第38話

満月が取り上げた分厚い本の中身は絵本となっており、満月はパラパラとページをめくり、目的のページを開いて朱殷へと見せた。



そのページは、美しい花々に囲まれた神殿に一人、牛の角を持った少年が母を思い浮かべ、満点の星空を眺めているところだった。



「これが母親が我が子に与えた全てだ」



「えーと…?」



朱殷は満月が何を言っているのか分からず、刺繍された漆黒の瞳で瞬いた。



「憎しみを抱いている存在に、誰がこんな美しい場所を用意する?なぜ同じ年頃の子供達を送る?」



満月の優しい声に、朱殷は思わず聞き入って思考が止まってしまいそうになったが、すぐに我に返り、ぶよぶよ首を振った。



「迷宮に送られていた子供達は遊び相手だったんですね」



「そうだ、わざと世間に獰猛な獣人であると言いふらしたのは、アレの特殊な魔力を利用しようとする輩から守る為だった。まあ…馬鹿を超えた愚か者には通用しなかったがな」



「なるほど…」



朱殷がしみじみと頷き、ページを改めて眺めていると、満月は再び立ち上がり、「僕はもう行く、その本はお前に与えよう。一応言っておくが、このことを紫苑本人に聞いても無駄だ、アレは何も覚えていない」と言いながらさっさと部屋を出て行ってしまった。



満月の為に作られた応接室のように立派な"休憩室"に取り残された朱殷は、部屋に掛けられた時計を見た。



(あ、そっか今日は特番の収録があるって言ってたっけ)



朱殷はしばらく満月が戻って来ないことを思い出すと、短い前足で床に転がっていたクッションを引っ張り出し、その上にゴロンと横になって本の続きを読み始めた。










事務所から出た満月は、事務所の外に止めてあった車へと乗り込んだ。



運転席は既に暗緑が座っており、満月が乗り込んですぐ無言で車を発進させた。



流れ行く景色を金色の瞳で眺めていた満月は、ふと真昼の空に浮かぶ白い月を見上げた。



「アレから全て奪ったのはこの僕だ…アレの世界の全てを奪った。星も花も…アレにはもう何一つとして残っていない…ですが母上…貴方だけは、最後まであの者を照らしていてください…」



満月がそう呟いた時、白い月が微かに微笑んだ様に見えた。

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星も花も無くした僕の世界 椿 @Tubaki_0902

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