第3話 郊外任務

 修介さんとの婚約破棄騒動の件で、家庭内はばたばたしていたけれど、妖絡みの事件はそんな事情などお構いなく発生する。対妖防衛隊員として、きちんと仕事はしなければいけない。

 

 それから数日して、私は任務で参番隊の隊員の|鈴原くんと共に東都の北部、田園地帯が広がる一角にそびえる屋敷に赴いていた。周辺で学生の行方不明が発生したという警察部からの依頼を受け、妖の仕業ではないかということの調査に来たのだった。


 同行の鈴原くんは半年前に部隊に入ったばかりの新入隊員だ。彼は最高学府である帝都大学を卒業したにも関わらず、官僚になるわけでなく、妖防衛隊に入ることを選んだので、入隊時に「変わり者」と評判になっていた。


 防衛隊は名誉職ではあるけれど、身体を使うわりと泥臭い仕事なのもあってか、高等学校を卒業してそのまま隊員になる人が半分以上だ。帝都大学を出た学生さんは、官僚の道を選ぶことが多い。


 ただ、鈴原くんの風を操る家紋【疾風しっぷう】の力は強力で、入隊時の試験を最高位で突破し、入隊の初めから、一応精鋭部隊と呼ばれている参番隊に直接加入した。


 本当だったら書類仕事も溜まっているので、今日のような聞き取り調査の業務は隊員のみんなに任せたいところだったけど。私は今回の学生行方不明事件について気にかかるところがあったので、自分から行くことにした。


「失礼します」


「こんにちは。妖防衛部隊の方ですか……」


 出迎えたのは年齢は17、18くらいだろうか、黒い綺麗な黒髪を左右にお下げで編み込んだ華麗な少女だった。


「――お父上と、お母上は?」


「申し訳ございません。父は仕事で母は病気のため普段は寝ておりまして。お話なら私がおうかがいいたします」


 こちらの質問に少女は目を伏せて申し訳無さそうに答えた。


「お母様がご病気とは、大変ですね。ご対応いただき、ありがたいです」


 私に続いて鈴原くんが少女に笑いかけた。

 

 鈴原くんは女性としては背が高い方の私が見上げるくらいの身長だけど、それを感じさせる圧迫感がなく柔和な印象を人に与える。涼し気な目元の精悍せいかんな顔立ちは整っているが、それに加え笑うと人好きのする印象になる。誰が見ても好青年という印象を持つ彼は、肉体派で威圧感のある強面の隊員が多い中では目立つ存在だ。彼が話しかけると、老若男女問わず――特にたいていの女性は好意的な反応を示してくれるので、こういった聞き取り調査の際にはとても有難い存在だと思う。


 ――それは置いておいて。

 

(――この――)


 私は少女をじっと見つめた。違和感を感じる。

 黙った私に変わって、鈴原くんが彼女に問いかけた。

  

「周辺で何か怪しいできごとはありませんでしたか?」


「『怪しい』、と言いますと……どのようなことでしょうか」


「『普段と違う』何かです。例えば、近所のどなたか、いつもと様子が違う……、例えば――いつも好きなお菓子を食べないだとか、そんなささいなことで良いのですが」


「うーん」と彼女は困ったように微笑んだ。


「……特にないですねえ」


「そうですか。それなら良いのですが」


「お役に立てず、申し訳ありません」


「いえいえ、念のため、あなたも外が暗くなったら外出しないでくださいね」


 鈴原くんは朗らかに微笑んだ。少女は笑顔――どこか作ったような笑顔で微笑み返す。


(――これは)


先ほど感じた違和感が確信に変わった。私は右手を掲げて呟いた。


「赤きほむらよ」


 腕に、藤宮家の持つ【焔】の家紋が赤く浮かび上がり、光った。

 と同時に、真っ赤な炎の渦が腕を包むように発生する。


「隊長……!?」


 鈴原くんが驚いた声を出すのとまた同時。


「怪異を灰燼かいじんに帰しなさい」


その言葉と同時に、炎は渦巻くと、目の前の娘に向かって渦巻いた。

 ――これは、家紋による紋章術が生みだした妖を滅する炎。


「ぎゃあああああああ!」


 明らかに、若い少女の声ではない、しゃがれた金切声の悲鳴が上がる。


「うわ」


 鈴原くんが唸った。


 目の前で赤い焔に包まれてもがき苦しんでいるそれは、先ほどまでの美しい少女の姿ではなかった。白い長い髪が床につくほどの長さになり、口は耳元まで裂けている。目は瞳だけでなく全体が赤く染まり、体中に盛り上がった血管の青筋が浮かび上がっていた。


「――鬼!?」


「鈴原くん、退がって! 火力を強めます!!」


 拳を握りしめると、白髪の鬼を包んでいた炎が、ごぉぉと音を上げて火柱になる。耳をつんざくような鬼の悲鳴が響き渡った。


 ぷしゅ。


 空気が抜けるような音と共に、鬼は黒い煙になって炎に吞み込まれた。

 炎が消え去ると、そこには白い人骨がカラカラと転がった。


「――すごい! 消滅しました……?」


「――いえ! ――まだです!」


  黒い消し墨がふわっと舞い上がると、廊下の奥の方へ吸い込まれるように流れて行った。


「――分化しているわ!」


 唇を噛んだ。

 分化とは、鬼が他の人間を鬼に変え、自分の分身とすることだ。

恐らく行方不明の男子学生とこの家の家人を喰らって自分の分身に変えたのだろう。


(最低でも3人に分化しているかしら)


「追いかけましょう!」


 私たちは駆け足で消えて行った黒い墨の後を追った。

 

 障子を開けるとそこにあったのは――部屋中に広がる黒い塊。

 そして白い髪が生えた頭が3つ、上下左右の壁に生えていた。


「――頭3つ、同時に滅さないといけないですね」


 鈴原くんが呟いた。

 分化した鬼たちはつながっている。

 同時に倒さねば、またどこかに逃げてしまうだろう。

 確実に消滅させるには、それぞれの頭を潰す必要があった。


「一気に3つ……、部屋全体を燃やせば、何とかなると思います」


 拳を握って、また腕に炎をまとわせる。


(鬼を完全に消滅させるほどの火力で部屋全体を燃やすのは――少し骨が折れるわね)


 家紋の力を使うときは、精神力と体力を消耗する。

 気合を入れねば、と大きく息を吸う。


「隊長」


 そんな私に彰吾が声をかけた。


「俺を頼ってください」


「――え?」


「入隊時の家紋術の成績、最上位ですよ、俺」


彼は得意げに笑うと、拳を上に上げた。

 腕に【疾風】の家紋が赤く浮かび上がる。


「風よ」


 その言葉と共に、部屋の中に無数の風の刃が降り注いだ。

 部屋中に広がった黒い塊が細切れになる。

 そして、風は鬼を切り裂いたあと、部屋の中央へ集まって竜巻となって渦巻いた。


「……すごい」


「隊長、とどめを」

 

 そう声をかけられて、思わず感心して状況を見つめていた私はっとして、自分の家紋に力を込めた。赤い炎が渦巻の中心に生まれると、あっという間に風に巻き上げられ炎の渦巻となり、鬼を焼き尽くした。


「――片付きましたね」


 焦げた部屋の中央部に、カランと音がして人の骨が落ちた。


「――おかげで、消耗せずに討伐できました。ありがとうございます」


 綾子は床を見つめてうつむいた。


「少なくとも4人――犠牲が出ましたが」


 妖から住人を守り切れなかった悔悟の念で唇を噛んだ。


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