【2】婚約披露宴と余波

第20話 婚約披露宴

――それからしばらくして、修介さんと華さんの婚約披露宴当日の朝。

 

 私は仕立てあがった濃藍のドレスに袖を通した。

 暗い色味だが銀糸の繊細な刺繍が前面に入っているため、決して地味ではなく、上品なロングドレスは、身体にぴったりと合っていた。


 その後は化粧。

 今までは祖母の言うようにできるだけ「優し気に」「可愛らしく」見えるようにしていた化粧をやめて、元の顔立ちを生かすように筆を走らせた。


「お姉さま、お着替え、終わりましたか?」


 佳代が襖をしゃっと開ける。それから、私の姿を見て口を押えた。


「――どこか、変かしら」


 どぎまぎしてそう聞くと、


「……綺麗です!」


 そう言ってくれたので、安堵のため息を吐いた――のも束の間。

 佳代の後ろからお祖母様が覗き込んで私を凝視しているのに気づき、背筋を伸ばす。

お祖母様は、しばらく黙り込んでから、小声で呟いた。


「――そっちの方が似合ってるよ」


 いつも着せていたお母様の着物より、ということだろう。

 ――私は大柄で精悍な顔立ちをしていたお父様に似ていて、線の細かったお母様にはあまり似ていなかった。

 お母様には可愛らしい着物がよく似あっていたけれど、自分が着ると、その着物は違和感を感じていた。

 けれど、お祖母様が満足するならと、ずっと着ていた。


「――そう言ってもらえてうれしいです」


 感慨深くにつぶやいた。


(何だか――「自分」になった気がするわ)

 

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 武蔵が吠える声がして、「はーい」と元気に返事をした佳世がすたたたたと先に玄関に向かう。

 「佳世、私が出るわ」とその後をお祖母様が追う。


「今日は。綾子さんをお迎えに参りました」


 玄関にはスーツ姿の彰吾くん。

 帽子をとると、いつもの人好きのする笑顔で佳世とお祖母様にに笑いかけた。


「はじめまして、鈴原 彰吾と申します」


「……はじめまして……」


 佳世がぽーっとしたように、彰吾くんのことを見上げたまま呟いた。


「佳世、きちんと挨拶なさい」


 祖母に肩をたたかれて、慌ててぺこりと頭を下げる。

 その様子を後ろから見ていた私は苦笑した。年頃の女の子が彰吾くんを見るとみんなそんな反応をする。


(先日の女学生が鬼だと気づいたのは、それがなかったからだったわね)


 そんな彼と一緒に宴に出て、釣り合いがとれるか改めて不安になりながら、玄関に出ると。


「彰吾くん、お迎えあ……」


「ありがとうございます」と言い切る前に、彰吾くんはぱっと顔を輝かせて飛び跳ねるように言った。


「綾子さん……素敵です!!! よくお似合いです!!!」


「そう、そうでしょうか……ありがとうございます」


 先ほどまで彰吾くんに見とれていた様子だった佳世の表情が、少し「え」というものに変わったのがツボに入ってしまって、私は「ふふっ」と噴出した。


「綾子さん? どうかされましたか? 俺に変なところありますか?」


 わたわたとする彰吾くんの肩をぽんぽんとたたく。


「いえ、彰吾くんも素敵ですよ。すいません……ふふっ」


(男性に「かわいい」というのは失礼かもしれないけれど)


 彰吾くんのどこか余所行きの完璧な好青年という振る舞いが自分の前でだけ砕ける様子にまた心の奥が温かくなるのを感じた。


「はじめまして。綾子をお誘いいただいてありがとうございます」


 先日の取り乱した姿は嘘のように、小綺麗に髪を結い揚げ簡素な着物を皺ひとつなくきっちりと着込んだお祖母様が深々と頭を下げた。


「いえいえ、綾子さんと一緒に宴に行けるなんて、僕の方が光栄すぎるくらいで……!!」


「そう言っていただけると嬉しいです。綾子をよろしくお願いします」


 お祖母様はさらに深く頭を下げる。

 それから。


「綾子、粗相のないようにね」


 といつものように小言を言った。


「はい」


(お祖母様は、変わらないわね)


 私は半分呆れながらそう返事したけれど、今までとは少しお祖母様の言葉を違った風にかんじる自分にも気がついた。


(――まあ、お祖母様は本気で私が粗相をしないか心配しているのよね)


「大丈夫ですよ」


 私は苦笑しながらそう答えると、彰吾くんの方を向いた。


「綾子さん、どうぞ」


 彰吾くんはガチャリ、と車の扉を開けた。


 ***


 修介さんと華さんの婚約披露宴の会場は東都の中心部にあるホテルだった。

 

 有力な家紋持ちの家である神宮寺家と間宮家の婚約披露ということで、招待客は多いようで、ホテル前には高級車がいくつも止まっていた。


 防衛隊には隊車があり、遠方には車で行くことができるので隊員は運転できるし、私も任務で車に乗ることはあるが、自家用車を持っているのは、家紋を継ぐ有力な家くらいだ。庶民が手の届く乗り物ではない。昔気質なお祖母様が買おうとしないこともあって、藤宮家には車はない。


「彰吾くん、運転ありがとう……バスで行こうと思っていたから、助かったわ」


「もちろんですよ! いつでも車出しますので、言ってくださいね!」


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