第34話:調さん、頑張る
「一体特訓って言っても何をするんだよ」
「魔音奏は譜面を覚えれば覚える程に技のレパートリーが増えるわ。それを増やすの」
「急ごしらえの譜面を焦って実用化させて大丈夫なんですか? 熟練度も大事だって調、いっつも言ってるでしょう」
「熟練度?」
俺の問にルカは首を縦に振った。
「調は毎回、周りの味方を巻き込まずに敵だけを的確に攻撃していますが、あれは並大抵の努力では出来ません。確か、私と組み始めた頃にはもう調はパーティプレイヤーだったと思いますが」
「そうね。でも、当時の仲間と折り合いが悪くて……それで1人で仲間を探していた所にルカちゃんと会ったの」
人に歴史あり……か。
それはそれとして、調さんの後衛アタッカー性能はやはりそれだけ高いという事になる。
「それにしても調、前の仲間の事を私に話してくれたことないですよね。ある程度大人数のパーティじゃないと、あの技術は身に付かないでしょう」
「ッ……そ、それは、そうね……ま、まあ、もう昔の事過ぎて覚えてないわ」
……これ、ぜってー覚えてるヤツだな。
「えーと、話は逸れましたが……譜面を実用化させ、更に味方も巻き込まない程に使いこむには長い時間が掛かるはずです」
「だから、これから毎日、私ダンジョンに籠る!! 必ず貴方達の役に立ってみせるわ!」
「いや、毎日は危ないんで、やめた方が良いかと……」
……焦ってるな、調さん。
ルカもそれが分かってて、調さんが暴走しないように窘めているんだろう。
だけど、強くなりたい気持ちなんてものは誰にでもあるものだ。
ましてや、あんなに強くなった親友の姿を見せられたら、居ても立っても居られないのだろう。
そう思ってたんだが──
※※※
「調、確実に毎晩抜け出してダンジョン攻略に行ってます……」
「マージか……」
……調さんは俺が思っていた以上にロックンロールな人だった。
証拠なら幾らでもある。家のインターホンの履歴、毎日のように洗濯されている調さんの防具、朝……それも午前中なかなか起きない調さん本人だ。
どうしてルカが、あんな風に調さんを咎めたのかが分かった気がした。
音石 調という人は、一回突っ走っちゃうとそのまま崖下まで落っこちてしまうタイプなのだ。
「夜一人でダンジョンだろ? 流石に危なくないか!?」
「こうなるのが見えてるから止めたんですよ。気付いたのは昨晩で、止めたんですが……」
──止めないで!! コソ錬もまたロックンロールなの!! 巡さんには内緒にしておいて!
と言われたそうだ。何のことか意味が分からない。ロックンロールで全てを解決できると思っていないか調さん。
「内緒にするわけないじゃないですか、それで怪我でもされたら万が一の時に誰が助けに行くと思っているんでしょうね」
「せめて俺達も連れて行けばいいのに」
「新しく開発した譜面ほど、暴発しやすいものは無いからです。それに、実戦形式でやった方が上達が速い」
「……調さんなりに俺達に気を遣ってるのか」
「調のビリビリくらいじゃ、デルタはなんて事ねーゾ?」
「だから調は躍起になってるんだと思いますよ」
……以前、デルタと戦った時、本来そこらの危険生物ならば一掃できる譜面が悉く通用しなかったことを未だに調さんは気にしているんだろう。
獣人は非常に頑丈な強敵だ。調さんの雷を受けてもデルタはなかなか斃れなかった。
デルタやラムザのような一般的な獣人の場合、権能が無い代わりに負荷も休眠の必要もないため、最初から100%の力で戦える。
純粋な戦闘力ならば「覚醒直後で寝起きの王」よりも、「王ではない獣人」の方が高い……と俺は考えている。いや、むしろ王に完全覚醒されると手の付けようがなくなるから、寝起きを殺さないといけないんだけども。
「デルタもラムザも強かったしな……ラムザなんて正面戦闘が得意そうなタイプには見えなかったんだけど」
「ラムザのヤツ、直接戦闘だけならデルタの足元にも及ばないゾ。スキルがとっても厄介だったケドな!」
「でもお前両目潰れてた上に結局そのラムザに担がれてたじゃねーか、そのザマで恥ずかしくねーの?」
「シャーッ!!」
ギャーッ!! 頭を噛むんじゃねーッ!! 牙が!! 牙が刺さってるッ!!
「もしも、また獣人に会った時に備えて、調は……それに通用する技が欲しいんだと思います」
「ルカさんや、助けてくれないか!? 目の前で流血沙汰が起こってるんだが!?」
「正直、調を焚きつけてしまったのは私の責任でもあるので……うーん」
「あ、スルーするんだ!! 抜刀絶技だけじゃなくてスルースキルまで身に着けてた!?」
「争いは同レベルの者同士でしか発生しないので」
じゃあ何だ、このまま俺にはデルタに噛まれたまま進行しろってことですか。ふーん、そうですか。
「……とにかく、おにーさんからも言ってやってください! 調が組むのは私ではなくおにーさんとデルタさんなんですから!」
「ああ、分かったぜ。もしも無理して本番までに倒れられたんじゃ堪ったもんじゃねーからな」
「もがー! もがもが!」
後テメェはいい加減俺から口を離せ、カンガルー女ァ!!
