第35話:シラベ・ザ・ロック

 バンギャルのようなパンクファッションをした女は、好戦的な笑みを浮かべながら調さんに迫った。


「……ビックリしたぜ、調……最近話題の配信者ぁ、メグルだっけ? あいつと一緒にダンジョン攻略してるなんてなァ」

「な、なんの事かしら……」

「とぼけたって無駄だよー、しーちゃん」


 ベースを背負った黒いフリルの付いたゴシックロリィタファッションの女が、キャンディを噛み砕く。


「……ウチらがしーちゃんの演奏を聞いて分からないワケないからねー? 顔を隠してたって、声を変えてたって分かるよ」

「うぐぐ……ッ」

「すっげー活躍してんじゃねえか、ビックリしたぜ」


 あ、これヤバい奴だ。こいつら調さんの事をよく知ってる上に、俺の事も知ってんのか。

 早く止めないと。


「おいおいおいコラ!! なにやってんだお前ら!!」

「喧嘩ならデルタが受けて立つゾーッ!!」

「あ”あ!?」


 マイクを持った女が不機嫌そうに俺の方を向く。


「なーんだ、オメーらはぁ!!」

「うたちゃん、うたちゃん、こいつら例のアレだよ、配信者ー。調と一緒に配信出てる奴らだねー?」

「何だって良い、寄って集ってだなんて見過ごせねえな」

「ちげーし!! あたいらと調はマブ!! あんたらとは付き合いの長さが違うんだっての!!」

「マブゥ!? それにしちゃあ剣呑な雰囲気だったけどな」

「……巡さん、本当なの」


 白状するように調さんが言った。


「……あたしね、昔……この二人と一緒にダンジョン攻略してた。ルカちゃんと出会う前に」

「いっ!? じゃあ、こないだ言ってた、昔の仲間って、この二人!?」

「その昔は近所で知らねえ奴らは居ねえ暴れん坊として名を轟かせたモンよ」


 マイク女が自らの喉に親指を突き立てる。


「ロック系攻略グループ”爆音葬バクオンソウ”ッ!! 夜露死苦!!」

「ば、バクオンソウ……!?」

「──あたいはボーカルッ!! ”炎唱”、炎の歌姫・UTAHA!! 火乃宮 歌葉!!」

「──ウチはベース。”魔音奏・福音”、天使のベース・TIYO。天王寺 千代だよー。よろしくねー」

「そしてコイツがッ!! ”魔音奏・雷撃”、神鳴のギタリスト・SIRABE……音石 調ってワケよ!!」

「マジでバンドみてーじゃねーか……」

「変なノ」

「オイコラァ!! ロックンロールの良さが分からねえみてーだな、ガキャァ!!」

「分かるわけねーダロ、シラベの言ってることもたまによく分からねーノニ」

「ひどい!! デルタちゃん、そんな風に思ってたの!?」


 白い目のデルタ。獣人がロックの概念を理解できる日は遠そうである。


「うたちゃん、うたちゃん、ペースに呑まれたらダメだよー。ちゃんとバシっと決める所は決めなきゃー」

「うぐう、そうだあたいはリーダー、威厳威厳……!!」

「威厳とか口にしてる時点で無いも同然だろが」

「うるせーよ!!」


 字面から何から何までうるさそうな奴らだな……。

 正直、調さんがこんな連中とつるんでたのが信じられないくらいだ。

 いやでも、ギターを握った後の豹変っぷりを考えると強ち不思議でもないかもしれん。


「大体パーティなんて3人も居れば十分でしょう? は何処に行ったの?」

「この流れで、まだメンバー居るのかよ」

「うぐ、それは……とにかくッ!! あたいらは、調に帰ってきてほしいのさ!!」


 露骨に話題逸らしたな……。


「やっぱりギターはオマエしか考えられねえ!!」

「調が居なくなってからというものの、色んな補充要員を探したけどどいつもこいつも腰抜けばっかりだったかんねー?」

「ああ、タンバリンにシンバル、下手したらカスタネット……!!」

「すげーなロクなヤツが居ねえじゃねえか、一周回って才能だぜそりゃあ」


 魔音奏スキルの幅、広すぎない? 学芸会でもするつもりか?


「あたいらはギタリストが欲しいんだッ!! やっぱりギターは調、お前しか考えられねえ……!!」


 参ったな、昔の仲間に帰ってくるようせがまれるって話、ちょっと前に聞いた気がする。

 具体的には名前が「ラ」から始まって「ザ」で終わる鳥人が起こした一連の事件だ。再放送かな?


「それとも何だァ、調。そいつらに絆されたってんじゃないだろうな」

「──ううん、違う。あたしが望んで、こっちにいるの。悪いけど、貴女達のパーティには入れないよ」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ、こうなったらァ……!! 奥の手を使うしかねえ……!!」

「奥の手!?」


 マイクを握り締めた歌葉。

 俺は身構えた。まさかこいつも、こんな町中でスキルを使うつもりか!?


