第5話 深川めし

 前回はクマイさんが大量に買ってきたスーパーの見切り品のアサリをとにかく砂抜きし、フライパンで殻を開かせて、むき身とエキスに分けておいた。今回は、これを使ってアサリ料理第一弾として「和」のアサリ料理である「深川めし」を作っていくことにする。


「……と、言うわけで今日はアサリ料理の第一弾、『深川めし』をつくるよ!」

「これって、アサリの炊き込みご飯ですよねぇ?なんで『深川』って言うんですかねぇ?」

「深川ってのは現在の東京都江東区の西側、今でも深川という地名で残ってるけど、どうやら江戸時代はアサリやハマグリ、カキやアオヤギなんかの貝類の名産地だったみたいだな!」


 ここは僕が答えるパートか!と、思いきや、池波正太郎とかをよく読んでいる兄のクロイが割って入ってきた。


「貝を取っていた漁師のまかないご飯が『深川めし』で、当然貝を使うんだけど、界の味噌汁をごはんにかけたいわゆる『ぶっかけめし』のバージョンと、今回作る炊き込みご飯のバージョンがあるみたいだね!」

「どっちが正統なんでしょうねぇ?」

「たぶん、漁師飯だからぶっかけめしだと思うよ!ただ、家庭で作るには炊き込みご飯の方が美味しいから、こっちを紹介しようと思うんだ!」

「ガスコンロでご飯を炊く方法も紹介するぜ!」


「とりあえず、材料紹介いくよ!」


材料

・アサリむき身 120g (殻付きアサリ 400g相当)

・アサリエキス 150㎖ (第4話で作ったもの)

・米 2合

・日本酒 大さじ1

・みりん 大さじ1

・水 150㎖程度 ※味を見て調整

・醤油 大さじ1程度 ※味を見て調整

・昆布 5g程度

・長ネギ 5㎝程度

・しょうが 1かけ


「アサリが主役ですが、やはり深川めしと言えば長ネギも欠かせないですねぇ。お味噌汁のバージョンでも長ネギはマストですしね!」

「長ネギも江戸では江東区の砂村が発祥だからな!そこから千住や品川での栽培が発達していったんだぜ!関東では白い部分が長いネギが珍重されたんで、これが今の長ネギになっていったんだぜ」

「地域で獲れる魚介類と農作物を使ったお料理なんですねぇ!」


「じゃあ、さっそく作り方に入るよっ!」


 この2人を放っておくと、江戸時代の食事や地理の話でこの話全てが終わってしまいかねないので、2人の会話は強制終了させて作業に入る。


「お米は乾燥した状態でカップで2合を計って、米が割れないように水で優しく、繰り返し洗って、夏なら30分、冬なら1時間は浸水させてね!」

「クロジ、何か浸水の目安はあるのか?」

「お米が十分に給水すると白くなるので、それを目安にするといいね。時間がたったらざるにあげて水を切っておいてね。この状態を『洗い米』と言うんだ」


 浸水済の米の水を切った「洗い米」はポリ袋に入れておけは冷蔵庫で数日はもつので、まとめて作っておく手もある。


「それじゃあ、これを炊くための調味液を作っていくけど、量はどのくらいにすればいいか、わかる?」

「炊飯器では、既定の位置までお水を入れるだけなんで、改めて言われるとわからないですねぇ……」

「平らにならした米の上に手のひらを置いて、手首の関節の節目くらい位置じゃねえのか?」

「兄貴、そういう池波正太郎的な覚え方は逆にわかりにくいよ!これは、覚え方は簡単で、容積で米と等量なんだ。つまり、米一合なら水一合、米二合なら水二合と覚えればいいよ」

「一升が1.8ℓ、一升は十合ですから、つまり一合は180㎖ですねぇ!」

「そう、だから今回は、日本酒、みりん、醤油、そして水を入れて全体を360㎖にあわせればいいんだ!」


 ここで、「材料」の項目で、水と醤油が「味を見て調整」になっている理由がわかってくる。一番重要なのは塩分濃度なので、これは最終的に味を見て調整するのが一番簡単だからだ。そして、アサリは個体によって抱えている塩分が異なるので、レシピで一律に醤油の量を決めてしまうよりも味を見て決めた方が確実なのだ。


「じゃあ、ここで全体を360㎖にまとめるんだけど、規定通り入れるとだいたい345㎖くらいになるよね、いったんここで味を見よう!」

「うーん、塩辛くねぇか?」

「お吸い物として飲むには、ちょっと塩辛いですねぇ……」

「だいたいこれくらいが丁度いいんだ、お吸い物として美味しいくらいの味で炊くと、炊き込みご飯としては味が薄すぎるので、『お吸い物としは塩辛い』くらいを目指して味を調整して、あとは水を入れて量を合わせよう!」