「……んで、肝心の調さんは何処行ったんだ?」
「多分、魔鋼ギターの調整の為、道具を買いに行ったんだと思います。下手したらそのままダンジョンに直行してるかも」
「夜も潜って昼も潜ってるのか、幾ら何でも潜り過ぎだ、モグラになっちまうぜ」
「そうですね……此処まで調が熱心になるのを見るのは初めてかもしれません。元々ダンジョン攻略には積極的な方でしたけど」
「そもそも、何で調さんはダンジョンに潜ってんだろうな」
「私は元々生活費を稼ぐためでしたが、調は無理してダンジョンを潜る理由はあまりないんですよね。実家も割と太いらしいですし」
「んじゃあ親御さんは心配してるだろ……」
「でも、調もその辺りの事情を私に話してくれない……ってか、調、自分の過去を普段話したりしないんですよね」
そういや、俺も調さんの事を、まだよく知らない気がする。
「親しい人間にこそ弱みを見せたがらないタイプなんですよね、彼女」
「弱みなら普段から見せてるだろ、ドジだし」
「いや、ドジなのはそうなんですけど……それすらもあくまでも調の表面というか。長い付き合いの割に、私彼女の事で知らないことが多いなって」
「どっちにしたって、俺とデルタと調さんとでトリオなんだ。良い機会だし、俺の方からも言っておいてやるよ」
「デルタも行クーッ!!」
「お願いします、私は留守番をしておくので」
そんなわけで、俺はデルタと一緒に調さんを探しに行く事にしたのだった。
とはいえ、行先は大体分かっている。調さんは行きつけの店が決まっているからだ。
出かけたのも十数分前なので、まだ追いつくだろう。
「ほうれ、デルタ。他所行きの服着ていきなー」
「えー? これ着ねえとダメなのカ? デルタは毛皮があるから平気だゾ」
「ダメに決まってんだろ!! オメーは世界で初めて発見された獣人!! 珍生物なの!!」
「珍生物とは何ダ!! いい加減デルタをペット扱いするのをやめロ!! デルタのおかげで有名になった癖に生意気だゾ!!」
「ちーがーいーまーすー!! 俺が体を張って頑張ったからですー!!」
「はぁー……本当に争いって同じレベルの者同士でしか発生しないんですね……」
デルタには服をちゃんと着て貰い、パッと見で普通の女の子と遜色ない姿になってもらう。
外が寒いのもあって、上はダボダボのトレーナー、下はジーンズ、頭にはニットの帽子を被ってもらった。
……というわけで、デルタと一緒に該当の店、所謂魔鋼楽器の専門店に向かったのである。
こうしてモコモコの服装だと、誰もデルタが獣人とは気づかない。首元から頬まで伝う毛皮もマフラーで隠れてしまっている。
「外は冷え込んできたな……」
「なー、メグル!! こっちから美味そうな匂いがするゾ!!」
「って、焼き鳥の屋台か……オメーさっき食ったばっかだろ」
キラキラと目を輝かせて匂いのする方──屋台を指差すデルタ。
こいつは肉。いついかなる時も肉。
「良いか、間食すると晩飯が食えなくなるんだぞ」
「デルタは間食してよーが晩飯食えるゾ」
「……それもそうだった。しゃーねーな……」
それにしてもいい匂いだ。
鳥の焼ける音。そんでもってタレの匂い。
俺もついでに頂くとするか。
そう思って、焼き鳥を焼いている店主に声を掛けたのだった。
「すんませーん、焼き鳥くださ──」
「あいよ」
目が合った。
俺は硬直する。
デルタもびくり、と肩を震わせる。
焼き鳥を焼いていたのは女の子だった。
それも、何処からどう見ても見覚えしかない女の子であった。
銀の長髪に、赤い眼。何処か涼し気な表情。
「ラ、ラ、ラムザ……!!」
「うん。いらっしゃい、久しぶり」
「な、何やってんダ、オメー!?」
以前の「抜刀院カンナ」を名乗っていた時とはまた違う。
本来の獣人体に近い姿ではあったものの、人間に溶け込んだ格好、姿のおかげで、彼女が獣人であるとは誰も気づかないだろう。
「まさかこんなに早く会えるとは思ってなかった」
「俺も思ってなかったよ、何で鳥が鶏焼いてんだよ……!! 共食いか!?」
「知らない? 猛禽類は小鳥をも狩るの」
「そうだったぁ……!! 共食いとか野暮なツッコミだった……!!」
問題は焼き鳥の鶏は別にコイツが狩ってるわけではないというところだろうが。
「こんなところで何してんダ!? 今度は何企んでんダ!?」
「ラムザは只のバイト」
「戸籍はどうしたんだ、賢いオマエならその辺分かるはずだぜ」
「……色々誤魔化した」
「正直でよろしい」
