を思い知らせてやる!!」



 こうなっては仕方ない。



「ティオ、俺の後ろに隠れてろ。そこが一番安全だからな」


「わ、分かった」


「――食らいなさい!!」



 イヴが巨大な火の玉を撃ってきた。


 常人が正面から食らったら炭になりそうな威力の魔法だ。


 俺はそれを身体で受け止める。


 周囲に被害が出ると俺の評判に関わるだろうし、腕力で無理やり押さえ込む。


 炎が俺の腕の中で小さな爆発を起こした。



「ふむ、もう少し温かいと冬場にいいかもな」


「な……」



 周囲に少し炎が漏れたが、後ろにいるティオだけは完全に守り切った。


 我ながら満点の対処だったな、うむ。


 俺の対処方法を目の当たりにしたイヴは絶句している。



「わー!! 服!! アッシュ、服!!」


「ん? ……おっと」



 俺は裸になっていた。


 いや、炎を受け止めた前面だけ服が燃え尽きてしまったので半裸か。


 別に人様に見せて恥ずかしい息子カリバーではないが、流石に人の目がある往来で丸出しは問題ありそうなので隠す。


 そうだった。


 俺自身は勇者パワーで頑強な肉体だが、服はそうではない。


 炎を正面から食らったら燃え尽きてしまう。



「ティオ、服とか持っていなか?」


「さ、流石に持ってないよ!? すぐ買ってくるから!!」


「おう、頼んだ」



 ティオが慌てて服屋まで走る。


 すると、ちょうどそのタイミングでイヴがハッとして絶叫した。



「な、なんで……なんで!? どうして私の魔法が効いていないの!?」


「女神の加護、としか言えないな」


「そ、そんな、そんな貰い物の力で!! ふざけるな!!」


「貰い物の力、か」



 正論だな。


 俺はたゆまぬ努力してこの絶大な力を得たわけではない。

 むしろ努力などしたくないし、今後も積極的にするつもりはない。


 そういうクズなのだ、俺は。


 常日頃から努力している者にとってはきっと許容できない人間だろう。


 しかし、敢えて言わせてもらう。



「知らんがな。貰ったもんは貰った以上、俺のもんだ」


「……」



 女神から与えられた力ではあるが、それでも今は俺が持っている力だ。


 どう使うか決めるのは他ならぬ俺である。


 俺の持論が癪に障ったのか、イヴがより鋭く俺を睨み付けてきた。



「ふざけないで、ふざけないでふざけないで!!」



 再び魔法の詠唱を始めたイヴ。


 これ以上相手をするのも面倒だし、さっさと終わらせてしまおう。



「折れるなよ?」


「!?」


「――1%パンチ」



 俺はイヴの腹に拳を叩き込む。



「あぐ、かはっ」


「……よし、骨が折れた感触はないな。しばらくは痛いだろうが、まあ、服の代金だ」



 その場で倒れ伏し、イヴはピクリとも動かなくなってしまった。


 放っておけば誰かが兵士に通報するだろう。


 取り敢えず前を隠しながら、俺はティオが来るのを待ち、そのあとで改めて山賊退治のために王都を出発するのであった。
















『お前はこんな簡単なこともできないのか』


『魔力は多くても魔法の才能はないな』


『その程度で魔法使いを志すとは。恥を知れ』



 私は優秀な兄たちに見下されて生きてきた。


 それでも私は、兄たちが持っていない膨大な魔力を持って生まれてきたのだ。


 だから必死になって努力してきた。


 私は魔法使いに求められる魔力操作のセンスを持っていない。

 だからひたすら反復練習を繰り返し、一端の魔法使いを名乗れるようになった。


 ちょうどその頃だった。


 『女神の試練』を乗り越えた勇者が仲間を募集していると知ったのは。


 勇者パーティーで活躍すれば、きっと私を見下していた兄たちも手のひらを返して称賛するはずだと思って。


 私は見事選ばれ、勇者の仲間となった。


 でも勇者パーティーは才能に胡座を掻いている人間ばかりだった。


 それが気に入らなかった。


 何より腹立たしいのは、才能も何もないのに勇者と同郷という理由だけでパーティーに在籍している奴だった。


 弱いくせに、強くなろうとしない。


 勇者という絶対的な強者の庇護を受けて変わろうとしない弱者。


 私は違う。


 それを証明するために何度勇者にこの身体を求められても断った。


 あの弱者が間違っている。


 だからこそ、徹底的にいじめ抜いて潰してやろうと思った。

 そのうち勇者パーティーから出ていくはずだと、そう思っていた。









 ――そつしたら、勇者が私にジャーマンスープレックスしてきて床に頭から埋められてしまった。








 