「おい止せ──ッ」

「──ッ!!」


 歌葉は地面に膝を突く。

 手も着いた。

 これって──




「頼むよぉぉぉーっ!! 調に戻ってきてほしいんだよ、仇を取ってほしいんだよぉぉぉーっ!!」




 ──土下座。そして泣き落としである。

 おい。まさか切札ってこれか?


「そーだよ、うたちゃん。えらいえらい。意地張ってたらいけないもんねー?」

「……う、歌葉……ど、どうしたのよ、土下座なんてされたってあたしは戻ってこないからね!?」

「あの時の事は謝るからァ!! 今は調の力が必要なんだよォ!! 頼む!! この通りだから、戻ってきとくれよーッ!!」


 もうさっきまでのチンピラ染みた態度は一転して三下ムーブだ。


「あ、あの歌葉が土下座……ねえ、千代ちゃん」

「んー? ウチからもお願いしたいかなー。だって、あの無駄にプライドだけは高いうたちゃんがこうやって頭下げるなんて珍しいよねー」


 こいつはこいつで仮にも仲間に対して辛辣すぎだろ。


「取り合えず事情を話してくれねーか? 外野からは何が何だかサッパリなんだが」

「……もうデルタ、帰って良いカ?」


 おい、お前は飽きるな。


 


 ※※※




 場所を近所の焼き肉屋に移す。デルタが飽きて帰りそうだったが、一人で帰られるとそれはそれで何をしでかすか分からないからだ。引き留めておく必要がある。

 行儀よく並んで席に座る歌葉と千代。

 そして、それを前に白けた目で座る調さん。

 横に座るのが、部外者の俺達。

 デルタは一生肉を頬張っている。


「……というわけで、改めて紹介するわ。この子達が、昔あたしと組んでた攻略メンバー、爆音葬ね」

「これでも昔はブイブイ言わせてたんだぜ。色んなダンジョンを皆で攻略してたのさ」

「大体調ちゃんのフォローが上手かったからだけどねー」

「むぐッ……」

「そんなに仲が良いなら、何で別れちまったんだよ?」


 いや、別れていないと調さんはルカと出会っていないんだけどさ。やっぱりそこは気になる所だ。


「──プリンよ」

「は?」

「……あたしが楽しみにしていた、高級プリンッ!! 勝手に歌葉が食べちゃったのッ!!」

「いや、だって、あれは仕方ないじゃん……目の前に置かれてたから、食べて良いものかと──」

「うたちゃんー? この期に及んで言い訳は見苦しいと思うよー? 言い訳なんてしていいわけ? ってねー?」

「……今のは審議拒否で」


 想像していた数倍しょうもない理由だったな……。いや、食べ物の恨みは怖いって言うし、結成していたのが子供の頃ならそれでメンバー離脱もあり得るのか。


「あれからあたし、最高の親友と出会えたの」

「親友!? あたい以外に親友が!?」

「あたしにとっての親友はその子だけだけど」

「ゴブッフ!!」


 あ、このボーカル血を吐き出して突っ伏したぞ。大丈夫か? ひょっとして、想像以上にメンタルが弱い感じ? 


「おい大丈夫か?」

「歌葉ちゃん脳が破壊されるといっつもこうなるからねー。歌葉ちゃんのスキルはヘヴィメタルとは対極のライトメンタルだよー」

「嫌なスキルだ……」

「うううううう……久しぶりに会って仲直り出来ると思っだのにぃぃぃ、あんまりだぁぁぁぁ」

「大丈夫だよー、歌葉ちゃん」


 耳元で千代が歌葉に囁いた。


「……世界中の誰もが敵に回っても、千代だけはダメダメな歌葉ちゃんの傍にいてあげるからねー、だってダメダメな歌葉ちゃんの親友が出来るのはー、ウチだけだもんねー?」


 危ない世界観が構築されているッ!! 目の前でッ!!

 

「あ、あああ、破壊された脳が再生していく……」

「良いのか? 脳ってそう簡単に再生していいのか?」

「歌葉ちゃん単純だからねー。でも、脳の構造が単純な歌葉ちゃんも大好きだよー」

「?」


 「脳の構造」まで付けちまったらシンプル悪口なんだよそれは。言われた本人は気付いてないけど。


「お、おい、調、教えてくれよ、その親友ってどんなヤツなんだよ」

「どっかの誰かみたいに、私の戦績を自分の事のように語ったり、油断してティラノサウルスに頭から丸のみされたりしないし、ましてや人のプリンを勝手に食べたりしない親友だよ」

「恨みつらみが凄い!!」

「……つまりこういう事か。元々不満が溜まってたところに、プリンを勝手に食われたので三行半を突きつけた訳か」

「でもお似合いだったけどなー、うたちゃんとしーちゃん。ダンジョンの中でドジをするうたちゃんと、ダンジョンの外ではドジなしーちゃんで」

「それは言わないの!」


 大丈夫か? その親友(ルカ)も、酒は飲んで乱れるわ、麻雀でいちいちキレるわで大概だ。

 昨日だって動画の編集作業でもしてるのかなと思っていたら、ルカはネット麻雀に興じていた。


 ──はぁーっ!? 何ですか、このクソ手牌は!! こんなんでどうやってアガれって言うんですか、私もうすぐトぶんですよ!?


