第4話 「本当にもったいないです」
『聞き取り調査中に戦闘発生。鬼は討伐。犠牲者4名。後処理求む』
伝書
「本部から後処理部隊が来るまで、1刻半ほどですかね。待ちましょう」
私と鈴原くんは家人が誰もいなくなった屋敷の玄関に腰かけた。
「――隊長、あの少女が鬼だってよく気がつきましたね」
「――勘――ですかね。彼女、あなたに照れた様子を見せなかったので、おかしいなと」
私は鈴原くんをじっと見て言った。
鈴原くんが入隊してからというもの、彼目当てで近くの女学校の生徒が詰め所の敷地内に忍び込んでくるということが問題になったこともある。――年頃の、男性と接することの少ない嫁入り前の娘さんだったら、鈴原くんに笑顔で話しかけられれば何かしらかの反応がありそうなものだが、あの少女にはそれがなかった。
「――そう言ってもらえるのは、光栄です」
まんざらでもなさそうな様子の鈴原くんに少し笑うと、言葉を続けた。
「――それから、髪に少し、白髪が混ざっていたんです」
言いながら無意識に拳を握りしめていた。
若い女性ばかりを襲い、白髪の鬼に変える妖、――その名を、
それはかつて綾子を襲い鬼に変えようとし、止めに入った母親までも鬼に変え、自分たち姉妹から父母を奪った妖の名だ。
父親の手により、討伐されたと言われているが――私は「九十九」が消滅していないことを知っている。
――目を瞑ればいつでも浮かんでくる。母親が鬼になる様子も、父親が母だった「それ」を「退治」する光景も。瞳に焼き付いている。――母を鬼へと変えた妖「九十九」は、父親の家紋による攻撃で瀕死になりながらも、逃げ去ってしまった。
(今回の鬼化が「九十九」の仕業なら――必ず私が討伐してみせます――お父様――)
首に下げた2つの指輪をぎゅっと握りしめた。
この指輪は父親と母親のそれぞれの結婚指輪だ。
父と母は娘の目から見ても、とても仲の良い夫婦だった。
家族の暮らしは平和で愛情に満ちていた。
けれど事件当時生まれたばかりだった妹は、父母の顔も覚えていない。
家族で仲良く、ただ普通に幸せに暮らしていたのに。
妹の佳世が生まれて、もっと幸せになるはずだったのに。
自分たちから幸せな家庭を奪った九十九を綾子は絶対に許せなかった。
――そして同時に私は九十九に心の隙を突かれた自分自身も許せなかった。
防衛隊に入隊して以後、私は両親の敵であり、自分自身の汚点であるその妖をずっと探している。
「――俺は全然違和感に気がつきませんでした。隊長はさすがだなぁ」
鈴原くんは感心したように何度も頷いた。
「鈴原くんはまだ入隊して半年ですから。私はもう7年の先輩ですからね、当たり前ですよ」
自分が入隊して半年の頃を思い出して苦笑した。
「私が入隊半年の頃なんか、まだ妖を前にすると足がすくんでしまって、情けなかったものです。先輩に怒られてばかりでしたよ」
昔を思い出して情けなくなった。――それに比べ。
「すごいのは、あなたですよ、鈴原くん。実際の鬼と対峙するのは何回目ですか?」
鈴原くんを見つめて聞くと、
「ええと、まぁ、それなりに日ごろ小さな妖退治はしていますが――今回ほど分化した鬼は初めてですね」
彼は戸惑うような表情で少し身を引いた。
「本当にすごいです。――機転をきかせてくれて、とても助かりました。おかげで消耗せずすみました」
経験が少ないにも関わらず、あそこまで冷静に対応できた彼は本当にすごい。
鈴原くんは照れたように頭を掻いて「嬉しいです」と呟いた。
それから待つこと1刻、後処理部隊が到着し、状況説明を終えて詰め所に帰還した。
***
防衛隊の中でも精鋭部隊である壱番隊から参番隊の隊員は、国の政治機関の集まる本部の
各部隊の隊長には個室の執務室が与えられているのだが、自分の執務部屋に戻って、机に座ると、思わず脱力して「はぁ」と深い息を吐いた。
(これから、今日の報告を文書にまとめて……また帰るのが遅くなるわね)
ここ数日は今日聞き込みに行った学生の行方不明事件の調査などで、毎日帰宅が遅かった。しかし――この事件が「九十九」の仕業であるのなら、このまま解決ではない。
懸念事項はそれだけではない。
(お祖母様、回復されるまであと何日かかるかしら)
修介さんから婚約破棄を告げられて数日経つ。あの後、神宮司家から正式に婚約解消の通知が届き、予想通りお祖母様は寝込んでしまった。
藤宮家の使用人の管理などはお祖母様が担っていたので、寝込んでしまって以来、その分の采配を私がしなければならず、その疲れもたまっていた。
その時、トントンとノックの音がして、「隊長」と彰吾が呼び掛ける声がした。
「どうぞ」と言うと、鈴原くんがひょこりと顔をのぞかせた。
「お疲れ様です。隊長、
「――ありがとうございます。嬉しいです」
彼は気まずそうにくしゃっとした長い黒髪を掻いた。
「隊長――前から言おうとは思ってたのですが……隊長なんですから、そんな丁寧な口調でなくても……。俺、新入隊員ですよ」
「――ごめんなさいね。癖になってしまっていて……。それに、私も隊長としては新人ですから」
私は苦笑しながらうーんと唸った。
隊長に任命され1年になるが、なかなか敬語で話す癖は抜けない。
隊員の中では若輩であるし、年上の男性隊員が多いので気を遣ってしまう。
「鈴原くんは、気が利きますね。珈琲、ちょうど頭をすっきりさせたかったので、助かります」
これからひと仕事。やる気を出すために、自分で淹れようかと思っていたところだった。
「いえ、無理なさらずに、俺たち部下でできることがあれば、仕事、振ってくださいね。隊長何でもひとりでされてしまいますから。それに、あの――隊長、最近、任務以外も大変かと」
彼が言いにくそうにつぶやいたので、綾子は「ああ」と頷いた。
「――鈴原くんも知っていますよね―――」
私が修介さんと婚約破棄になった話はもう広まっているのだろう。
私たちは二人とも隊員同士であるし、家紋を持つ華族の世間は狭い。
鈴原くんは「ええ、まあ」と口を濁してから、真っすぐにこちらに向き直ったので、私は少しびっくりして背を正した。
「……隊長との縁談を断るんなんてもったいないです」
「そう言ってもらえると――嘘でも嬉しいです」
本当にありがたい言葉だ。ふふふと笑うと、
「嘘だなんて!」
鈴原くんはぶんぶんと首を振って、それから少し視線を泳がせてから呟いた。
「――いえ、本当にもったいないです」
部屋の中にしばらくの沈黙が流れた。
「――?」
何か言うべきかしらと首を傾げると、彼ははっとしたように「では、珈琲を持ってきますね!」と扉を閉めて去って行った。
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