 目が覚めたら私も、私以外の奴らも勇者の同郷である奴を除いた全員が勇者パーティーから追放されていた。


 勇者に与えられる特権を使った追放だ。


 その決定には大貴族であっても逆らえず、私も例外ではなかった。


 許せない。


 誰よりも努力してきた私を正当に評価せず、同じ出身地というだけの相手を贔屓する勇者が許せなかった。


 だから改めて私の力を見せつけてやろうとして、呆気なく返り討ちに遭った。



「ったく、面倒な仕事増やしやがって……」


「……」



 そして、私は街中で魔法を使ったことで兵士に捕まってしまった。


 誰かが通報したのだろう。


 許さない。通報した奴は後で死なない程度に焼いてやる。



「で、なんでこんなことしたの?」


「うるさい」


「うるさいって、君ねぇ? 街中で魔法使うのはガッツリ犯罪なの。今回はあのちゃらんぽらんな勇者様のお陰で怪我人もいなかったし、建物にも被害はなかったからいいけどさ」


「うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」



 私は兵士の詰め所にある取調室で絶叫する。



「弱い奴が私に指図するな!! 私を見下すな!!」


「いや、強い弱い関係ないから。強い奴も弱い奴も法律は守るべきものだから。これ常識ね。君、頭大丈夫?」


「っ」



 この兵士!! モブみたいな顔で腹立つ!!


 今すぐ焼いてやりたいけど、私の手には魔法を封じる枷が付けられている。


 これでは魔法が使えない。


 どうやって現状を脱しようか考えていると、他の兵士が取調室に入ってきてモブ兵士に何かを耳打ちした。



「えぇ? まじ? いいの?」


「仕方ないだろ。上からの命令だ」


「……やだねー、権力者ってのは。金さえありゃ犯罪者も釈放できちまうんだから」



 どういうわけか、モブ兵士は悪態を吐きながら私の手枷を外した。



「釈放だ。よかったな、ご兄弟が迎えに来ているぞ」


「え……」



 モブ兵士や通報した奴への報復を考えていたが、一気に頭の中が真っ白になる。


 取調室を出ると、そこには一番上の兄がいた。


 宮廷魔法使いの装束に身を包む兄が私を見下ろす目は、どこまでも冷たい。


 息が詰まる。



「まったく。面倒をかけさせるな、イヴ」


「ご、ごめん、なさい、兄さん……」



 私は咄嗟にその場で兄へ謝罪した。



「我ら大魔法使いの一族の名を貶める真似はしてくれるなよ」


「は、はい、ごめんなさい、兄さん」


「……まあ、出来損ないのお前には何を言っても無駄か。せめて周囲に侮られるな。お前が弱いと、私の評価にも傷が付く」



 面倒臭そうに言う兄の声が心臓に突き刺さる。


 兄はそのまま自分の仕事へと戻り、私は自由の身となった。



「そうよ……私は弱いままじゃ終わらない……終われない……力を示さないと……私が負けるだけじゃないことを、認めさせないと……」



 私は考える。


 私をコケにしやがった勇者に、どうにかして一泡吹かせる方法を。


 そして、考えついた。


 勇者を正面から倒すことはできないが、すぐ近くに弱点がいるではないか。

 私は勇者の弱点を――ティオを狙う計画を練るのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「いきなりド正論言ってくるモブ兵士くんが好きだ」


ア「よく一緒に夜の店を巡る仲だ」



「全裸になる系主人公は人気出る」「ちゃらんぽらん呼ばわりされてて草」「モブ兵士笑った」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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