 もしかしたら、皆違って皆ロクでもないのかもしれない。


「何故そこまでしてあたしに戻ってきてほしいの?」

「やられたんだよ」

「え?」

「……希美が……獣人にやられたんだッ!!」


 俺と調さんは顔を見合わせる。

 そして、獣人本人であるデルタも驚いてジュースを喉に詰まらせた。

 希美って確か、今この場には居ないキーボード担当だったっけか。


「……最近できた深層エリアを探索してたら、ソイツは出てきたんだよね」

「何処ダ!? 一体何処に居たんだ、その獣人って!?」

「渋谷27番洞穴……魔鋼楽器の現物が出るって噂を聞いて潜ってたんだ。だけど、そいつは……不思議な術であたいらを蹴散らしていった」

「獣人ってよりは竜人、なのかな、アレ。細身で槍を持った全身鱗塗れの恐竜の女の子。まるで爬虫類みたいだった」

「ッ──希美は今」

「とっくに退院はしたんだけど、あれ以来怖がって部屋から出て来れてない」

「危うく殺されかけたから、無理もないよねー……ウチらも毎日、訪ねてはいるんだけどー……”もうダンジョンは嫌!! あの子が出てきたら次こそ殺される!!”の一点張りで」

「頼むよ調ェ!! 少しの間だけで良い!! いや、本音を言うと戻ってきてほしーけどッ!! せめて、希美の仇を取ってくれ!! このままじゃ草葉の影のあいつも浮かばれねーよ!!」

「うたちゃん、まだのーちゃん死んでないから。勝手に殺さないで? ガチで怒られるよ?」


 ……そういうことか。

 大体理由は察した。

 仲間の1人が竜人にやられて、仇を取りたい。

 そこで、かつての旧友の調さんに助けを求めた訳か。


「──この通り、山盛のプリンパフェも奢るからよ、許してくれよーッ」

「調さん、どうする……?」

「良い? 聞いて頂戴、二人共」


 調さんは諭すように言った。


「今あたしはね、新しい仲間と一緒に新しい夢に挑もうとしてるの。もう、子供の頃のあたしじゃないの」

「ッ……し、調ェ……」

「……とにかく、あたしはもう、貴女達の知ってるあたしじゃない。ダンジョンだけじゃなくて真面目に音楽で食べていく道だって考えてるの」

「そんなぁ!! そのギターは何の為にあるんだよ!? 音楽を奏でる為じゃなくて、目の前の敵をバッタバッタ薙ぎ倒すためのモンだろ!?」

「いやギターは本来音楽を奏でる為のものだからな?」

「今の仲間を蔑ろには出来ない。だから、貴女達の所にはいけない」

「……調ぇ……」

「だけど」


 改めるように眼鏡を外し──調さんは叫ぶ。


「──昔のダチがボコされて仇討ちに行かねえのはロックンロールじゃねえなァ!! テメェらァ!!」


 あれぇ!?

 ギター握ってないのに、キャラ変してるぞ!?


「し、調ェ……ッ!!」

「テメェらァ!! メソメソ泣いてる場合じゃねえぞッ!! ロックンロォォォールッ!!」

「か、帰還かえってきた……あたいらのリーダーが……ッ!」

「泣いてるのはうたちゃんだけなんだけどなー」

「何処の誰だか知らねーが、爆音葬のツレを傷つけたヤツは全力で潰すッ!! そーだろがテメェらァ!!」


 ……ロックンローラー怖ァ……。

 もうこれ二重人格か何かだよ。昔はずっとこのノリだったってこと?

 俺達が今まで見ていた調さんは何だったんだ?


「こ、こいつらうるせぇ……」

「うん。爆音葬でも、トップクラスでこの二人はうるさかったよー」

「あ、やっぱ身内からもうるさい判定だったのね!?」

お礼参りカチコミの時間だテメェらァァァーッ!! ロックンロール!!」

「あの調さん、此処一応店の中だから、もう少し静かに……」


 ……そんなわけで。

 爆音葬のグループには戻りこそしないものの、調さんは件の竜人をとっちめに行く事に合意した。

 傍にいた俺達も勝手に話に加えられ、結局大攻略祭の前の慣らしということで渋谷27番洞窟に向かう事になったのである。

 とはいえ、竜人は非常に危険な相手。放置するわけにもいかないのだった。

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ワンナイト相手が有名ダンジョン配信者だった件 タク @takugunkantenryu

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