後編 悪徳令嬢は追放されたい!

 春になり、とうとう乙女ゲーム『ニーナの学園物語』の主人公であるニーナが、王立フォスター魔法学院に編入してきた。

 ニーナは早くに父を亡くし、母と二人で生活しているそうだ。

 世界でも珍しい光魔法を発現し、こんな中途半端な時期に学院に入学してきた。


 ニーナは体が小さく、ふんわりとした茶髪をしている。

 次は移動教室だと言うのに、今にも震え出しそうな雰囲気で席に座っていた。

 ジュリアはニーナに近づいた。


「ニーナさん、次は移動教室ですわよ」


 ニーナは怯えた目でジュリアを見た。


「そうなんですね。教えていただき、ありがとうございます。あの……」


 ジュリアは名乗っていないことに気がついた。


「わたくしはプレザンス公爵家のジュリアです。よろしくお願いしますね、ニーナさん」


 ニーナは立ち上がり、頭を下げた。


「ジュリア様、大変失礼いたしました」


 それからジュリアは思い出した。

 それはニーナが教室が分からなくて泣いているところを王太子のマイケルが見つけて助けるシーンだった。


 ――来たばかりですものね。当り前ですわ。


「早く支度をなさい。次の教室まで案内して差し上げます」


 ニーナはびっくりした顔をしたあと、慌てて移動の準備をはじめた。

 二人は廊下を歩いて行く。


「困ったことがあったら、わたくしに相談なさい」

「ありがとうございます、ジュリア様」


 ニーナは嬉しそうに笑った。



 ニーナが編入してきて一か月が経った頃、ジュリアはトーマスの訓練を受けるために中庭に来ていた。

 すると、中庭でニーナが数人の女生徒に絡まれているところに遭遇した。


 ――そういえば、殿下に作ってあげたお菓子をダメにされるイベントがありましたね。


 ジュリアはニーナたちのところに歩み寄る。


「なにをしているのですか?」


 女生徒がジュリアを見て驚いている。


「ジュリア様。いいえ、なんでもございませんわ」


 女生徒たちはバツが悪そうにその場を去っていった。

 ジュリアは地面に落ちたクッキーを眺める。


 ――そういえば、ニーナさんのお菓子は絶品だとか。


 ジュリアは箱を拾い上げて、そこに残っていたクッキーを食べる。


「美味しい!」


 公爵家の料理人が作るクッキーよりも美味しいかもしれない。

 ジュリアはもうひとつ食べて、はっとした。


 ――たしか殿下に作ってきたクッキーでしたわね。


 ジュリアはニーナに箱を渡す。

 ニーナはオレンジの瞳を輝かせていた。


「ありがとうございます、ジュリア様。美味しいと言っていただけて嬉しいです」


 ジュリアは微笑む。


「食べてしまってごめんなさいね。殿下に作ってきたのでしょう?」


 ニーナは不思議そうに首を横に傾げる。


「殿下とはマイケル殿下のことでしょうか? お話もしたことございません」


 今度はジュリアが首を横に傾げた。


 ――おかしいですわね。そろそろ仲良くなっていてもおかしくありませんのに……。


 ニーナは頬をわずかに赤らめて言った。


「これはジュリア様に作ってきたのです。食べていただけて本当に嬉しい」


 ジュリアは更に首を横に傾げた。


 ――おかしいですわ。ニーナさんに懐かれていますわ。


 その様子をマイケルとトーマスは見ていた。

 マイケルは感心したように言う。


「ジュリアがあのような行動を取るとは思わなかった」


 トーマスは頷いた。


「ジュリア様は剣の稽古も音を上げずに頑張っていますよ。意外でした」


 二人のジュリアの認識は変わってきていた。



 公爵令嬢のジュリアがニーナに優しく接しているため、他の令嬢たちもニーナに心を許しはじめていた。

 教室ではニーナと共に二人の女生徒が話している。


「ニーナさん、またお茶会をしましょうね。ニーナさんのお菓子は本当に美味しかったですわ。また食べたいです」

「今度、作り方を教えてください。婚約者に作って差し上げたいの」

「ええ。私でよければいいですよ」


 ニーナは楽しそうに話している。


 ――乙女ゲーム『ニーナの学園物語』とは違って、いじめられなくてよかったですわ。


 ジュリアは席に着きながらニーナの様子を見て微笑んだ。



 ジュリアはマイケルとお茶をしていた。

 最近、マイケルから誘われることが増えてきたのだ。


 ――一体、どういうことですの。そろそろニーナさんに陥落している頃ではないですの?


