第2話 実らない初恋

 彼女はいつものように笑いながら、可憐な笑顔を振りまいた。

 このままの関係でいたい、でもこのままじゃいやだと叫ぶ自分がいる。


 あと1年。

 1年したら――君は僕のことを忘れてしまうのかな?


 そう考えたら、なぜか胸が締め付けられて、呼吸が苦しくなる。

 いつの間にか芽生えていた気持ちは、こんなにも大きくなっていたんだね。


 今、君に伝えたい。


 いつの間にか、どうしようもなく君に惹かれていたこと――。


 ―――◇◆◇―――


 下の方に〈完〉という文字が見えて、ふっと息をつく。

 うん、先輩さすがだ。

 作りが繊細で、余韻を与える響きがある。そしてどこか悲しげなラスト。

 甘い恋愛じゃなくて、少し甘酸っぱい……そんな恋愛小説。


 大きく背伸びをすると、向かいの机で作業をしていた藍野先輩が「ん?」とこちらに気がついた。


 一瞬視線が交わって、ビー玉のような青色の瞳に見つめられる。

 ドクン、と分かりやすく心臓が高鳴った。


「そういえば胡桃ちゃん、4日経過したけどアイデア降ってきた?」

「そ、それなりには……」

「そっかそっか、胡桃ちゃんなら1週間もあれば書けるだろうし間に合いそうだね~」

「そう……ですね」


 そうか、もう4日も経過したのか。

 ということは、先輩の隣にいられる時間、つまり仮の恋人でいられるのはあと3日間。


「……あの、先輩」

「んー?」


、先輩と仮の恋人ではいられなくなりますか?』


 出かかったその言葉を、無理やり飲み込んで私はうつむく。


「……なんでもないです」


 もし、今それを言ったらせっかくの残り3日間がなくなっちゃう?

 ごめんなさい、先輩。

 こんなずるくて我儘な後輩で。


「そう? ならいーけど。活動時間も終わるし、今日はもう帰ろっか」

「ですね」

「……元気ない? 大丈夫?」

「そんなことないです、ほら、アイデア出すのに体力使うじゃないですか。その疲れです」

「え、そんなことある?」

「ありますよ! 全回復には睡眠5時間は必要です」

「全回復ってなんかゲームみたい」


 帰る準備を進めながら繰り広げられるいつもの会話に、不思議と笑みが広がった。


 くすくす笑う先輩に、私はむうっと膨れながら先輩の横に行く。


「よし、帰ろ」

「はい」


先輩が、またそっと手を取った。

それと同時に、全身の血液がどくどくと音を立て始める。

この時間が、期限付きじゃなくてもっともっと続いてほしい。


――そう思ったら、不思議と握る手の力が強くなった。

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