第2話 勇者、無言の圧力に屈する
「――ッシュ。アッシュ、起きて。もう朝だよ?」
「うっ、あ、えぇ? もう朝……?」
俺は身体を揺すられて目を覚ました。
重たい瞼を持ち上げると、ティオが俺の顔を覗き込んでいる。
相変わらず綺麗な顔してやがる。
「……はぁ。ティオが女だったら最高の目覚めなのによぉ」
「馬鹿なこと言ってないで早く起きなさい!!」
ティオにぺちっと額を叩かれてしまったので、渋々身体を起こす。
「あぅあ゛~、頭痛い。完全に二日酔いだわ。ティオ、ポーションちょうだい……」
「もう、だから飲みすぎはよくないって言ったのに。はい、どうぞ」
「さんきゅー。俺、やっぱティオがいねーと生きていけねーわ」
「お、大袈裟だなあ、全くもう」
「んぐっ、むぐっ、ぷはあっ!! あー、ティオのポーション効くわぁ!!」
ティオから受け取ったポーションを飲み干すと、一気に体調がよくなる。
流石はティオ、効き目が抜群だ。
「……あれ? てか俺、いつ宿に帰ってきたんだっけ?」
「覚えてないの?」
「何にも。たしかクロナたちを追放して、そのあとで『バニーちゃんの発情場』に行って飲みまくったはず」
「そうだよ。で、アッシュがお酒の勢いでバニーのお姉さんを何人もお店の、その、そういうことをする部屋に連れ込んだんだ」
ああ、そうだったな。
「で、アッシュがバニーのお姉さんを独り占めするから他のお客さんから苦情が来たみたいで、注意してきたお店の人を殴っちゃったんだ」
「あー、思い出した。店には悪いことしちまったな。美人揃いでついやる気になっちまってよ」
「ふーん? よかったね」
なぜか唇を尖らせるティオ。
まさかとは思うが、俺はティオが気になってた女の子まで抱いてしまったのだろうか。
「すまん!! 今度はちゃんとティオも楽しめるお店に連れて行ってやるからな!!」
「え? あ、えーと、遠慮しておく」
「遠慮すんなって!! 俺のおすすめの店、『女神の安息日』にいる女の子は全員ガチの美女ばっかだからさ!! 俺が奢るから!! どうしてもと言うなら最近俺がいつも指名してる子も教えてあげるから!!」
「だ、だからいいってば!! もう!! ……というか、奢るお金なんてないでしょ」
「え?」
ティオのお金がないという言葉に俺は思わず首を傾げて、思い出した。
「あっ」
「バニーのお姉さんたちを何人も部屋に連れ込んでいくらしたと思ってるの? アッシュの持ってるお金じゃ足りないから、僕が立て替えたんだよ!!」
「い、いや、あれはその、勢いっていうか……すんません」
「僕にお金を返すまでエッチなお店は禁止!! 今から冒険者ギルドに行って仕事を受けてお金を稼ぐよ!!」
「そ、それはいくら何でも――」
と、あんまりなティオの決定に俺が抗議の意志を示そうとした時。
ティオが圧のある笑顔を浮かべて言った。
「か・せ・ぐ・よ?」
「……うっす」
「じゃあほら、早く着替えて。冒険者ギルドに行くよ」
俺は服を着替えようとベッドから起き上がろうとして、よろめいてしまった。
「うおっとと!?」
「ふぇ? きゃっ!?」
その勢いでティオを床に押し倒してしまい、顔が近づく。
……本当に綺麗な顔面してやがる。
ティオが女だったら全財産を貢いででも迫っただろうなあ。
と、その時だった。
ふにゅっ♡ もにゅっ♡ という不思議な感触が手に伝わってきたのだ。
「あ? なんだ、この柔らかいの?」
「ひゃっ♡ ちょ、ど、退いて!!」
「おっと、悪い悪い。ぷっ、てか『きゃっ』て何だよ、急に女みたいな声出しやがって」
俺が退くと、何故かティオは顔を真っ赤にしていた。
からかうつもりで言っただけだが、怒らせてしまっただろうか。
いや、それよりも。
「なあ、なんか柔らかい感触があったんだけど」
「あ、えっと、あれだよ!! 実は今、スライムを使ったポーションを研究中で!! 胸ポケットに入ってたスライムだよ!!」
「そうなのか? やっぱスライムって何にでも使える万能素材なんだな」
「そ、そうだね、あはは」
薄く伸ばして避妊具にしてよし、固めて一人遊びの相棒にするもよし。
女神様がもたらした最高の素材だと思う。
俺がスライムさんの有用性に感嘆していると、ティオが腕で胸元を隠すようにしながら俺に聞こえない小さな声で何か呟く。
「あ、危ない危ない。結構キツめに巻いてたのにサラシが緩んじゃったな……」
「んあ? なんか言ったか?」
「う、ううん!! 何でもないよ!! 僕、ちょっとお手洗いに行ってくるから!!」
「ウンコ?」
「デ、デリカシー!!」
そうこうあって俺は服を着替えてから、ティオと二人で町の中央広場前にある冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルド。
