第9話 解剖学世界少女と星空

——————『傭兵団アールのリーダーとして、デラージ家の末席として頼む。

ウィンストン研究所の惑星反逆罪疑いの捜査に協力してくれ』


アーニーは結局、ライアンの言葉に何も言えなかった。

不安要素や不明要素が大きかったというのも、ある。

しかしそれ以上に、ライアンの真剣な表情と視線に圧倒されていたのだ。


そのまま気まずい沈黙が満ちるが、エディが「今すぐに決めなくていい」と言ってくれたお陰で、いったん話し合いは解散となった。

今アーニーは、ルーシーの甲板にてハルピュイアイの日没をぼんやりと眺めている。


アームヘッド、イホウンデーの遭遇と度重なる戦闘のせいで、1日が数日に感じられるような、それでいてもう日没を迎えたのが信じられないような、不思議な気持ちに陥っていた。

そのうえ、惑星全体を巻き込むような犯罪に一方的に関与させられていると言われたのだ。頭が追い付かないのも当然といえるだろう。


そう、1日。たった1日で、アーニーの運命は大きく変わってしまった。

昨日までは、いや、今朝足を滑らせるまでは、しがないジャンクあさりだった。

今や星の陰謀らしきものに巻き込まれるお尋ね者だ。


自分の立ち位置を改めて確認して、気が遠くなるのを感じながら空を見上げる。

そこには美しい星々が控えめに輝いていた。


—————そういえば下層区では、こんなもの見られなかったな。


上層区を大樹の幹と枝とするなら、下層区は根だ。

下層区民は、いじらしくもその根っこに住み着き、食い荒らす生き物といえるだろう

夜の大樹は常に輝きを発しているため、周りの明かりはかき消されてしまう。

—————ちょうど、そこで暮らす人々の命の様に。


—————『ママはああいっているけど、本当にみんなのことを大切に思っているのよ』

—————『だからお願い、アーニー。いえ、ピーター』

—————『ママにひどいことを言わないで。大切にしてあげて』


脳裏にティーンくらいの少女の声がこだまする。

ぼんやりと、背中に薄い鱗のような飾りをつけた女の姿が、ぼんやりと浮かぶ。

それと共に額に痛みが走り、アーニーは思わず顔をしかめた。


「だいじょーぶ?くすりいる?」


脳裏にこだまする声とはある意味真逆の、能天気で可愛らしい声が右下から聞こえた。

ゆっくり目を向けると、星のように明るい金髪が目に入る。


「……チナツ」

「そだよー。ちーだよ。アーニー、だいじょぶ?」


チナツはアーニーを気遣いつつ、隣に立って星空に目を向ける。


「なんかさー、いきなり過ぎたよねー。いろいろ。

ちーもまだちょっとだけ混乱してる。

だからさ、アーニーもそうなんじゃん?って思って—」

「……多分、問題ない。あっち行ってろ」


忌々しいと言わんばかりに、アーニーはチナツに向かって手を振った。

チナツはそんなアーニーの顔を、お前の事情は知らないと言わんばかりに覗きこもうとする。

先ほどの気遣いが、それこそ明後日の方向にすっ飛んでることにイラ立ちながらチナツを見る。

瞬間、息を呑んだ。


出会ってすぐだが、天真爛漫な少女だと思っていた。

しかし、目の前にいる少女型ガイノイドは、その印象とは大きく違う表情を浮かべていた。

口元こそ笑みの形を作っているが、目はまっすぐで、それでいながら表情が読めない。

まるで心の奥、いや、自分ですら知らない部分まで見透かされそうな表情が、人形めいた美しい顔に浮かんでいる。

まるでローティーンの少女の中に、老獪な人格が宿っているような錯覚すら覚える。

あるいは、永遠の時間を生き抜いてきた人形か。


「やっとちーと、目ぇあわせてくれたね」


息を呑んだまま固まっているアーニーをそのままに、いたずらっぽく笑う。

からかうというよりは、アーニーの『在り様』そのものを皮肉って居るようにすら感じた。


これまでのアーニーだったら、それを読み取る前に威嚇するか、殴るかで片付けていただろう。

彼にとって、自分より弱い者とのコミュニケーションはそういうものだ。

しかし、チナツにはなぜかそれができなかった。

森の中にある、静かに澄んだ泉のような目から、目を離せない。


「アーニーはさ、なんかコワがってるよね。

ちーみたいなの、コワい?

コワくてもさ、じつはそれ、ふつーだから。

ちー、ダーリンのとこくるまでさ、ずっとそうだったから」


だから、アーニーがコワいなーって思っても、だいじょぶだよ!