 計量することは料理にとって非常に重要だが、逆に臨機応変に対応する能力がなくなることにもつながる。なので、計量を活用しながらも、体感で覚えられるもの、たとえば塩味の強さとか、油の跳ねる音などでタイミングを計る感覚を養うことも大切なのだ。


「逆に、薄い場合はどうすれば良いんですかねぇ?」

「お醤油を足してもいいし、お塩で塩分をつければ容積はあまり変化しないよ!」

「容積360㎖にあわせるから、容積変化が少ないのは便利だな!」

「もし余ってしまったら余分な量のお出汁はよけておいて、炒め物に使ったり、お味噌汁に混ぜたりすればいいよ!」


 調味液が完成したので、これを使ってご飯を炊いていく。今回は茹でたむき身のアサリは一緒に炊き込むと固くなるので炊き込まず、アサリエキスと醤油の味がついた調味液だけで炊いていく。


「むき身のアサリは、ちょっとだけ醤油をふりかけておいて、炊けた直後に混ぜるよ!」

「ほんのちょっと、風味付け程度でいいですからねぇ」

「早く、火加減について教えてくれよ!」


 いきなり火にかける前に、いろいろと前提条件を説明しておかなければならない。


「ガス火でご飯を炊くときには、できるだけ厚みのある鍋を使った方がいいんだ!ご飯を炊く目的なら『文化鍋』を使うのが一番ベストだけど、それ以外にも最近流行りのヨーロッパ系の鋳物のホーロー鍋とか、厚手のステンレス片手鍋でもいいし、なければ普通に売ってるお鍋でもいいよ!今回は土鍋は使わないからね!今回は、うちで使ってる文化鍋で炊飯するよ!」


 ここでまた、兄貴とクマイさんの眼がキラっと光ってしまった。


「文化鍋と言えば、戦時中に開発が始まった炊飯用の鍋ですねぇ……」

「ああ、関東軽金属鋳物鋳造株式会社かんとうけいきんぞくいものちゅうぞうかぶしきがいしゃで考案された、炊飯しやすさを考えた鍋だぜ!」

「肉厚のアルミニウムで高い熱伝導をもちながらも熱容量が大きく、蓋の周りにふちをつけたことで沸騰時の吹きこぼれを防ぐ構造ですねぇ……」

「凝結した水蒸気がシール材になるので密閉性も高いし、蓋の重さで軽く圧力もかかるんだよな」

「せっかく開発したにもかかわらず、戦時中は航空機の生産にも支障をきたすほどのアルミニウム不足で……うぅ……技術者の皆さんの苦労が……」

「クマイ!泣くな!高度経済成長期に爆発的に普及して、戦後ニッポン経済を腹から支えたんだ!」


「ま、そういうわけで、できれば肉厚の重い鍋を使うのがおススメだよ!」


 ご飯を炊くだけで二千字も三千字も使われてはたまらないので強制終了とする。クッ〇パッドの文字数制限が厳しいのもよくわかる。あのプラットホームを利用して、料理エッセイでも書かれた日にはたまったものではないだろう。


「……で、肝心の火加減の話だよな。初めチョロチョロ、中パッパ……っていうじゃねぇか。

「うん、それは竈での話で、ガス火で炊くときは最初は強めの中火から行くよ!」

「なにか、目安はあるんですかねぇ?」

「まず、炊飯には基本的に以下の3つのフェーズがあるので、フェーズに合わせて火を調節するんだ!」


炊飯の3フェーズ

・第1フェーズ 沸騰させるまでの火加減

・第2フェーズ 水分を無くすまでの火加減

・第3フェーズ 蒸らし (火は止める)


「……で、この第1フェーズでは、沸騰までの時間ができあがりのご飯の食味に関係して、10分を基準として速く沸騰すれば固め、ゆっくり沸騰すればやわらかめのご飯になるんだ!」

「ここで、好みに応じて火加減をきめるんですねぇ!」

「なんで10分が基準なんだ?」

「東京ガスの研究によると、10分で沸騰させた米が柔らかさ、甘みともに最もバランスが取れてるかららしいよ!あとは好みを見つけるのもいいよね!」

「いろいろあるんですねぇ……」

「沸騰するまでは蓋を取って確認してもOKだから、好きな食感に炊ける火加減を研究すると面白いと思うよ!」

「あと、ここで昆布を入れるんですね!」

「そう、さっきの調味液360㎖と、昆布をいれて、中火にかけるよ!」


 火をつけて約10分、蓋を開けて沸騰が確認されたので、第2フェーズに移る。


「ここは水分を飛ばすフェーズなので、かなり弱火にしてじっくりと炊いていくよ!時間はだいたい12~15分くらいで良いと思うよ!」

「長くやると、おこげができるんですかねぇ?」

「おこげ、美味しいよな!あとで鍋を洗うのがめんどくさいけど」

「実はね、最近のガスコンロは底面温度が250℃になると自動消火されるようになってるんだ。だから、弱火にしてタイマーをかけて、それよりも早くに自動消火されることが多いんだ」

