第5話

「すまないルリア、ちょっと貴族会から呼び出しを受けてしまったんだ」

「そんな!!今日は二人で隣国のバチラス城を見に行くという約束だったではありませんか!!」

「本当にすまない、急に決まってしまったんだ」

「(見に行った足でお城を私のものにしてもらうよう立ち回ろうと思っていたのに…)」


ルリアはその口をとがらせながら、ノレッドの言葉に納得のいかない雰囲気を見せる。

しかしここで不用意に話を長引かせることは得策ではないと知っているのか、いったんはこの話題を切り上げることにした様子。


「仕方ありませんわね…。それじゃあこの約束はまたの機会という事に…」

「でも心配はいらないよルリア。必ずこの埋め合わせはするとも!今度こそ二人でお城を見に行こうじゃないか!」


うれしそうな表情でそう言葉を発するノレッドであるものの、その約束が実現するときはもう永遠に訪れないという事に、まだ気づいていない。


「分かりました、今度こそ絶対に守ってもらいますからね?」

「あぁ、もちろんだとも。それじゃあ行ってくるよ」


誰かを踏み台にしての幸せなど、それもセシリアを踏み台にするなどどれほど愚かな行為だったのかという事を、彼らはこの後すぐに思い知ることとなるのだった…。


――貴族会――


「(な、なんだかいつもと雰囲気が違っているな…。みんな一体どうしたんだ…?)」


会場に到着するや否や、その場の異様な雰囲気を肌で感じるノレッド。

いつもなら自分がこの場に現れた瞬間、他の貴族家のもの達が分かりやすく機嫌を取りに来るのだが、今日はそういう行動を見せるものが誰一人としていない…。


「(ま、まぁこういう日もあるか…。とにかく僕だけでも普段通りに…)」


その場の空気に飲まれまいとするノレッドだったものの、この後すぐに現れた二人の人物により、その思惑は完全に封殺される。


「おぉ!フォーリッド様とクライン様がご到着でございます!」

「「おおお!!!」」


その二人の名前があげられた途端、集まった貴族家のもの達が大いに色めき立ち始める。

それもそのはず、その二つの名は貴族家のもの達の間では非常に高いカリスマ的人気を誇るもので、第一線から退いた今にあっても彼らの事を慕う者は多く存在するからだ。


「いやいや、出迎えありがとう。しかし、今日我々が用があるのは一人だけなのだよ。だから挨拶は不要だ」

「(ひ、一人だけ…?)」


その言葉にうっすらと嫌な予感を感じるノレッド。

しかしその予感はすぐに現実のものとなる。


「ノレッド伯爵、話を聞かせてもらいたいことがある。他でもない、君が行ったという婚約破棄についてだ」

「は、はいっ!!」


伯爵とて、フォーリッドに逆らえるはずなどない。

彼はその場で背筋をピンと整えると、非常に整然とした口調で彼からの問いかけに答えた。


「君は最近、セシリアという貴族令嬢と婚約関係にあったが、それを破棄してしまったそうだな?彼女はそれほど魅力に欠ける人物だったのか?」

「そ、それはもう!!」


そう言葉をかけられたノレッドは、フォーリッドが自分の味方をしてくれるものなのだと勘違いをしてしまう…。


「それはもうひどいものでした!僕の言う事を何も聞かないくせに、僕に対しては文句ばかり…。大した魅力もない女性と婚約してしまったらどうなるのか、僕は身をもって学習させられましたよ…」

「なるほどそうか。それはつまり、セシリアには婚約関係を維持するほどの魅力もなく、力もなく、邪魔な存在だったというわけだな?だからこそ婚約破棄の上で追放を行ったのだな?」

「えぇ、その通りです!いやはや、さすがはフォーリッド様、伯爵である僕の気持ちを完全に理解してくださっておられるのですね!僕は貴族家として、これほどうれしい思いを抱いたことはありません!」


…フォーリッドとセシリアの繋がりにも気づかず、完全に自分で自分の首を絞めていくノレッド。


「そうか、伯爵の言い分はきちんとこの耳で聞き届けた。その上で今後の話をしようではないか」

「こ、今後といいますと…?」

「なぁに、難しい話ではない。セシリアは正真正銘この私が実の娘も同然に可愛がっていた存在だからな。そんな大切な娘をぞんざいに扱われて、ただで終わるわけがないだろう?伯爵ともあろう君ならばその事は十分に理解しているだろう?」

「…へ??」


思わずすっとんきょうな声を発するノレッド。

彼はこの時、ようやくフォーリッドとセシリアの真のつながりについて理解した。


「フォ、フォーリッド様とセシリアが……近しい関係…?」

「あぁ、言っていなかったな。これはすまない、余計な勘違いをさせてしまったかな?」

「…!?!?!?!?!?!?」


わざとらしくとぼけた口調でそう言葉を発するフォーリッド。

周囲の貴族家たちもそれに続き、どこか憐みの目でノレッドの事を見つめ始める。

ノレッドはその空気に全身をさらされることで、この貴族会の本当の開催理由を察した。


「ま、まさか…まさか最初からセシリアの事を裁くつもりでこの貴族会は…」

「当然だろう?なんだと思ったんだ?まさか、自分の新しい婚約を祝ってくれる場だとでも思ったのか?それこそ勘違いが甚だしいな、とても人の事を言えるものではないぞ?」

「そ、そんな……そんなことが……」


これまで得意げに言い放ってきた言葉のすべてが自分のもとに返され、反論の余地もないノレッド。

それが彼の伯爵としての最期の姿であった…。

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