祝祭にありて歌姫に寄する歌 10

 いつの間にかメッセからミクの存在が消えていた。突然のことに驚いた自分は杏奈にメッセを送る。

「ミクちゃんと連絡が取れなくなったんだけど、何か知らない?」

「私も同じ、突然連絡が取れなくなった」

「他に彼女との連絡方法は?」

「……ない。どうしようもない」

「どうしたんだろう」

「わからないよ、こっちだって」

「そうか……」

「うん」

「それで、君はこれからも広場には行くのかい」

「もう、いかない、私のためというより、むしろあの子のためだったし」

「そうか」

 ミクと杏奈、どちらもどちらを思いやっていたのだなと思った。


 こうして、少し変わった日々は終わりを告げた。自分は不幸な記事を書き続け、やがて、いつものように摩耗していった。そんなときだった、不幸を集め続ける、ある記者の取材に目がとまったのは。 


 仮想の歌姫に仮託した思い。難病の少女の最後の日々。


 ドキリとした。


 自分はその取材ノートをゆっくりと読んだ。それでわかった、これはあのミクのことだと。


 それはありきたりな物語だったかもしれない。難病の子が、死に瀕して何者かにすがった、それが機械音声で仮想化された少女だった、それだけのこと。

 

 たとえば、同じ歌をあげ続けていた。杏奈と歌っていたあの歌だ。自分はその全てを再生した。いつもの機械音声を被せた歌。けれどあげた日が新しくなるにつれてその声は少しずつ、かすれていき、やがて更新されなくなっていた。……無駄だと思ったのだろう。


 たとえば、ブログにはこんなことが書かれていた。

 親しくなった人たちと連絡をあえて絶ちました。

 もし、知ることがあったのなら、たまにはこんな変な奴がいたんだって思い出してくださいね。

 

 そしてこんなことも。

 わたしの人生も不幸な記事になるのかな。だったら、だったら、せめて幸せな終わりを、与えてほしい。


 ブログはやがて、明るい話題ばかりになった。

 生きてる、わたしへ。

 力強い言葉で、生を賛歌していた。つたない言葉で、彼女の生を肯定していた。自分はひどく申し訳ない気持ちになった。


 そして終わる。ありきたりな、『また明日』という言葉と共に。


 息をつく。

 

 ……。

 ……。


 自分は杏奈にメッセを送る。


「それで、記事にしたの」

「……」

「どうするの?」

「したよ、もう」

「そ」

 どこか突き放したような言葉があった。自分は杏奈に聞いてみる。

「ところで知っていたのかい、彼女の病気のこと」

「いろいろ考える中で、可能性としては」

「そうか」

「ごめん、私も少し考える」

「何について?」

「自分の生き方について」

 メッセは終わった。最後の言葉は、杏奈なりの強がりかもと思った。そして、メッセのやりとりは行われなくなり、会話画面は、ただ過去のログを映し出すだけの物になった。

 ただ、一つ変わったことがある。

 杏奈のプロフから『死に場所を探しています』という文言が無くなった。


 それは素敵なことで、自分は本当に良かったと思った。


 さあ、今度は自分の番だ。

 自分はあのミクの記事を最後に不幸をまき散らす仕事を辞めた。

 プロフに新しい文字を吹き込んだ。意味は無く、恥ずかしく、多分あり得ないような言葉。


(文筆依頼募集中)


 はは、ははは。

 自分でも笑っちゃうくらい滑稽な言葉は、だけどすっと胸になじんだ。


 今は軽作業をしながら、空いた時間に小説を書いている。依頼なんて来ないことは分かっている。

 でもそれは生きている証。自分があがいている証。きっと燦然と輝く。

 

 そして文章を書き始めた。ブログから、SNSや、それ専用のサイトまで。

 小説未満のつぎはぎだらけの、でも自分だけの言葉。

 初めは何も書けず、悩みながら、考えながら。


 それらはいつしか歌いながら、踊りながらになり、生を彩る賛歌となって、誰かの胸に届くだろう。


 届けばいいな。


 本当に、そう思っているんだ。

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祝祭にありて歌姫に寄する歌 陋巷の一翁 @remono1889

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