「それで、大丈夫なんですか?」

「うん、水分が残っているうちは鍋の底面温度は100℃ちょっと以上あがらないけど、水分がなくなるとすぐに上昇するんだ。そうしたら自動消火されるので、これだとおこげも出来ずふっくら炊けるよ!」

「良く出来てるもんだなぁ!」

「ただ、土鍋だけは熱伝導率が金属と比べて格段に低いので、このやり方が使えない。だから、今回は土鍋は使わないと宣言したんだ」

「なるほどですねぇ」


 これで、第3フェーズにうつる。


「第3フェーズは火を止めて、15分間蓋を取らずに蒸す。これだけだよ!」

「赤子泣いても蓋とるな、って言うからな」

「ふっくらとさせるために、大事な工程なんですねぇ」


 ここはもう火を消してひたすら待つだけなので、ここで最後に残った作業をやってしまう。


「じゃあ、ここで長ネギの白い部分を細く切って『白髪ネギ』を作って、しょうがも細く切って『針しょうが』にするよっ!」

「じゃあ、ボクがネギをやるので、クロイさんはしょうがをお願いします」

「おう!まかせとけ!」


 そうこうするうちに第3フェーズの蒸らしが終わったので、おもむろに文化鍋の蓋を取る。モワッと蒸気が立ち上り、アサリと昆布の混じった磯の香りが立ち上る。


「旨そうだぜ……」

「美味しそうですねぇ……」

「アサリを混ぜていくよっ!最初にご飯を切るように、しゃもじで十字に切り込みを入れて、底から返すように混ぜる!そこにアサリをいれて、全体をほぐすよっ!」


 粘りが出ないように切るように混ぜ、アサリを全体にいきわたらせる。


「じゃあ、完成した深川めしをお椀によそって、さっきの白髪ネギと針しょうがをトッピングして食べよう!」

「アサリがプリプリして、たまらないですねぇ‼」

「旨くて旨くて笑っちまうぜ!」

「アサリの旨味と昆布の旨味がひきたてあって、程よい塩加減のご飯が本当に美味しいよね!いつも通り最後にまとめるので、みなさんも作ってみてください!」


【作り方のまとめ】


※まとめでは、殻付きアサリを蒸すところからまとめる


材料

・殻付きアサリ 400g

・米 2合

・日本酒 大さじ1

・みりん 大さじ1

・水 150㎖程度 ※味を見て調整

・醤油 大さじ1程度 ※味を見て調整

・昆布 5g程度

・長ネギ 5㎝程度

・しょうが 1かけ


 殻付きアサリをバットに並べ、3.5%の食塩水(水500㎖に塩大さじ1)に浸し、上におおいをかけて1時間以上砂抜きする。


 米は洗ってぬかを取り、白くなるまで浸水させてザルにあげ、水気を切っておく。


 砂抜きが終わったアサリの殻をあらい、フライパンに並べて日本酒を100㎖程度いれ、蓋をして強火で蒸し、殻を開かせる。


 殻が開いたアサリは貝柱をキッチンばさみで切ってむき身にする。フライパンのエキスは集めておく。むき身は醤油少量で味付けしておく。


 集めたエキスに日本酒、みりん、醤油、水を加えて、だいたい360㎖にする。


 醤油、塩で味を調整しながら、「お吸い物には塩辛い」程度の塩加減の360㎖の調味液を作る。


 米と調味液を混ぜて厚手の鍋に入れ、中火で10分かけて沸騰させる。


 沸騰したら、ごく弱火にして12~15分維持する。ガスコンロの消火機能で消えたらその時点から蒸らしを開始する。


 火を消して15分間、蓋を取らずに炊けたごはんを蒸らす。


 長ネギとしょうがを細切りにし、薬味を作る。


 蒸らしが終わったご飯のふたを開け、ご飯にしゃもじで十字に切り込みを入れ、鍋の底から返すようにまぜ、アサリのむき身をいれる。


 粘りが出ないように切るようにしながらアサリを均等に混ぜる。


 ご飯を器によそい、薬味のネギとしょうがをのせて頂く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る