第32話

秋人はその謎の物体を見て一瞬驚いたが、何故かすぐに「和田の言っていた"お姉ちゃん"だ」と理解できた。



当時、彼女から姉の存在を聞かされた時、秋人は彼女と小、中学校が同じだったというバスケ部員から彼女の姉が既に亡くなっていることを聞いていた。



しかし、夏休み中、毎日彼女と顔を合わせる度、彼女の口がまず最初に出てくる話題がその姉の話だった。



もう何年も前に亡くなっているはずの姉と、彼女はまるで"新しい日々"を送っているような口ぶりだった。



「………穂乃香のお姉…さん、ですか?」



秋人のかすれた声に、水色の物体はピタリと動きを止めると、ゆっくりと顔をこちらに向け、秋人を振り返る。



「だれ?」



その声に明らかな敵意が込められているのを秋人は感じとった。



「誰も入って来れないはずなのに!!お前だれだ!!」



恐ろしく裂けた口で不揃いな牙をジャキジャキと鳴らしながら怒鳴る水色の物体に、秋人は負けないくらい大きな声を出した。



「俺は多和田秋人!穂乃香の友達です!穂乃香に会いに来ました!」



秋人の言葉に、水色の物体は、徐々に大きく裂けた口を閉じ、簡素な顔へと戻っていき、完全に戻ったところで初めて秋人は、水色の物体が一頭身の巨大な猫のぬいぐるみであったことを理解した。



全長80cmはあるぬいぐるみの体で、しょんぼりと項垂れる水色の物体の姿に、秋人は胸が張り裂ける思いがした。



「あ……秋人くんか…。ごめんね、久しぶりだから忘れちゃってて…。ほのかと仲良くしてくれてありがとうね。でもほのか…何処にもいなくて…あれ…どこいっちゃったんだろう…?」



刺繍され、もはや涙腺など備わっていないはずの目からボロボロと涙を流すぬいぐるみに、秋人は思わず「探しに行きましょうか?」と近付いた。



「探しに…?どこに?ほのかはずっとここに一緒にいたのに…この家の外のどこにいるっていうの?」



「穂乃香だって家以外にも出歩いてた場所くらいありますよ、案外近くにいるのかも」



そう言って大きなぬいぐるみを抱き上げた秋人の鼻を、ふんわりと懐かしい香りがくすぐった。



「………穂乃香?」

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