第33話

思わず呟いた秋人の声に、ぬいぐるみは「ほのか!?どこ!?どこ!?」と巨大な体をぶにょぶにょと蠢かせる。



「あ!ちょ、暴れないで!!貴方から同じ匂いがしたからつい…」



「同じ匂い…?」



ぬいぐるみはグニッと一頭身の体を折り曲げ、すんすんと自分の体の匂いを嗅ぐが、「分からないよ…」と項垂れる。



そしてハッとした様子でヌルりと秋人の手からすり抜けると、その大きい体でモゾモゾとカーテンの中へと入り込んで行く。



しかし、カーテンで隠れたのは体の三分の一程度で、顔が隠れたのは良いものの、たっぷりと綿の詰まった腹からお尻までが丸出しのままだった。



どうしたのかと秋人がぬいぐるみの様子を伺っていると、すぐにぬいぐるみの方が話だした。



「でもほのか…もう私のこと嫌ってる…探してもきっと仲直りできない…」



ぷるぷると身体を震わせるぬいぐるみの後ろに秋人は座り込んだ。



「嫌ってるって…どういうこと?」



「私がほのかの大切な人を殺したから…」



「それは…ほんとに?」



秋人が聞き返すと、ぬいぐるみはバッと勢いよくカーテンから顔を出した。



「でも仕方なかったの!!アイツは…!!ほのかを裏切って、殴って、絢まで……!!だから守ろうとした!守ろうとしたんだ…!!ずっと私が守ってきた…悪い奴は全員、ほのかの為に………でもほのかは違った…私は必要なかったって…"要らない"って…だからあんな奴に狙われて…だから…だから…」



ぐずぐずと泣き出すぬいぐるみを、秋人はそっと撫でた。



"誰かの為に"と健気で強い想いと、頑なな思考のパターンが、確かに穂乃香とぬいぐるみは似ていた。



「でも謝りたいでしょ?許して貰いたいでしょ?」



「うん……許し欲しい…、それで…ずっとそばにいて欲しい……………私を、あいしてほしい…」



そう言って涙を流すぬいぐるみを、秋人はそっと抱きしめた。



そして抱きしめた時、ぬいぐるみの体から確かに声が聞こえた。



それはぬいぐるみ自身の声が体内で反響している音ではなく、確実に別人の声。



『お姉ちゃん、泣かないで』



『酷いこと言ってごめん……』



『あいしてるよ』



それは秋人にとっても愛おしく、懐かしい少女の声だった。



『私はずっとそばにいるよ』



ぬいぐるみを抱きしめながら目を瞑り、その愛おしい声を聞いていた秋人は、ゆっくりと目を開き、ぬいぐるみから体を離すと立ち上がった。



「さあ、探しに行こう」



秋人の言葉に、ぬいぐるみは泣きながらも短い4本の足で立ち上がり、頷きながらテチテチと歩き出した。



家を出て秋人の車に乗せられたぬいぐるみは、秋人が車にエンジンをかけた瞬間、再び急に家を離れるのが怖くなった。



「ねぇ……」



「どうしたの?」



「いつ帰ってこれる?」



不安そうなぬいぐるみの声に、秋人は「きっとすぐだよ、近くいる気がしない?」と微笑んだ。



秋人のその微笑みを見て、ぬいぐるみは「そうかな…」と俯きつつも、助手席にその大きな体をどっしりと下ろした。



ぬいぐるみが自分の探しているものの所在にいつ気が付くのかは分からない。



もしかしたら秋人が居なくなった後も、ぬいぐるみは一人、探し続けるのかもしれない。



しかし、それでも秋人は今度こそ自分の愛おしい少女を宿したこのぬいぐるみから離れたくなかった。



このぬいぐるみに寄り添うことで、愛しいあの子と寄り添える様な気がしたからだ。



きっとあの子は自分には囁かない。



彼女の声は常に姉であるぬいぐるみに投げかけられている。



しかしそれでもいい―――



たとえ取り戻せなくても、



たとえ彼女の愛が自分のものにならなくても、



ずっとぞはで、あいしてる。

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ずっとそばで、あいしてる 椿 @Tubaki_0902

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