第2話

――ルリアの思い――


「まさかこんなにも話がうまく行くなんて、自分でもびっくりだわ…♪」


ノレッド伯爵との婚約関係を仮りとはいえもぎ取ったルリアは、彼から与えられた部屋の中で非常に上機嫌な様子を浮かべていた。


「やっぱり伯爵様はちょろいわね…。ずっと真面目な環境で生きてきたからか、女性に対する免疫がなさすぎるんだもの…♪」


ここまでの流れは完全に思惑通りなのか、その口調は非常にルンルンとした色調を帯びている。


「ちょっとボディタッチをして甘い言葉をかけるだけで、私の言う事なんでも聞いてくれるんだもの。こんな美味しい話はないわ♪」


そう、ルリアにしてみれば今のノレッドほど攻略の容易な男はいなかった。

というのもノレッドは、これまでに女性経験がほとんどなかったのだ。

それが本人の性格ゆえなのか、それとも彼の周りの環境がそうさせたのかは分からないものの、免疫のないノレッドにとってルリアのようなアプローチの激しいタイプの女性から押されることほど興奮を覚えるものはなく、それゆえにその心は時間とともにますますルリアの方に傾いていった。


「…それになにより、セシリアを追い出せたっていうのが一番大きいわね。私のいう事を何でも聞いてくれる伯爵様を手に入れたというのに、婚約者なんか持たれてしまったら私の立場が弱くなっちゃうじゃない。その関係だけはなんとかしないといけなかったからこれで完全に安心できるわね♪」


ルリアにとって目障りでしかなかったセシリアの存在。

それを排除することに成功したことで、彼女はノレッドの持つ伯爵としての権限を自分のものとすることが出来たかのように考えている様子。


「さて、これから何をさせてもらおうかしら。新しい宝石を買ってもらうのもいいし、私だけのお屋敷を作ってもらうのも悪くないし…。それともいっそ、私にも素敵な男性使用人をつけてもらおうかしら…♪」


考え始めればきりのない、ルリアの野望。

その深さをまだ知らぬノレッドは、ただただのんきにルリアとの新たな婚約関係に偽りの未来を想像するのだった…。


――ノレッドの思い――


「というわけなんだよ!どうだ、ルリアの可愛らしさがよく分かるだろう!!」

「「は、はい…!!そのような素敵な方をお見つけになられるだなんて、さすがは伯爵様でございます!!」」


ノレッドは自分の周りの貴族家たちを集め、勝利の報告会を行っていた。

セシリアとの婚約関係を一方的に破棄した後、それまで自分にすり寄って来ていたルリアとの新たな婚約。

それを聞かされることになった彼らは、聞くや否やその異常さを互いに瞬時に理解した。


「(こ、この人本気でそんなことをしちゃったのか…。セシリア様ほど温厚で美しい貴族令嬢はいないと思うのだが…)」

「(それに相手のルリアと言う女性、話を聞く限り絶対地雷でしかないだろう…。伯爵様ともあろうお方が、そんな見え見えな危険地帯にどうして足を踏み込んでしまったのか…)」

「(一度婚約破棄なんてしてしまったら、もう後から取り返しなんてつかないぞ…?後悔してももう遅いんだぞ…?)」


今回の話を聞かされた者たちは例外なく、伯爵の方に問題があることを認識した。

しかし自分たちよりも貴族としての階級が上である伯爵の手前、その事を口にすることができなかった。

…この時、もしも彼らがその事をきちんと伯爵に意見することができ、なおかつ伯爵もその言葉を受け入れることが出来ていたなら、これから起こる結末を回避できた田も知れないというのに…。


「そ、それにしてもルリア様と言うのは本当に素晴らしい方なのですね!伯爵様にそこまで言わせるとは!」

「当然だとも。この僕が直々に決めた相手なんだぞ?間違えるはずがないじゃないか!」

「私になどとても実現できるものではない婚約関係であるように思われます…!いやはや、さすがは伯爵様…!」

「はっはっは、うれしいことを言ってくれるな!やっぱり君たちに祝ってもらえる事が一番うれしいとも!」


…かけられている言葉のすべてが皮肉であるのだが、完全に浮かれてしまっているノレッドはその事に全く気付かない。


「それにしてもセシリアの奴め…。あいつにはがっかりさせられたよ。ルリアが現れてくれたおかげで分かったが、まさか彼女にあそこまで魅力がなかったとはね…。おおかた、僕の権力にしか興味のない薄っぺらい感情のみで婚約関係を受け入れたのだろうさ。吐き気がしてくるね」

「「(それはセシリアではなくて、ルリアの方なのではないでしょうか…)」」


子どもでさえも気づくであろうその状況に、たった一人今だ気づかないままでいるノレッド。

彼の評価がルリアとの婚約関係を結んでから急降下していき、次第にその立場そのものも難しいものとなっていくこととなるのだが、この時のノレッドはまだその事を察してもいないのだった…。

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