初恋のネタバレ

ほしレモン

第1話 期限付きの初恋

「ね、じゃあ試しに1週間、おれたち仮の恋人にならない?」


 ずっと好きだった先輩から、冗談なのか本気なのか分からないセリフを言われました。


 ―――


 小さなパソコンを前に、うーんと頭をひねる。

 私が所属する文芸部は、2か月に一つ、テーマにそった短編を書くことになっていて、私の場合は趣味で小説投稿サイトにもあげていた。


 今回は恋愛小説をテーマに短編を書く話になっていて、あと3週間後くらいまでには書ききらないといけないからかなり大変だ。


 私たちの所属する文芸部。部員は5人。

 でも、毎日来ているのは私――早緑胡桃さみどりくるみ――と……。


「胡桃ちゃん、進んだ?」

「それが……なかなかうまくいかないんですよね……」


 藍野あいの先輩――藍野柊斗あいのしゅうと――のふたり。

 常に笑顔を絶やさず、ノリのいい藍野先輩。クラスの中でもたまに話題に上がっている。

 文芸部で活動してるのは、基本的にこの二人。廃部せずに活動できているのは、幽霊部員となった1年生の子たちのおかげだ。

 来年になったら先輩は卒業して、私は3年生。一人になったらどうするのだろうか。


 奥の部屋から出てきた藍野先輩に真っ白なパソコン画面を見せる。

 それを見て、「がんばれがんばれ」と頭をポンポンしながら横に立った先輩に、鼓動が速くなっていくのを感じて慌てて話題を振る。


「藍野先輩こそ書き終わったんですか? 最近何も書いてませんでしたけど……」

「うん、けっこー前に終わってるよ」

「う、嘘……」


 せっかく一緒に考える仲間がいたと思ったのに。

 にっこりと人懐っこい笑顔で笑ってくる藍野先輩に、「先輩ずるいです!」と反論する。

「ずるいって、おれなんもしてないし―?」とへらへらと手を振りながら、いつもの定位置である日当たりのいい小さな椅子に座り込んだ。


「先輩、なんで恋愛小説をテーマにしたんですか~……そのせいで今こうしてつまってるんです!」

「ん~、ま、恋愛の方が受けいいし」

「うぐっ」


 否定はしない、けど……。


 恋愛小説書いてみてよ、と言われ、先輩が書くなら、と答えたあの時の私。

 いつもは日常的なドラマを書いていて、恋愛要素なんかあって2割程度だ。

 そんなの書けるわけないのに、なんで答えちゃったんだろう。バカすぎる。

            

「私、恋愛小説なんて書いたことないし、どうやって書くかさっぱりなんですが……」

「ん~、なるほど、それが悩み?」


 悔しいけどその通りだ。

 先輩が「そうだな~」とぶつぶつ言っているのを聞きながら、そっとパソコンを操作する。

 『シュウト』というユーザーのホーム画面に飛び、最新作の欄をクリック。


 ――『いつの間にか僕は惹かれていました。』


 先輩の書いた小説は、その一文から始まっていた。


 さっと読み進めると、どうやら部活物の恋愛っぽい。

 最初の部分を読んだだけでも、絶対この話は面白いと断言できた。


 先輩の書く小説はやさしい情景描写に加え、共感できるという声が多数上がるくらい感情移入できる主人公が人気を集めている。


「あ~、胡桃ちゃん、それ!」

「それ?」

 

 イスに座って本を開きかけた藍野先輩が、なぜか慌てたように近づいてきた。

 突然の大声に、私はキョトンと首を傾ける。


「けっこー前から言ってるけど、おれの書いた小説目の前で読まないのー」

「……参考にしてます」

「だーめっ! 恋愛小説とか今まで以上にはずいから!」

「じゃあアイデアをください‼」

「そーいうのは降ってくるから、自然と」

「降ってこないんですってば~っ! ここ2、3日格闘してましたよ⁉」


 あ~これじゃあ兄弟げんかだ。

 ぶうっと膨れながら、先輩の書いた読みかけの小説のページを消して、さっきと同じ真っ白な画面に戻る。


「胡桃ちゃん、あと3週間で恋すれば?」

「無理です! 藍野先輩、いいですか、恋っていうのはしようと思ってできるものじゃないんです! お互いが時間をかけてゆっくりゆっくり好きになっていくんです。まぁ一目惚れもあるかもしれませんけど!」

「おお、よく知ってんじゃん。……好きな人いるの?」


 先輩に興味津々といったふうに聞かれて、言葉に詰まった。

 それと同時に、頭にふわっとある男子の顔が浮かぶ。

 ぎゅうっと胸がつまって、溜まり続けた想いが溢れてくる。

 

 先輩からまさかこんなこと聞かれるなんて……墓穴掘った……。

 3秒前の発言に後悔しながら、言うわけないじゃないですか、と口を開きかけ—―たところに、先輩の声が重なった。


「ごめんごめん、からかっただけだから」

「~~! 先輩!」


私は深く追及されなかったことに胸をおろしながら、1ミリも反省していなさそうな先輩をじろっと睨む


「ん~、恋愛小説をどう書くか、かぁ……それじゃあおすすめの本あるけど貸す?」

「どんな話ですか?」

「主人公は幼馴染のことが好きで、でも幼馴染の壁が超えられなくて告白できなくて……ま、そのあと幼馴染と一緒にかわいい女子が歩いてるのを見て、やっぱり好きなんだなって自覚して……。でも、実はその幼馴染が――」

「先輩⁉ ネタバレしすぎです!」

「え、だって胡桃ちゃんが内容教えてって言ったんじゃん」

「そうですけどっ。限度があります、限度が」


先輩もかなりの本好き。ならネタバレをするという罪の大きさを知ってるはず……!