 マイケルはお茶を一口飲んで言う。


「そろそろ卒業パーティの衣装を作らねばならないな」

「は?」


 ジュリアは思わず声にしていた。

 マイケルはカップを置いて、苦笑した。


「なんだ? その声は」

「申し訳ございません。驚いたもので……。ニーナさんと出るのではなくて?」

「ニーナ……? ああ。あの編入してきた平民の娘か。なぜ俺がニーナ嬢と卒業バーティに出るのだ?」


 マイケルはしらばっくれているわけではなさそうだ。

 真剣な顔で首を横に傾げている。


「そうですわよね……」


 ――おかしい。おかしいですわ!




 その日の夜、ジュリアはベッドの上でクッションを抱き、考えていた。


 ――おかしいですわ。イベントが発生していないなんて! このままでは、わたくしの自由なスローライフ計画が台無しになってしまう……。 そうだわ! わたくしがイベントを発生させればよいのです!


 ジュリアは勢いよく起き上がった。



 翌日、ジュリアはさっそくニーナを連れて、マイケルを訪ねた。


「こちら、同じクラスのニーナさんですわ。ニーナさん、我が国の王太子のマイケル殿下です」


 ニーナはお辞儀をした。


「マイケル王太子殿下、お初にお目にかかります。ニーナ・ヤードと申します。ジュリア様にはいつもよくしていただいているんです」


 マイケルは頷いた。


「それはよかった。ジュリアは、物言いはきついが、心根は優しい女性だ」


 ――おかしいですわ。殿下のわたくしへの評価が爆上がりしていますわ。




 数日後、ジュリアはマイケルにまたお茶に誘われた。なので、ニーナを連れて行った。


「今日はニーナ嬢も一緒か」


 ニーナは怯え気味に言った。


「本当に私も同席していいのでしょうか……」

「ジュリアとニーナ嬢は仲がいいのだな。気にせずに座ってくれ。婚約者の友達を紹介してもらえるのは嬉しい」


 マイケルはニーナに席を進める。


 ――いい調子ですわ。このまま殿下とニーナさんをくっつけてしまいましょう。


「ニーナさんは勉強熱心なんですよ。それに小柄で、とっても可愛らしいでしょう」

「そうだな」

「ニーナさんはお菓子作りもお上手なんですよ。殿下」

「はは。本当にジュリアはニーナ嬢が好きなんだな」

「殿下はニーナさんのような女性をどう思いますか?」


 マイケルは首を横に傾げる。


「いいと思うが……」


 ――よっし! いい感じですわ。


「ニーナさんは殿下のような男性はどうですか?」

「え……、素敵だと思いますけど……」


 ジュリアは企むような笑みを浮かべる。


「そうですか。そうですか」


 ニーナがくすくすと笑う。


「ジュリア様は殿下がとってもお好きなんですね。妬けちゃいます」


 マイケルは僅かに頬を赤らめた。


「ニーナ嬢、あまりからかわないでくれ」


 ――違う! そうじゃない!


 ジュリアは机を叩きたい気持ちを必死に抑えた。



 ジュリアの思惑の数々は失敗に終わり、気がつけば卒業パーティの日が来た。

 ジュリアはマイケルの腕に手を添えて会場に入った。

 マイケルは隣にいるジュリアに囁く。


「綺麗だよ、ジュリア」


 ――わたくしの自由なスローライフ計画が……。お願いだから、追放してください!

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悪徳令嬢は追放されたい! 冬木ゆあ @yua_h

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