そういうとチナツは手を一度天に向け、そのままゆっくりと踊るように回転しながら横に広げていった。

ハルピュイアイの夜には少々寒い、簡素な白いワンピースがチナツの動きに合わせてふわりと舞う。


星がそのまま人の形をとったような美少女が、空飛ぶ船の上で花の様に踊る。


幻想的な光景だが、アーニーはチナツの指摘に完全にフリーズしていた。


—————怖い?俺が?チナツを?


そんな気は、一切無かった。

自分より弱い者を怖がっていることにすら、思い当たらなかった。

下層区のでいえば「ナメられている」と言われるような指摘に動けないでいるのは、その指摘がしっくりきてしまったからだ。


ふわふわと踊りながら、チナツがアーニーの元に戻ってくる。


「アーニーはさ、ちーだけがコワいんじゃないよね。

たぶん、おじーちゃん以外はさ、ほんとはやなんじゃない?

それとなーく、みんなからはなれてるよね。

まあ、アールのメンバーはみんななんかちがう感じするからかもだけど。

それでもさ、だれかしらみんななかよく?なろーとするんだよ」


無邪気なチナツのまっすぐな目に、嘲りとも捉えられそうな光が灯る。


「つよいヤツがこわい人は、ちーに。

ぜったい強いヤツのかげにいたい人は、ダーリンに。

じぶんで考えたりなんかやったりするのがきらいな人は、エディに。

りふじんなヤツにしかられて、これでいいんだって思いこみたい人は、リズに。


みーんな、かってに思いこんで、やってもらおうとして、うまくいかないの!」


アーニーの脳裏に、イホウンデーとともに倒した生き物の出来損ないが頭に浮かぶ。


「……お前ら、それでいいのか。

ムカつかないのか、そんな奴らばっかりで」

「んー、別に?

だってこれって、そいつらのかってな思いこみじゃん?

ちーたち、かんけーないよ。

だから、ちーたちも好きにする」

「でも、ほら、あれだろ、思い通りにならなくて殴りかかってきたり、泣き出したり…」


チナツの思っても見ない、あっけらかんとした返事にアーニーは困惑した。

と同時に、その頭に先ほどまで感じていた頭痛が再び走る。

今度は青いドレスを着た女の姿がぼんやりと浮かんだ。

その瞬間、言葉にならない怒りが走り、目を見開く。

思わず頭をおさえてしゃがみ込むと、こめかみにひんやりとした感触があった。


顔をあげると、どこか悠然とした頬笑みを浮かべたチナツがいた。


「だいじょぶ?

なんかやなこと、思いだしちゃったみたいだね。

アーニーもなんか、たいへんだったんだ」

「……。分からない。大変かなんて」

「なんかやなことたくさん思いだしたり、いやな奴がすることわかるようになるのって、たいへんな目にあわないとムリじゃん?

多分アーニー、むかしとかにたいへんな目にあったんだよ」

「……どうしてそんなこと、分かるんだ。

セラピスト機能でも搭載してんのか、お前」

「んーん。そういうのはいれてなーい。

ちーの頭にはいってんのは、ルーシーとかおしごとのためのきのーだけだよ。

これね、ちー生まれつきなの」


得意そうな表情を浮かべながら、チナツは指を拳銃に見立てる動作をしながら側頭部をコツコツと叩く。


「ちーね、造られたときから、なんかまわりの人がなに考えてるかとか、いっしょうけんめー目をそらしてることとかが分かるの。

なんかね、あと、いやなことありそうだなーとか、ぎゃくにいいことありそう!ってのも分かるよ!

なんていうの、予知のーりょく?っていうのとはまたちがうんだってー」

「そんな機能つけられたのか?」

「だからー、ちがうんだって!

けんきゅーじょもそんなきのー、ちーにつけてなかったの!

なのに、ちー、なんかいろいろ分かんの!

だからさ、造られてから、ダーリンの前にもちーをもらおうとしてくれた人、いたんだけど。

なんかその人たちに声かけたら、みんなちーのこと、ビビっちゃって。

ちーね、けんきゅーじょの在庫?そーこってところでとかよばれてたんだよ!

