第5話 「お相手がいれば、どなたかとご一緒に」
それからさらに数日して。私が防衛隊の詰め所へ出勤のため、家の玄関の戸の前に立ったところ、妹の佳世と武蔵がたたたっと速足で駆けてきた。
「お姉さま、お仕事、今日も遅くなるのですか?」
「ええ。夕食はまた桜のところで食べてくるわ」
桜――
「そうですか……」
佳世は寂しそうに目を伏せた。
そんな妹の様子を見て、胸が痛む。
お祖母様は相変わらず寝込んでいるので、佳世は1人で夕食を食べているのだろう。
ぽんぽんと彼女の頭を撫でた。
「桜のところでお土産にお饅頭をもらってくるわ」
「本当ですか! 楽しみです」
佳世はぴょんと飛び跳ねた。その横で武蔵が催促するように「わん」と吠えた。
「はいはい。あなたの分もね、武蔵。いつものお土産もらってきてあげるわよ」
笑って武蔵の頭も撫でてやった。
いつも桜の店に行くときは、武蔵用として干し肉をお土産にもらっていた。
「佳世も学校に遅刻しないでね」
そう言って、家族に手を振ると、私は職場へ向かった。
振り返ればいつまでもぶんぶんと力いっぱい、ずっと手と尻尾を振ってくれている妹と愛犬を見て、改めて決意を新たにする。
母をその手で討ってまで父親が守ってくれた家族を自分も守るために。「九十九」が妖力を回復し、また悪さをしているのなら、自分がこんどこそ完全に討伐しなければ。
***
詰め所には、寮が付属しており、家庭を持たない独身の隊員はそこで生活しているのだけれど、私は実家が東都の中心部にあるので、家から徒歩で通勤している。
出勤すると自分の執務室で手元に広げた資料を見つめた。
先日討伐した――鬼になった少女は、17歳の女学生。
行方不明になった男子学生とは交際していたらしいが、男子学生には彼女の他に別の交際相手がいたことが発覚し、とても悩んでいたらしい、との証言が友人から得られた。
妖は、人の負の感情に取り憑き、鬼に変える。
交際相手への嫉妬の念を九十九に目をつけられてしまったのだろうか。鬼になった少女は恋人を喰らって、さらに自分の家族も喰らってしまった。
「――かわいそうに」
まだ17歳の可愛らしい少女。恋人との関係に悩んでいたとしても、鬼にならなければ、別の未来があったはずなのに。――妖から人々を守るための防衛隊員だというのに、守れなかった。
あの討伐から何度目かわからない深いため息を吐いた。
(私が九十九を早く捕まえて討伐できていれば、彼女たちは犠牲にならなかったのに)
次の犠牲者を生み出す前に、九十九を退治せねば。
(そして、お父さまとお母さまの仇をとるわ――)
決意を新たに拳を握ったその時、トントンっと執務室の扉をノックする音がした。
「隊長」
扉を開けたのは鈴原くんだった。はっとして、握った手を開いた。
「……どうかしましたか?」
「隊長に御用だという、お客様が……」
「――誰でしょう? 来客の予定はありませんけど……」
首を捻ると、鈴原くんは気まずそうにこと伝えた。
「それが――間宮さんなのですが。医療部隊の……」
(間宮――)
その名前を聞いて、綾子は黙り込んだ。
(
全く事情が分からない。
修介さんが私との婚約を破棄して、間宮 華と婚約したというのは、隊員の間では知られたことだ。だから鈴原くんも気まずそうなのだろう。
「とりあえず、通してもらえますか」
さらに横に首をひねって、綾子はそう言った。
***
「はじめましてですねっ、藤宮 綾子さん」
執務室に通された華さんは、語尾を少し伸ばすような、舌足らずな口調でそう言うとちょこんと頭を下げた。
(華奢な可愛らしい子……)
――お前と違って、俺がいないとだめな子なんだよ。
修介さんの言った言葉が頭に浮かぶ。
華さんは確かに、路傍に咲いた小さな可愛らしい花のような、「守ってあげなければ」と女性の私でも思ってしまうような女性だった。
(早矢さんと顔は似てるけれど、雰囲気はずいぶんと違うのね)
かつて世話になった恩人の顔を思い浮かべる。
間宮
防衛隊の先輩隊員だった早矢さんは、新入隊員だった私の面倒をよく見てくれた。
妹の華さんと同じように、小柄な女性だったが、見つめられると思わず背筋が伸びてしまうような厳格な雰囲気のある女性だった。隊に入ったばかりで右も左もわからなかった私に、先輩として、妖との戦い方や、隊の中での人付き合いなど様々なことを教えてくれた。
早矢さんは父親を早くに病気で亡くし、姉妹しかいなかったため、私と同じく女性ながら間宮家の戸主をしていた。そのこともあり、私にとって、良い理解者で頼りになる先輩だったけれど――そんな早矢さんは、私が入隊して3年目の年に、妖との戦いで殉職してしまった。
(――早矢さんのお葬式で、顔を見たわ。医療部隊に入隊したとは聞いていたけれど)
まさか自分の婚約者の恋人として、早矢さんの妹に会うことになるとは、思いつきもしなかった。
そんな考えにふける私を見上げて、華さんはにっこりと微笑んだ。
「私、修介さんと正式に婚約したんです!」
「……」
思わずぽかんと口を開けてしまった。
(わざわざそれを言いにきたの……?)
解せなかったが、参番隊の隊長として態度を取り繕う。
「――そうなんですね。おめでとうございます」
「それでっ」と華さんは私の手を握ると微笑んだ。
「来月の頭に、早速、婚約の披露宴を開催するんです。綾子さんもぜひいらっしゃってくださいねぇ」
驚いて見つめ返す私に悪戯っぽい笑顔で付け加えて。
「もちろん、
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