シラーッとした目で先輩を見ると、また「ごめーん」と軽い調子であやまられた。

絶対反省してないですよね……⁉ 

プイッと顔を背けて、私はまた真っ白な画面に向き直る。


「ね、じゃあ試しに1週間、おれたち仮の恋人にならない?」

「へ?」

「1週間恋人のフリ。そうすれば不思議とアイデアが降ってくると思うし」

「先輩⁉」

「非日常的なことが起こるとポンポンアイデア出てくるよ」


 「もちろん胡桃ちゃんがよければだけどね」といつもの調子で進めてきた先輩に、私は今言われた言葉の意味を理解する。

 

……確かに今まで、いろいろなところに行ってみたり、ピクニックに行ってみたり、そういうことをしたのはあった。――もっとも、部員がたくさんいた時の話だけど。


 で、先輩から――仮のこっ、恋人に――。

 私が驚いて固まっている最中にも、先輩は一人で話し続ける。


「まずはお試し。どう?」


 いや、消しゴム貸す?みたいなノリで言わないでください!


 意図が読めない、先輩の考えていることが分からない。

 本気なのか、いつもの冗談か。


「せ、先輩はっ……」


『聞いていたんですか! さっき私が言ったこと! 恋人も「付き合おう」「はい」で簡単に成り立つものじゃないんです!』


 という言葉を何とか飲み込んで、ぎゅっと固めた拳を見つめる。


「冗談もいい加減にしてくださいっ……!」

「へえ? 冗談だと思った?」

「なっ⁉」

「返事、聞かせてよ」

「せっ、先輩はいいんですか⁉ か、彼女だってい……」

「あーよく言われる。残念だけど彼女はいませーん」


ひらひらと顔の前で手を振る先輩に、最後の質問をぶつける。


「……『は』ってことは、好きな人はいるんですか」

「ん~? どーだろーねー?」

「じゃあいるってことですよね。それなら今の話は成立しません。万が一、万万が一ですけど、もしもしもしもし私が」

「なんかくどいね」

「仮の彼女になったら、ですけど」

「うん」

「先輩はその人を想いながら、仮だけど恋人を作るということで、それは先輩にとっても、その想われてる人にとっても、わたしにとっても良くないです」

「なるほど」


藍野先輩はうんうんと相槌を打ちながら、手に持っていた本を閉じてうーんと考え込むようなしぐさをした。


「……じゃあ一つだけ言うね」

「……」

「胡桃ちゃんのことが大切だから」

「え」


先輩……?

理由になってないですよ。私が聞いた質問の答えになってないです。

そう言いたいのを何とかこらえて、握りこぶしをさらに強く握りしめた。


そんなこと言われたら、期待しちゃいますよ?

自惚れかもしれないけど、期待してもいいですか?


「……1週間」

「うん?」

「仮の恋人、やってもいいです」

「よし、じゃ~決まりっ。今日から1週間。つまり1週間限定の恋人ってことね。よろしく」

「……はい」


 1週間。期限付きの恋人ごっこが、始まりました。


 ―――


 そして、藍野先輩と仮の恋人となり、1日目が終わろうとしてる。

 恋人って言ってるけど、実際学年も違うわけで、恋人らしいことをしたと言えば……昨日の帰り、一緒に帰ったこと。


 ……まさか一緒に帰れるなんて、思ってもみなかった。しかも、そのあと創作の話もしたり本の話で盛り上がったりして……もうそれだけで十分だった。


「胡桃ちゃんどんな?」

「相変わらずです」

「ゼロ?」

「ゼロです」


 私の声に、「そっかー」と笑う紺野先輩。

 そっかーじゃないんですってば。

 先輩は感性のままに書けるかもしんないけど、私は無理なんですよーっ。


 意味もなくマウスを動かして、真っ白な画面の中にある矢印をぐるぐる移動させる。

 パッとパソコン内の時計を見ると、活動時間の終了まであと20分だった。

 今日はなにも思いつかないオチかな、と一人でぼーっとしていたら、後ろから私の横に顔を出して顔をじーっと見つめられた。


「よし、胡桃ちゃん」

「何ですか先輩」

「帰ろう」

「何言ってんですかっ? あと20分もありますよ⁉」

「いーのいーの。ネタ思いつかない日はさー、パッとどこかで気分転換。どう?」


 ニコンにこの笑顔で尋ねられて、きゅうっと胸が締め付けられていくのを感じながら小さくうなずく。

 先輩の考えにすぐ乗ったと思われたくなくて、「たまにはいいかもしれないです」と言いながらパソコンの電源をそっと切った。


「じゃ~決まり。さっ、行こ」


 さっと掴まれた手。

 昨日も手は繋がなかったのに、手をつなぐのは相当ハードルが高いのに、それを照れる様子1つ見せずに簡単にやり遂げてしまう藍野先輩に。


 どうしようもなく惹かれて、思いがまた膨らんだ気がした。


 ——先輩、好きです。

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