ラムザの奴、また”精神汚染”スキルを悪用したな……。
ラムザは目を合わせた相手の認識を狂わせて、思い通りに従わせたり記憶を改竄する能力を持つ。
やろうと思えば幾らでも人間の世界に入り込んで生活が出来るというわけだ。
「安心して。生活費の為に働いてるだけ。必要以上にこの力を悪用するつもりは無いし、人間に害を与えるつもりもない」
「てっきりダンジョンの奥に帰ったのかと思ったぞ、俺達は……!!」
「ラムザは人間の世界に興味を持った。少しの間だけ、人間の世界で暮らす事にしたの」
「……悪い事を考えてるわけじゃねーんだな?」
「そんな事をしたら、ミューねーさんに怒られる」
「なら良いけどよ……俺達から止める事も出来ねーし」
「ねーさんは復活を望んでなかった。だから、ラムザも貴方達を恨んでないし、何かするつもりもない」
「……なあ、ラムザ」
「何?」
塩味の焼き鳥を焼き上げた彼女は首を傾げた。
「困った事があったら、俺の所に言いに来いよ。ルカ相手は……言いづれー事もあるかもしれねーし」
「また貴方達に迷惑掛けたくない」
「知らない所で問題起こされるよりマシだ」
「貴方は──私を恨んでないの?」
「恨んでねーよ。ルカは元に戻ったしな」
……もちろん、怒ってたし、絶対にルカは元に戻すって思ってた。
もしもの事を考えると、ラムザは許されない事をしたと思う。危うくルカの人格も消える所だったからだ。
だけど、ちゃんと反省して、此奴が二度と悪い事をしないというなら──俺は多分、喜んでラムザに手を貸してしまうと思う。
いや、多分戸籍とか誤魔化して人間の世界に溶け込んでるのは人の法律の視点では悪い事なんだろうけども……。
「それに──」
「おいラムザッ!! 今度また勝負ダッ!! あの結果、デルタはちょっと納得いってねーゾ!!」
「うげぇ、まだやるつもり……? ラムザは二度と貴女と戦いたくない……頼むから帰ってほしいんだけど」
「デルタにとっても貴重な獣人仲間だしな」
「ラムザは鳥人……それに、仲間扱いはすっごく困る……」
露骨に嫌そうな顔をして、ラムザは俺達に焼き鳥を手渡すのだった。
「ところで一つ、教えておきたいことがある」
「何だよ」
「此処最近、ダンジョンで獣人たちの覚醒が急速に進んでる」
「ッ……そうか」
「理由は──多分、王達が倒されてることと無関係じゃないと思う」
とにかく気を付けろ、って事か。
あいつらとにかくべらぼうに強いからな……出会ったら激戦は必至だ。
「ありがと。気を付ける」
「……気を付けるって、ノリが軽すぎ。とても危ないって言ってるのに」
「だとしてもダンジョンに潜るのはやめねーよ」
「何で? なぜ貴方はダンジョンに潜るの?」
「何故って──」
俺は聞かれて、口ごもる。
俺を助けてくれた竜人に出会うという目的は果たせた。
そんでもって、今は半ばルカと一緒にチャンネルを大きくするためにダンジョンに潜っているような状態だ。
だけど、それ以上に俺は──
「──潜りたくても潜れなかった時期が長かったから、じゃねーか?」
──あの辛い時期に、もう戻りたくはないんだと思う。
スキルが覚醒せず、身体能力も一般人並みで、ダンジョンにもロクに潜れなかった時期。
上層で魔鉱石を掘り続けていた時期。
それが長かった反動だと思う。
体が動く限り、俺は──ダンジョンに挑戦し続けたい。
「潜れるから潜るって事?」
「ああ。ダンジョンの先にどんなものがあるのか確かめてーんだよ」
「……そう。じゃあせいぜい、死なないように頑張って」
そう言って俺はラムザに手を振り、屋台を後にした。
随分と長く喋ってしまったが、調さんはまだ武器屋に居るだろうか。
急いで目的地に走っていく。すると、デルタがニット帽の下の耳をピクピク動かした。
「うン? なんかうるせー声が聞こえるゾ」
「何だと?」
間もなく。喧騒の正体は分かった。
「──調ェ……ッ!! 久しぶりだなァ……中学以来かァ……?」
「ッ……!!」
俺達は調さんを発見した。
だが、調さんの前には、女が2人。
いずれも柄が悪そうな格好をしている。
1人はマイクを持っており、もう1人は背中に楽器のベースのようなものを背負っていた。
誰だこいつらと思ってると──マイクを持ったバンギャ風の女が叫んだ。
「戻って来い、調……また、あたいらとセッションしようぜーッ!!」
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