国を跨いで存在する冒険者の支援組織で、ここには様々な依頼が舞い込む。
迷子の猫の捜索や魔物の討伐依頼、行商人の護衛など。
その内容は多岐に渡り、冒険者は自らの実力に見合った依頼を受ける。
しかし、それは一般的な冒険者に限った話。
冒険者側が依頼内容を吟味して受注できるシステムの都合上、どうしても放置されてしまう依頼が少なからずあるのだ。
『実入りがよくない』とか『討伐対象の魔物の危険度が高い』とかの理由でな。
勇者たる俺の役割は、近いうちに世界のどこかで誕生する魔王をぶっ飛ばすことなのだが……。
誰も引き受けない依頼をこなして人助けするのもまた勇者の仕事なのだ。
まあ、夜のお店で遊ぶためのお金を稼ぐのにもちょうどいいし、掲示板の隅で腐ってる依頼は報酬がいいことも多いので文句はない。
ましてや俺が活動している町、アストラーダはアストラダム王国の首都だ。
王国中の依頼が舞い込む場所であり、引き受ける者がいなくて腐っている依頼は想像よりもずっと多いだろう。
俺は冒険者ギルドの建物に入り、受付で書類整理中のお姉さんに声をかけた。
「ちーっす、ルカさん!! 今日もおっぱいデカイっすね!! 抱かせてください!!」
「死んでください、アッシュさん」
「まあまあ、そう言わずに。一発だけでいいんで!!」
こちらに見向きもしないまま、辛辣な言葉が帰ってくる。
彼女の名前はルカさん。
アストラダム王国の冒険者ギルド、王都アストラーダ支部の看板受付嬢である。
大きなおっぱいと細く括れている腰、黒縁のメガネをかけた美人で、職員用のスーツが堪らなくエロい。
「もう、アッシュ!! すみません。ルカさん」
「……いえ、ティオさんが謝ることはありませんよ」
ティオが俺を押し退けてルカさんに話しかける。
俺に対しては辛辣なルカさんもティオには物腰柔らかい態度だ。
ルカさんは男の娘が好きだな、間違いない。
「何かアッシュにしか出来ないような依頼はありませんか?」
「『それ』に出来そうな依頼といいますと……」
「あれ? なんか今、ナチュラルに俺を人間扱いしてなかったような気が……」
「ああ、ありました。緊急性のあるものが一つ、そうでないものが二つですね」
俺の言葉をガン無視するルカさん。
でも美人でおっぱいがデカイから許しちゃうんだよね。
「緊急性のある依頼って、山賊退治ですか?」
「はい、今朝方届いた依頼です。依頼主は王都から三日ほどの位置にある農村の村長なのですが、村娘が山賊に拐われてしまったそうです」
「それは、たしかに大変ですね」
俺は分からなくて首を傾げる。
「なあ、ティオ。山賊退治は初めてなんだが、そういうのって軍が動くもんじゃねーのか?」
「うーん、普通はそうなんだけど。山賊って軍の動きに敏感だから、国が派遣した時にはもういなくなってることがあるんだ。だからこの手の話ってフットワークの軽い冒険者に依頼が来ることが多いんだって」
「はぇー、そうなんか。流石はティオ、何でも知ってんだなー」
「し、調べたら分かることだよ」
ティオはそう言うが、そもそも俺は調べる気が起きないので素直に凄いと思った。
勇者として冒険者ギルドで活動して三ヶ月、やはり俺にはティオがいないと何もできないのだと改めて痛感する。
と、そこで俺はあることに気付いた。
「この依頼、報酬少なくね?」
依頼書に書かれていた報酬は極めて少ないものだった。
一回夜のお店に行ったら無くなってしまう程だ。
「どうやらその農村では凶作が続いているらしく、それでも絞り出したそうですよ」
「ま、まじか。なあ、ティオ。もう少し報酬のいい依頼にしようぜ。こっちのドラゴン肉を食いたいっていうお貴族様の依頼の方が――」
「困ってる人を助けるのが勇者でしょ、アッシュ!!」
「いや、でもよぉ」
「アッシュ」
「……うっす」
俺はティオの無言の圧力に屈して頷いた。
そうして俺たちは山賊退治の依頼を受注し、冒険者ギルドの建物を出る。
と、その時だった。
「ちょっと待ちなさい!!」
勇者パーティーから追放したはずの魔法使い、イヴが待ち構えていた。
俺はティオと顔を見合わせて――
「じゃ、行くか」
「う、うん」
「ちょ、何無視してんのよ!!」
無視して行こうとしたのだが、キッとこちらを睨むイヴによって遮られてしまった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「酒は飲んでも飲まれるな」
ア「だが断る」
「やっぱりクズで草」「毒舌黒縁メガネ美女とか最高やんけ」「あとがきで断るな」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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