すごくない?」

「要は不良在庫だったのか、お前」

「ひどーい!!そんなんじゃないもん!しょぶんされてないし!ちー、ダーリンのだし!」


さっきの超然とした態度はどこへやら、チナツは目をむきながら怒り、右足で甲板をダンダンと踏みつけた。

しばらくして満足したのか、手を後ろに組んでアーニーの顔をまた覗き込む。


「アーニーはさ、さっきもいったけど、コワいんだよね、人が。

むりやりたいへんな思いさせられて、でもだれも分かってくれなくて。

もうにどとそんな目にあいたくないから、いっしょうけんめー抗ってるんだ。

もっというとさ、アーニーはきっと、選びたいんだね」

「……どういう、ことだよ」

「アーニーはさ『これ!』って思えるものがほしいんだよ。

いままでそんなものなかったけど、まわりのヤツらはみんな持ってて。

それが、うらやましいし、もらえなかったからくやしいんだね」

「……」


アーニーは今度こそ、何も言えなくなった。

チナツから顔を逸らすように、ルーシーの甲板へ目を向ける。


—————俺は、怒っている。それは認める。イホウンデーが、教えてくれた。

—————でも、それだけではない?俺は、うらやましいのか?怖いのか?


「俺、は、何が、ほしいんだ?

何を、うらやましがっているんだ……?」

「それをみつけるのが、じんせーってやつじゃないかなー。

でもさ、イホウンデーがいるならだいじょぶだね!きっとみつかるよ!なんか!」


家の返り方を忘れた子どものように途方に暮れていたアーニーに、チナツは歯を見せてニカッと笑う。


「答えになっていない」

「いや、いくらちーでも、アーニーのほしいものなんて分からないよ。

ちー、アーニーじゃないもん」

「……そういえば、そうだな……。

いや、俺は何を言っている……?」

「まだ分かんないんだね。

まあ、ちーもよく分かるよー、そういうとき。

このまえもさー、エディがお金によゆーできたから、すきなもの買っていいよっていってくれたとき、ちーなに買いたいか分かんなくなったもん」

「生活用品の買い出し、それも嗜好品とは違うだろう……」

「えー、おんなじだよ!

あ、そんときは分かんなかったけどさ、ちゃんとちーもほしいものみつけたし。

そういうもんだって!みんな考えすぎ!急ぎすぎ!アーニーもいっしょ!」

「そうなのか…?」

「そうそう!

ほんとうは、みんな分かってる。

じぶんのほしいものも、コワいものも。

でも、それを見ちゃうとたぶん、セカイとかなんかそういうものが、変わっちゃうって思いこんでるんだろうね。

ちー、さっきアーニーがコワがってるっていったけどさー。

コレ、アーニーだけじゃないよ。

みんな『選ぶ』ことがコワいんだよ!」


くるくると表情を変えながら、少女型ガイノイドはアーニーの疑問に真理のような、それっぽく見えるような与太を吐いていく。

アーニーは呆然としながら、それでいてどこか腑に落ちるような感覚を覚えながら、受け入れていた。


「……。お前には、何が見えているんだ?」


アーニーの問いに、チナツは得意げな表情のまま振り返り、唇に人差し指を指しながら伝える。


「世界。

ちーには世界がみえてるの。

でもね、ほんとはみんな、おなじものがみえているの。

みんな、ほんとのことが、セカイがコワいから、いっしょうけんめー見ないフリしてる。

ちーはただ、正直なだけ」


少女型ガイノイドは、いたずらっぽく笑ってアーニーを見た。

その表情は、どこかローティーンの見た目よりもずっと大人びて見えるものだった。


「世界、か……。

はは、そりゃすごいな」

「アーニーもそのいちぶだよ?」

「……俺も?」

「そうだよ!

ちゃんといるよ、アーニー!ちーの目のまえにいるじゃん!

んでさ、イホウンデーとつながってるから、イホウンデーのセカイにもいるよね!」


チナツの言葉に、谷底のドックを抜けてたどり着いたクリアグリーンの海とそこに咲く紫の花の感触がよみがえる。

その感覚のままに、先ほどまで迷子のようにおぼつかなかったアーニーの目に、光が宿る。


「……なんか、だいじょぶぽくなったね、アーニー。よかった!」


チナツはもう一度ニカッっと笑うと、ルーシーの船内に入っていこうとした。

船内ドックに少し入った場所にある『ザイダン』製アームヘッドの傍で、何かを思いだしたように振り返り、アーニーに向かって声をかける。


「もう少ししたらゆうごはんできるってー!!」


—————このまま突っ立ってても、逆に迷惑をかけるだけだろう。


アーニーは自分のなかに沸いた疑問を一旦押しのけ、現実へと足を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハルピュイア達の咆哮の中で 星田 ヤチヨ @yatiyo720

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